第17話 美しさの基準
「でも、サラはなんでそんなことを…」
つい先程、自分の軽率な発言を後悔したばかりだったのに、つい口をついて出てしまった。
それ位、沙羅には理解が出来ないことだった。なにせ、サラは両親のことを分け隔てなく愛していた。それが何故、一方の髪色は良くて、もう一方は駄目なんて話が出てくるのだろうか。
「お嬢様は、理由は聞いても教えてくれなかったから、これはあくまでも俺の推測にすぎないが。俺は昼に、『お嬢様は、女に産まれて嫌な思いをしたことは1度もない』と言ったが…もし万が一にでもあったとしたら、この1件だろうと思っている」
リックは隣に座るサラの髪の毛を見つめながら、話を続ける。
「この国では、特に女性は、華やかな髪色ほど美しいとされているんだ。黒や暗い茶色…グレーの髪は、地味で目立たない色とされ、反対に、金や桃、奥様のような橙の髪は、それだけで価値のあるものとされている」
「そんな……」
沙羅は思わず、自分の髪の毛を掴んで見やる。父親に似た、銀鼠色の髪の毛。確かに金髪等と比べると、どうしても地味な印象になるかもしれないが、光に当たるとほんのりと青みを帯び、キラキラと底から輝くようで、沙羅はとても気に入っていた。
「あたしはこの髪、とっても綺麗だと思うし、それに、あたしの国の基準では、サラはとっても可愛らしい顔だと思うけど」
沙羅の言葉に、
「当然だ。旦那様も奥様も端正なお顔立ちだし、お二方の良い所を受け継いだお嬢様も、間違いなく美しく成長されるだろう…だが、」
食い気味に肯定を重ねるリックだったが、最後にとたんに歯切れが悪くなる。
「それでも、髪の色が明るい方が、貴族的には良しとされる風習なんだ。特に王家はその傾向が顕著だ。王家が国民に顔を見せるのは、大体が城からだ。距離が離れてるから、必然的に顔の中身よりも、髪色の方が分かりやすいんだよ」
やりきれないといったリックの表情に、それ程までに髪色の影響力は絶大なのだと、やっと理解した。近づかなくては分からない顔の美しさよりも、どんなに遠くても視界に入るだけで分かる、色彩の美、か。
「なるほど…。ごめん、あたしの国には全くない価値観だったから飲み込むのに時間かかったけど、少し分かった、と思う」
もうサラがいないから想像してみるしかないが、誰かに、髪色に関しての心ない言葉でも投げかけられたのかもしれない。
そうじゃないと、例えそれが社会的には「美しくない」色だったにせよ、大好きな父親と同じ色の髪を嫌がるなんて、サラがするだろうか。
「あたし、サラのことなんとなく知った気になってたけど、全然知らないんだなぁ」
サラの家族のことを知って、1歩前進したつもりだったが、また一気にスタート地点まで連れ戻された気分だ。
だが、沙羅が歩もうとしているのは、そういう道のりなのだろう。
全くの別人になろうというのが、容易い訳がない。
「お嬢様のことを知らないと言えば、ずっと気になっていたんだが」
ふと、リックの声に意識がサラの部屋に帰ってくる。リックはというと、話すべきことはもう終わったのか、すっかり通常モードだ。
「なに?」
「お前は、お嬢様のことを神格化しすぎていると思うぞ」
「ん?…神格化?」
「確かに、お嬢様はお美しいし、使用人に対しても、誰にでも分け隔てなく優しい。幼いころから身体が弱くて何度も闘病したが、旦那様方にはいつだって笑顔でいようとした」
…これは、ツッコミ待ちなのだろうか。
いやいや、あんたの方が神格化してるじゃーん、とか、言ったほうがいいのだろうか。
結構真剣に悩んだのだが、リックの目を見るに、恐らく本気で言っている。
困惑している沙羅を余所に、延々とサラの良いところを羅列していたリックだったが、
「…とまあ良いところを挙げるとキリのないお嬢様だが、これでも、ただの人間で、小さな子供だ」
急に本筋にハンドルを切り直すので、振り落とされそうになってしまった。
慌てて、リックの言ったことを脳内で再生してみるが、
「それは…流石にあたしも知ってるけど」
年齢こそ今日初めて知ったけど、サラがまだ幼い子供なことは最初から分かっている。リックの言わんとすることが分からず、首を
「あー、いや、多分その言い方は分かってないな。いいか。お前は昨日から、お嬢様は家族を愛している、とか、最期に自分よりも家族を選んだ、とか、そんな話ばかりだ」
「それは、そうだけど…さっきリックが言ってたのと、あんまり変わらなくない?」
沙羅の言葉を聞いて、待ってましたとばかりにリックがサラを指差す。
「それだ。確かに俺が言ったのと大差ないし、それもお嬢様の一側面であることには間違いない。が、それはあくまでも一面にすぎないと言ってるんだ」
…なんとなく、リックの言いたいことが分かってきたかもしれない。
けれど、やっぱりその先の答えは沙羅は持ち合わせていないので、目線で話の続きを促す。
「考えてもみろ。旦那様方の溺愛っぷりに、使用人たちだってお嬢様を可愛がらない者などいない。…その結果お嬢様は、それはそれは甘えん坊に育った」
「へ?」
「酷い我儘を言いはしなかったが、お元気な時は、1個と言われていた菓子を、メイドに
唖然としている間にも、リックによるサラのエピソードは止まらない。
曰く、母親のお気に入りの茶器を打楽器代わりにして遊んだ結果割ってしまい、その上それを隠そうとした為に、あの優しい母親にこっぴどく叱られ、しばらくむくれていた、とか。
あのコモッコという生き物のぬいぐるみも、父親の領地視察に静養がてらついて行ったときに、領地特有の生物であるコモッコに一目惚れし、絶対に連れて帰ると駄々をこねたサラを宥めるために、メイドが必死になって作ってくれたものらしい。
「なんていうか………5歳、って感じ」
ようやく絞り出した、沙羅の雑な感想に、
「だから言ったんだ。お嬢様だってただの人間で、小さな子供だって」
確かに、そう言われてみると、沙羅がどれほど偏った目でサラを見ていたのかが良く分かる。
沙羅がサラを思い浮かべるとき、どうしても出てくるのは、あの湖畔に
確かに、これだけでは、まるで聖女みたいだ。
勿論これだって嘘偽りないサラの姿だけど、沙羅がこれから接しなきゃいけない人たちは、サラがこれほど強い覚悟を決めなければいけないような土壇場ではなく、もっと普通の、日常を共にしてきた人たちだ。
ただでさえ、16歳が中身に入っているのだ。これで聖女のようなサラ像を作り上げてしまっては、5歳のサラとの乖離が顕著になってしまう。
リックはそれを心配していたのだ。
サラだって、本当はもっと生きたくて、もっと大切な人たちと一緒にいたくて、もっとその人たちに甘えたかった、ただの人間、小さな女の子だ。
すとん、と、リックの言葉が胸の真ん中に落っこちてきた。
ありがとう、リック。
これでまた、あたしはサラの気持ちに近づける。
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