第7話 家宅捜索

 さあ。絶望的な状況でも、立ち止まることは許されない。

 気がつくと、外が少し暗くなり始めている。流石に30分は経過していないとは思うけど、正確な時間が分からない限り、なるべく速やかに動かなければ。



 改めて、自分の姿を見る。

 寝間着なのか、飾り気のない七部丈の白いワンピースは、胸元のリボン以外は極めてシンプルな作りだ。沙羅だった頃には絶対に着なかったであろう、可愛らしい服。



 「やっぱり、沙羅も普段はお母さんみたいなドレスなのかな…ワンピースはともかく、あんなコルセット締め上げてそうなドレス着たことないんだけど…」


 天蓋付きではないものの、小さな子供には不釣り合いな、クイーンサイズはありそうな大きなベッドに、執事がいる生活にドレスときた。

 沙羅のイメージとしては、世界史の授業で習った中世ヨーロッパの貴族の生活に近い。あんなに髪の毛モリモリじゃないけど。



 「…ん?なにこれ」


 布団を出ようとすると、ふと布団の下にある何かが手に触れた。広すぎて気づいていなかった。

 ふわふわとした何かを引っ張り出してみる。


 「うさぎ…いや、羊…?」


 手触りやサイズ感から予想していた通り、それはぬいぐるみだった。…のだが、初めて見る生き物だ。

 黒く大きな目に、長い耳(多分)は垂れている。そこだけ見ると、いわゆるロップイヤーと呼ばれるうさぎに似ているのだが、問題はその胴体だ。うさぎにしては、明らかにふわふわすぎる。まるで羊のようだ。そして尻尾は犬のように長い。…そういえば羊の尻尾ってどんなだっけ。あんまり記憶にない。

 とにかく、沙羅はこんな生き物は見たことがない。



 ふと、嫌な予感が頭をよぎる。




 「まさか、あたしが居たのとは全く違う世界、とか?…いやいや、流石にそれは現実味がない。いや生き返ってる時点で、そんなこと言ってられないか…。でももしかしたら、20世紀になる前に絶滅した動物とか、それか日本以外にはいる生き物なのかもしれない…」


 ふと、死ぬ1週間くらい前に、偶然ネットで見たチベットスナギツネという生き物を思い出す。名前の通りキツネの一種なのだが、「キツネ」と聞いて思い浮かべる、長い鼻筋や狡猾そうな顔とは全く異なり、何というか…気の抜けた顔をしている。

 沙羅は最初、合成して作った写真だと思った程だ。



 (そう考えたら、うん。こんな動物もいる気がしてきた)


 決めつけは良くない。あと、ただでさえ崖っぷちな状況なのに、16年生きてきた常識が一切通用しない世界は流石に凹む。せめて日は東から登って西に沈んでほしい。東西南北の考えは根付いててほしい。


 (でもそういえば、時間感覚は同じっぽいし、そこは期待できるかも)



 日が沈みつつある空も、沙羅の見覚えのある、オレンジと紫のグラデーションだ。良かった、土気色の空とかじゃない。自然の摂理は一緒の可能性が高い。


 ぬいぐるみの形を整え、枕元に置いておく。闘病中のベッドに置いてあったくらいだから、多分大切なものだ。

 


