第23話 サラの気持ち

 「ふは、これは流石に、サラに怒られるかもしれないなぁ…」



 両親の居なくなった部屋で、泣き腫らした瞼をリックの持ってきたタオルで冷やしながら、サラは思わず吹き出した。



 手には、1枚の写真が収まっている。



 柔らかそうなグレーの髪の男性と、つややかなオレンジの髪の女性の間で、嬉しそうに笑う小さな女の子の写真だ。

 全員顔は涙でボロボロ、女の子に至っては写真でも分かるほどに痩せ細っている。あまりにも不格好な写真だ。



 だけど、どこからどう見ても。

 これは幸せな家族の写真だ。




 (とても、穏やかな時間だった)



 皺がつかないよう気をつけながら、そっと写真を胸に押し当てる。

 そこから、温かさが胸に伝うようだった。



 はじめ、リックに写真を取ることを提案したときは、意地でも止められるかと思った。それくらい無謀なお願いだということも分かっていた。

 だからこそ、「カラー写真を」取りたいということは、最後の最後まで言えなかったのだけど。



 当のリックはというと、布団に入ったまま写真を眺めるサラの横で、木のスツールに座っている。さっきからずっともの言いたげな視線を刺してくるのに、一向に話しかけてこない。

 折角こちらは上手くサラの気持ちを伝えることが出来てご満悦なのに。



 「…ねぇ。言いたいことあるなら言ってよ」


 ひと仕事終えたような達成感からか、サラの言葉遣いを真似るのも今は少し億劫に感じる。

 沙羅丸出しで申し訳ないが、リックしか居ないことだし、話し方については少し甘えさせてもらおう。



 「どうして、お嬢様の気持ちが分かったんだ」


 リックはやっと言葉を発したものの、不貞腐れた投げやりな言い方だ。



 「リックにも言ってなかったのに、って?」



 沙羅の言葉に、余計に目つきが悪くなる。

やばい、怒らせた。

 しかし、怒られると思っていた沙羅に返ってきたのは、意外にも肯定の言葉だった。



 「…そうだ。俺は今まで、お嬢様がモノクロ写真の理由を知ってるだなんて思いもしなかった。なんでお前はそう思ったんだ」



 ああ、そうか。

怒りだと思っていたリックの言葉の中には、寂しさが妊んでいる。

 親にさえ言えない悩みを、仮病を使ってまでしてリックに打ち明けていたサラ。そんなサラが、自分にすら言えないことを抱えていたのが、リックは寂しいのだ。きっと。



 「それは仕方ないよ。あたしが今、サラだから、気づけたことだもん」



 その寂しさに気づいてしまったからか、どこか慰めるような言い方になってしまった。

リックは無言でこちらを見つめている。早く続きを話せということだろう。


 サラは、ドレッサーの上に避けていたアルバムを指差した。



 「あのアルバムさ、もしかして、サラは3冊目はあまり見なかったんじゃない?」


 「え……?ああ、そういえば、お嬢様が1番見返していたのは、2冊目のアルバムだったが」



 戸惑っているリックを置いて、ベッドから抜け出しアルバムを取りに行く。重たいから、2冊目だけ。


 「やっぱり、そうだよね………ほら」



 ペラペラとめくり、モノクロの写真が貼ってあるページをリックに見せる。リックは大人しく、アルバムを受け取った。



 「リックに聞いた話だと、サラはモノクロ写真になってホッとしたはずなのにさ。昨日から、モノクロのページを開くと、凄く胸がもやもやするの」


 「もやもや…?」


 「そう。だから、サラは自分のせいでモノクロの写真に変わったんだって、気づいてるって分かった」


 「体の記憶、か」



 リックの言葉に首肯する。

胸のもやもやに気づいたとき、試しにカラー写真を見てみると、不思議なことにモノクロ写真ほど嫌な気持ちにならなかった。

…………ある1枚を除いて。




 「もしかして、お前はどうしてお嬢様があんなことを言い出したのか、分かっているのか?」


 リックの言う「あんなこと」とは、くだんの「お母様の髪色が良かった」発言のことだろう。

 丁度原因を思い浮かべていたせいで、驚いて肩が跳ねてしまった。


 それを見逃さないリックではない。

露骨に目を逸らしたサラに、じりじりとにじりよってくる。




 「そういえばさっき、『他の人の、心ない言葉ばかり気にして』とも言っていたな。………何か知っているな?」



 疑問符のくせして、確信を持った声だ。一瞬誤魔化そうかと思ったが、どうやら沙羅がサラに何が起きたか気づいていることは、リックの中では決定事項である。まあ、その通りなんだけど。

 確信がなきゃ、その先にあるサラの気持ちに気づけなかったかもしれないし、これほど大胆な策はとれなかった。



 逃げ切れないことを悟り、嘆息する。

「聞きたい聞きたい」と背後に書いてあるリックに、サラが言える言葉は1つだけ。



 「サラは、どうして『別の髪色が良い』なんて言っちゃったか、リックに言ってたの?」


 「いや、言ってないから聞いてるんだろう」


 「じゃあ、言えない」


 「はぁ!?」



 あまりに予想外だったのか、心底意味がわからないという顔でサラを見ている。

 別に、リックに意地悪したい訳ではない。それどころか、沙羅はリックに協力してもらっているのだから、話したほうがいいことなのかもしれない。



それでも。



 「サラは、自分のせいでモノクロ写真になったって、父親を苦しめてるかも、って分かってても。それでも、大好きな父親にも、何でも相談できるリックにも言えなかったんだよ。そんな大切な秘密、あたしが勝手に言えないよ」



 「それは……………………………そうだが」



 これ以上何を言っても無駄だと分かったのか、分かりやすくむくれるリック。思わず笑ってしまいそうになる。


 ちょっと可哀想な気もするけど、沙羅には到底打ち明けられない。





これは…………サラのの話だから。









 昨日の夜。

夕方に中途半端に寝てしまったせいか、眠気が思うように来ず、リックが置いていったアルバムを手慰みにめくっていた。


 モノクロ写真を見てると、何故か胸が痛むと気づいたのはそのとき。昼間見たときは、色々と考えながら見ていたからか、気が付かなかった痛みだ。

 そして、原因を探している内に、ある1枚の写真が目に飛び込んできた。





 翌日リックに質問した、この国の王子たちと一緒に写っている写真だ。




 途端、モノクロ写真を見たとき以上に、「サラの感情」に激しく揺さぶられるのを感じた。




 酔いそうな程強い衝撃を耐えながら、写真を見ると、原因はすぐ分かった。

 サラと母親ばかりのアルバムの中で、5人も人が写っている密度の濃い写真の中で。



 ただ1人。

 透き通るような金髪の彼しか、目に入らないから。

 ひとりでに強く脈打つ心臓が、サラの体が、沙羅の頭に浮かんだ答えを肯定していた。



 サラが2枚目のアルバムばかり見ていたのは、彼を見たかったから。



 サラが黄色のワンピースを選んだのは、目の色に合わせてじゃない。彼の金髪に近い色だったから。



 サラが母親の髪色になりたいと願ってしまったのは、特に王家にとって、髪色が重視されることを知っていたから。






 第1王子、レオの隣に立ちたかったからだ。





 これは、サラしか知り得なかった、密かで甘やかで、叶うことのない恋心。

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