第15話 愛娘

 「貴族の跡継ぎって、男子がなるのが普通だと思ってたんだけど、この世界じゃ違う?」



 質問がある、と言った沙羅に、リックは暫く答えてくれなかった。


 昨日から、ふと気がつくと、物々しい表情でじっとサラを見つめていることがあるのだ。

 きっとそういうときは、サラのことを思い出しているのだろう。だから、沙羅は何も言わずに待つようにしている。早く、サラに近づかなくては。サラの大切な人たちを悲しませないために。



 元の素っ気ない表情に戻ったリックに先程の質問をしたところ、リックは沙羅の聞きたいことを察したようで、先回りして答えてくれた。



 「ああ。それはここでも変わらない。お世継ぎのために、男子は2人以上いることが望ましいとされている。旦那様も奥様も、それとは関係なく子供を望んだそうだが、中々授からなかったそうだ」


 「そう…」


 「安心しろ。お前が何を考えたのかは分かるが、お嬢様は、女性として産まれたことで辛い経験をされたことは一切ない。男だったら良かった、なんて露ほどもお考えになったことはないだろう」


 サラの声が暗くなったのに気づいて、リックは沙羅の脳裏に浮かんだ考えを、すぐさま打ち消した。

 強い断定の言葉に、リックが昼食を運んでくるまで、頭の中でうごめいていた嫌な考えが霧散していく。


 良かった。


 サラの、両親に対する愛情からは、仄暗ほのぐらい感情は窺えなかったけど、沙羅はサラの全てを知っている訳ではない。



 (「男だったら」とか、「期待はずれ」とか、言われたんじゃなくて良かった)



 「…、お前ももう分かると思うが、旦那様も奥様も、この上なくお嬢様を愛していらっしゃる。当然、性別など関係なしに。もう子宝には恵まれないだろうと諦めたころに授かったから、余計に愛おしいのだろう。旦那様がお嬢様に望むのは1つだけ。お嬢様が幸せであることだけだ」



 耐えきれず、サラの目から1滴の涙が落ちた。



 「サラは、幸せだったんだ」


 「そうだ。お嬢様は、間違いなくお幸せだった」


 1字1字置くように、ゆっくり、はっきりとした声で言うリック。

 サラのことを思ってか、涙については触れずにいてくれた。骨の浮き出る手で跡をぬぐい去る。



 「あたしも、サラには幸せでいてほしい」


 「何を今更」


 「ふは。それもそうか」


 呆れたリックの声に、自然に笑みが出てきた。手の先までじんわり温かい。…もう大丈夫だ。



 「お嬢様を幸せにする方法を教えてやろうか」


 「何を今更…あたしがサラの生き写しになって、サラの周りの人たちを幸せにしたらいいんじゃないの?」 


 沙羅の答えを聞くと、リックは意地が悪そうに片眉だけ上げてサラを見下ろした。そして、上質な白い手袋をした手でサラの手元を指差す。


 「なんだ、分かってるじゃないか。なら、早くそのスープを飲みきることだな」


 「ごもっとも…」



 一体沙羅は何度リックの正論に打ち負かされたら良いのだろうか。

 勝てる気がしないので、冷めきったスープを黙々と喉奥に流し込んだ。










 昼食なので軽く、スープ1杯を飲めたら良いと言われていたのだが、リックの言葉に煽られて、結局2杯飲み干した。

 元々薄い体なので、腹だけポッコリと膨らんでいるのがワンピースの上からでもよく分かる。ベーコンみたいなのが入っていたからか、昨日よりも満腹感が強い。



 リックはと言うと、サラの目の前のテーブルにアルバムを置いた後、満足げに皿の片付けをしている。



 「お嬢様、食後のハーブティーは要りますか?」


 サラの食いっぷりが余程嬉しかったのか、冗談まで言う上機嫌っぷりだ。


 「いや、水分はちょっと…っていうかサラはハーブティー苦手って言ってたよね…」


 喉元までスープが詰まっている気がする。間違ってもスープが飛び出てこないように、なるべくゆっくり話すことしか出来ない。願わくば、今すぐソファに横になりたいのだが、サラの体でそんなだらしないことをするのは気が引けた。



 「冗談だ。アルバムは置いていくが、2時まで寝ていたら良い。消化しきれないだろう」



 サラの為にスープを飲んだのに、そのせいでサラに近づくための勉強が出来なくなるなんて、なんて本末顛倒。

 しかし今の沙羅にとっては、天使の囁きだ。


 そう思ってしまうのには、別の理由もある。

 重たい体をソファから持ち上げ、ちらりと机の上を見る。




 「これ…全部写真なの?」



 見るからに重厚感のある冊子が3つ。ただでさえ分厚いのに、表紙はなめした皮で作られている。余計に重たそうだ。きっと、肉のついてないサラの腕では、3つ一気に持つことすらできないだろう。



 「お嬢様が寂しがっているとお伝えしたら、喜んで全て貸してくださった」



 なんでだろう。

そのシーンを一切見ていないのに、嬉々としてアルバムを持ってくる父親の姿がありありと想像できた。


 (……意地でも全部見なくちゃ)



 「それにしたって、すごい量」



 覚悟を決めた沙羅に、リックは同情的な顔だ。


 「言っただろう。旦那様方はお嬢様を目に入れても痛くないほど可愛がっていらっしゃる。写真を撮るのはかなりお金がかかるんだが、倹約家の旦那様もそこに関しては一切ストップがきかないんだ。奥様も止める気がない」


 とっくに分かってはいたが、折り紙付きの親バカだ。沙羅では、その愛を受け止めきれるか不安になるほどに。まあ、やるしかないのだけれど。



 全部を見る必要はないからな、と念押ししつつ、リックは部屋を出ていった。

 早くサラを取り戻したいはずのリックがこう言うのだ。到底数時間で見切れるものではないのだろう。



 「さて、」



 積み重なってたアルバムを、横並びにする。よく見ると、表紙には「1」「2」「3」とナンバリングされている。

 1がサラの赤ちゃんの時期で、順番に並んでいると考えて良いだろう。試しに、「1」と書いてあるアルバムを開いてみる。



 「……ん、んん?」



 目に入ってきた写真に、目を疑う。



 「どういうことだ、これ…?」




 沙羅は疑問の答えを探しつつ、3冊のアルバムをパラパラとめくっていった。

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