 「…ん?」


 ぬいぐるみを置くために、上半身を後ろにある枕の方にひねったときに、視界の端に何か写ったような。


 「家族写真…?ていうか時計!!!!うそ時計あるじゃん時計!!」



 ベッドの後ろの壁にかけてあったのは、大きな家族写真。そしてその横に時計もあった。

 「よかった…やっぱり時間感覚は一緒だった……」


 長針と短針のあるそれは、見覚えのある形だ。あまりの嬉しさに、ベッドの上に立って、時計の輪郭をうやうやしくなぞる。



 嬉しいのは、自分の常識が通じることが分かったからだけではない。

 自分でも今の今まで気がついていなかったけれど、時間が分からないことが、思っていたよりもストレスだったようだ。


 「今までずっとスマホで時間見てたもんなぁ。何分過ぎたかなんて、状況によって感じ方全然違って分からないし、時計って偉大…」


 生前(?)は手首がごちゃごちゃするのが嫌で、腕時計などしたことがなかった。まさか時計を見て、これ程テンションが上がる日がくるなんて。


 欲を言うならば、せめて医者が来る前にこの存在に気づきたかった。そしたら、メイドが部屋を出てから、正確に2時間を測れたのに。


 とりあえず、現在5時10分。

多めに見積もって、1時間は経過したと考えておこう。6時には確実にベッドにいた方が良さそうだ。



 「あと50分…うん、何とかなりそう」



 時計を見るついでに、ベッドのちょうど真後ろにかけてある家族写真を見る。白黒の写真だ。家の前でサラの両親と、湖で見たときよりも少し小さなサラが満面の笑みを浮かべている。どこからどう見ても、幸せな家族だ。



 頬を叩き、再度気合を入れ直す。



 「あたしの命、あげるって言ったもんね」



 







 サラの部屋は、広いけどシンプルな作りだった。ベッドに座った状態で、右の壁は全部窓。外に半円形のバルコニーがあった。

 正面には暖炉と、その前には薄茶色の革張りソファと、木製のテーブル。テーブルの縁には、つたのような繊細なモチーフが彫ってある。


 ベッドサイドの小さな棚には、コップと水差しがあったので、1杯飲ませてもらった。緊張からか、喉がカラッカラだったのだ。

 隣に白い花が何本か挿された花瓶もあった。花に詳しくないので名前は分からないけど、小ぶりで可愛らしい。



 ベッドの左手には、医者が使っていた木製のスツール。そして壁際には同じく木製のドレッサーがある。ドレッサーは白く塗りあげられていて、机と同様に縁が彫られている。こちらは花のモチーフだ。

 鏡と思われる部分は、両開きの扉になっていた。そっと開けてみると、予想通りの三面鏡だ。



 「顔色、わっっる……」



 驚いた。というか引いた。

 骨ばった手や、頬を触ったときの感触から、肉付きが悪いのは分かっていたものの、ここまで顔色が悪いとは思わなかった。

 元の肌の色が白いせいもあるだろうけど、肌の奥から青色が滲みでている。


 サラ(魂)と出会ったときは、そもそも半透明に透けていたから、これ程とは気づかなかった。

 この顔色を見て、「もう病人ではない」と断言したあの医者は、やはり凄い人だ。どう見ても死にかけだこんなの。

 しかし実際、中身の沙羅は結構ぴんぴんしている。強いて言うなら、疲れは感じやすいかもしれない程度だ。



 サラには申し訳ないが、あまりの顔色の悪さに、気持ちが引っ張られて具合が悪くなりそうだったので、鏡を閉じさせてもらった。

 なんだろう。元が可愛らしいから、余計に見てて痛々しい。




 しかしこれでもう、この部屋のものは粗方確認してしまった。シンプルな作りが憎い。現代日本の物の多さを見習え。



 「後はあそこだけだけど…」



 実は、ずっと気になっていた物に、目を向ける。


 この部屋には扉が2つある。



 1つは、サラの両親やリックが出入りしていた扉で、ドレッサーと同じ壁側にある。


 そしてもう一つ、暖炉の後ろの壁の、窓側の端に全く同じ形の扉があるのだ。



 (1個は確実に廊下に繋がっているけど、もう1つは…?)



 部屋の中で分かった情報が少ない以上、見れるものなら見てみたい。でも…



 「万が一、廊下だったり、人がいる全然別の部屋に繋がってたら…」



 リスクが高すぎる。

仕方ない。今は止めておこう。今度誰かが開けるのを待って、覗き込んでみよう。


 「…意外と時間が余っちゃった」


 時計を見上げると、5時30分にもなっていない。

 どうしようか悩んだが、新しいものを色々見たせいか、ちょっと疲れてしまった。あと30分は時間がありそうだし、ベッドに戻ることにする。


 布団に潜りこみ、ぬいぐるみを抱きしめると、凄く落ち着く匂いがして、沙羅はまたしてもすぐに眠りについてしまった。

 

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