第18話 いっぱいいる

 さて、サラの意外な一面を知ったところで、本題に戻らなければ。


 そもそも、アルバムを持ってきてもらったのは、この家の使用人について知るためである。

 沙羅の疑問のせいで、大分脱線してしまった。



 「よし。あたしが振った話のせいで遅くなっちゃったけど、今日中に使用人のことくらいは知っておかなきゃね。写真あるって言ってたけど、どのアルバム?」



 真ん中のアルバムをペラペラめくってみる。実は、量が多すぎたのと、カラーと白黒の謎を考えていたせいで、それらしき写真は見つけられていなかったのだ。

 沙羅が見た写真の大半は、サラ単体か、サラと母親の2人で写っているものだった。



 「ああ、それなら確かこっちのアルバムだ」



 リックは「3」とナンバリングされているアルバムを持ち上げると、慣れた手つきでめくり上げる。どうやら、大体の位置は把握しているようだ。



 「ああ、あった。これだ」



 差し出されたページを覗き込むと、他の写真の倍くらいの大きさの、白黒写真が貼ってあった。

 庭のようなところで、机を囲んで座るアリシュテル一家と、その後ろに、7人の男女が立っている。その内の2人は見覚えがある。リックと、今朝も合ったクレアだ。




 「知らない使用人は5人か……覚えられるかな…」



 ゴトン!!



 大きな音に、思わず肩が跳ね上がる。

が、原因はすぐに分かった。リックの手から、アルバムがすべり落ちたのだ。


 (執事らしくないミスだな…まあ、ビックリするほど重たいから、気持ちは分かるけど)



 そう不思議に思いつつ、アルバムを床から拾いあげてリックを見ると、リックは絶句して固まっていた。まるで珍獣でも見るかのように、サラを凝視している。



 「え、なに?」



 もしかして、5人程度で弱音ともとれるセリフを吐いたことに呆れているのだろうか。そう言われると、とりつく島もないが、沙羅にとっては本当に、カタカナの名前を覚えるのも、人の顔を覚えるの苦手分野なのだ。



 「そっか………そういえば貴族がいないんだったか…………いやそれにしたって………」



 困惑する沙羅を余所に、リックは頭を抱えてぶつぶつと何か囁いている。

 なんだろう。この光景、さっきも見たような。



 「あー、確認だが…お前、この家に何人使用人がいると思ってる…?」



 恐る恐る、といった面持ちで聞いてくるリック。なに、その聞き方?



 「あ、もしかして、他にも写真に写りきらなかった使用人がいるの?…そっか。確かに15人くらいはいてもおかしくなさそうだよね」



 「58人だ」



 「へぇ、ごじゅう……………………………………………………はぁ!!!!!?????」



 「阿呆!!大声を出すな!!」




 咄嗟にリックがサラの口を覆う。

確かに、声が出ないはずのサラの声が廊下に届いたら大問題なのだか、沙羅はそれどころではなかった。



 「は?ごじゅうはち?ごじゅうはち、って、58???え、いやいやいや分かんない。1クラス分より余裕で多いじゃん。え?………え?58???」



 リックの手で塞がれたまま、暫くぶつくさ言っていたが、あまりにもキャパオーバーで、沙羅の脳みそは最終的にエンストした。



 リックはサラの口の動きが止まったのを確認すると、そろそろと扉に近づき、数センチだけ開けて外を確認した。

 どうやら誰もいなかったようで、そのままゆっくりと扉を閉め、もう普通に動いても良いはずなのに、またそろそろと音を立てないようにソファまで戻ってきた。




 「あー…、なんというか………悪かった。貴族についての知識が全くないって言ってたのに、ここまでだと思ってなかった俺の落ち度だ」



 気まずそうに謝ってくるリックの方を見る。まだ脳が再起動しきっていないのか、油のささっていないブリキのおもちゃみたいに、緩慢でいびつな動きになってしまった。



 「58人って……58人のことで合ってる?」


 「まあ、普通に考えてそれしかないよな」



 サラのことを憐れむような目で見てくる。

その表情が、これが嘘の数字ではないことを証明していた。



 「そっか……………ごじゅうはち………」



 あたし、さっき何て言ったんだったっけ?

今日中に覚えるとか、言った?………言ったかも。いや、間違いなく言った。




 「あー、その、もしかして58人全員覚えようとか思ってないか」



 「…………………違うの?」



 絶望感で顔色が真っ青になるサラを見て、リックが困ったように眉を下げる。そのまま、幼い子供を宥めるように、ゆっくりとした口調で話しかけてきた。



 「いや、俺の言い方が悪かった。大丈夫だ。全員覚える必要なんて、全くない」



 その言葉に、身体の強張りが解れていくのを感じる。内容は勿論だが、リックの口調自体がすごく落ち着く。

 きっと、この声もサラの体が覚えているんだ。



  「よかった…」


 ほっと溜息をつくように言うと、リックも少し安心したようだ。サラの方に向けていた体を戻し、深くソファに沈めた。そのまま天井を見上げて、気の抜けた声でつぶやく。



 「でもまぁ、大雑把な使用人の枠組みだけでも説明しておいた方が、分かりやすいか…?」



 「あ、その方が助かる。あたし、執事とかメイドっていう名前だけ聞いたことがあって、なんとなく知った気になってたけど、そういえばどんな仕事をしてるかなんて、全然想像がつかないかも」


 「そこからか…」



 リックがソファから体を持ち上げる。そのまま立ち上がり、大きく伸びをした。




 「流石にちょっと疲れてきたな。よし、紅茶を持ってくるから、飲みながら説明してやる」



 「ありがとう」



 その後、戻ってきたリックと一緒に蜂蜜入りの紅茶を飲みながら、貴族の家の使用人の仕事について話を沢山聞いた。



 どんな仕事をしている人が、何人いるのか。どんな身分の人たちなのか。

 58人という数字には驚いたし、気が遠くなったけど、実際サラが知っている人、合ったことがある人はかなり限られていた。そのお陰で、思っていたよりは少ない情報で済んだのだった。




 「覚えなくていい、知るだけでいい」と言われたからか、沙羅が思っていたよりも構えずに、楽しく聞くことができた。



 全く知らないことばかりだったけど、1番驚いたのは、リックがサラ専属の使用人ではなかったことだ。本来であれば、給仕の仕事も別のメイドの担当らしい。



 最終的に、沙羅が覚えておいた方が良さそうな、比較的サラと関わりの深かった使用人は10人程だった。……のだが。

 やっぱり人の名前を覚えるのは難しい。

ましてや、その内の数人は写真もなかったので、余計に覚えにくかった。




 紅茶で身体が温まったせいなのか、覚えきれない名前に無意識に拒否反応が出ているのか。



 結局、サラは話を聞きながら、ソファに座った姿勢のまま寝てしまった。




 (やっぱり、リックの言うこと聞いて寝とけばよかったなぁ…)




 微睡みの中、ゆらゆらと体が揺れるのを感じながら、そう思っていた。

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