第9話 処刑執行

 サラの口からは、肯定も否定も出てこない。悪い魔法にかけられたみたいに、身じろぎ1つ出来ない。…リックの、侮蔑の滲んだ瞳に縛り付けられて。




 「ずっと………ずっと、考えては、馬鹿なことをと、浮かび上がる考えを何度も打ち消した。そりゃあそうだろう!?あなたはどこからどう見ても、サラお嬢様だ。このが間違うはずがない!」



 沙羅に叩きつけるような声。穏やかな口調は跡形もなく、息をすることすらはばかられるこの状況で、きっとこれが彼の素の話し方なのだろうと、やけに冷静に思った。



 沙羅への糾弾は続く。



 「それなのに…いや、完璧にお嬢様の見た目だからこそ、ちょっとの違いが強烈な違和感になる。


お嬢様は…お嬢様は、俺と2人の時はそんな口調で話さない。お嬢様は、紅茶は好きだが、ハーブティーは嫌いだ。薬の味に似ていて思い出すからと言って、匂いを嗅ぐことさえ嫌がる」





 あたしは、大馬鹿者だ。

勝手に人の人生知った気になって、ペラペラ話して。あまつさえ、疑われてることにも一切気づかず、「忙しいんだろう」なんて思い込んでいた。思い起こせば、違和感なんていくつも転がってただろうに。





 何も言い返せない。ゲームオーバーだ。

あたし、また、まちがいを選んでしまった。



 これがゲームなら、セーブもせずにすぐに電源を切って1からやり直す。それで、正しいルートを選び出す。ゲームオーバーに先なんてない。



 でも、どんなに突拍子もない状況だろうと、これは現実だ。あたしは、ゲームオーバーしたこの世界で、生き続けなければいけない。…このまま、罪人として本当に処刑されなければの話ではあるが。




 何も言わないサラを見て、リックは更に表情を歪める。怒りというより、やるせなさや、苦しさを感じる。



 「…なぁ」



 リックの眉間にぎゅっと力が入る。瞳が、迷うように揺れている。



 「頼むから、何を馬鹿なことを言ってるんだ、って笑えよ。それだけでいい。簡単だろ…?そしたら、謝る。お前が…あなたが、お嬢様じゃないなんて馬鹿なことを考えてしまったことも、『お前』なんて不躾な呼び方をしてしまったことも、謝りますから」



 最後はもう、懇願するような、弱々しい声だった。声こそ小さいものの、聞いてて泣きたくなってしまう、悲痛な叫びだ。そしてこれは多分、彼の本当の願い。



 どうか、自分の勘違いでありますように。


 目の前のこの人が、大切なサラでありますように。





 …でも、あたしには、その嘘はつけない。

だってこの人は気づいている。あたしがサラではない数々の証拠に。さっき自分の口ではっきりと語っていたのに。あたしが嘘をついたところで、リックの中ではとっくに結論が出ている。



 それでも、目隠しをしていびつな願いを持ち続けるのは、その結論が導く、もう一つの揺るぎない事実にたどり着いてしまったからだ。





 サラは。


 ハーブティーが嫌いで、たまに仮病を使ってしまう、彼のサラは、もうこの世にはいないのだ、と。




 言葉を発するため、震える肺で精一杯息を吸う。




 「……5分だけでいい。の話を聞いてほしい。それさえ聞いてくれたら、のことはどうしてもいいから」




 どうにか絞り出した声に、リックは耐えきれず膝から崩れ落ちた。





 ごめんなさい、リック。


大切な人の喪失を、1度ならず2度も味合わせてしまった。

許されないことだ。



 でも、その分の罰はあたしがちゃんと受けるから。



 あなたの儚い願いを踏みにじってでも、あたしは進まなければいけなかった。



 湖の畔で泣いていた、あの子の最期の願いを叶えるために。

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