第5話 ろくでなし

 沙羅自身も驚いたことに、サラの両親を安心させるために目を閉じただけのつもりが、そのまま眠りに落ちていたみたいだ。

 体力は小さい子供のままなのだろう。まあサラの体なのだから、当たり前ではあるが。




 「お嬢様、お休みのところ申し訳ございません。お医者様が到着なさいました」


 目が覚めたとき、ベッドの横には2人の人物が立っていた。

 1人は今サラを起こした、黒いワンピースを着た女性。そしてもう1人は彼女の後ろに立つ、大きなかばんを抱えた眼鏡の男性だ。また知らない人が増えてしまったが、彼女の口調や話していた内容から察するに、女性はサラの家で働いている人、男性はお医者さんに違いない。




 「ほう、これは驚いた…本当に生き返っていらっしゃるとは。信じられませんな…」


 男性はズカズカとサラに近づき、眼鏡の奥から爛々らんらんとした目でサラを凝視してくる。怖い。


 「あの、そのような物言いはお止めいただけますか」


 男性の行動をいさめた女性の声は、その言葉だけで相手を氷漬けにできるのではないかと思うほどに冷やかだった。怖い。

 片や変人、片やブリザードだ。


 「いやいや、これは失礼した。しかしそれ程の奇跡なのですよ、これは」


 「これ」と言いながらサラを指差したせいで、女性の目つきがどんどん鋭くなっていく。わざとやっているのではないかと思う位、火に油を注ぐタイプらしい。



 それから、男性は鞄を広げ、問診を始めた。思っていたよりもテキパキとはしているが、心臓の音を聞いたり、喉の奥を見ながら時折ぶつくさ独り言を言うのはなんとかならないものだろうか。

 女性も流石に診察中は口が挟めないのか、じっと黙って待っている。しかし目線は、変なことをしないか、常に男を睨みつけたままだった。



 5分くらい経っただろうか。

 医者は診察を終えたようで、持っていた器具を鞄に戻すと、大きく満足そうな溜息をつきながら、椅子に深く座り直した。


 「…あの、サラ様の容態は」


 何も話そうとしない医者に痺れを切らし、女性が嫌そうに口を挟んだ。本当は死んでも聞きたくないのだろう。なぜなら、


 「いやぁ素晴らしい!より心臓が強く鼓動している!これ程興味深いケースには会ったことがないですなぁ!」


 こんな人でなしの答えが返ってくることが、ほんの数分前に会ったばかりの沙羅でさえ分かっているからだ。


 「はもう病人ではありませんよ。確かに病で体はガリガリ、喉も腫れっぽいままだが、そんなのはもう時間が解決することです。いやはや、一体何が起こったんです?よみがえりの薬でも見つけたのであれば、ぜひ教えていただきたいですな。ははっ」


 無論、笑っているのは医者だけだ。この人は、血管がはち切れそうな女性の顔をちゃんと見ていないのだろうか。見ている沙羅が1番ハラハラする。


 「おゆるし下さいサラ様。この男は人として何1つ良いところが見つかりませんが、それでも医師としての腕だけは間違いないのです」


 最早男性にかける言葉もないのか、女性は心底申し訳なさそうにサラに謝る。酷い言われようの本人はというと、気にもかけず、鞄の中身を弄りながら笑っている。


 「当たり前のことを。僕は医者ですよ。診察して正しい処置をするのが僕の仕事です。道徳を教えるのは仕事じゃあないし、「よく頑張ったね」とかいう甘いだけのセリフが聞きたいなら、他のクソみたいな医者にでも任せておけばいい」


 そう言いながら、すり鉢のようなものでせっせと薬を砕く医者。


 女性は嫌悪感を隠そうともしないが、沙羅は少し見直してしまった。

 この人は、自分のやるべきことを理解していて、それに真っ直ぐなだけなのだ。いや、真っ直ぐすぎて、もうちょっと位周りを見たほうがいいとは思うが。でも、その他の物をバッサリと割り切れるほどに、進むべき道が見えていることは、素直に羨ましい。


 「まあ、とりあえずここまで持ち直したなら、今回はもう死なないでしょう。後は滋養強壮の薬を出しとくから、ちゃんと飲むこと。このお嬢さんは1度体を壊すとすぐに食べ物を受け付けなくなるのが良くない。食べられるときにちゃんと食べなさい。あと甘やかさずちゃんと運動させること。寝ていたら何でも良くなると勘違いしているアホが多すぎる。少し外で歩くだけでも全然違う。それから、声が出ないということだが…」


 そこまで一気にまくし立てると、男性は一瞬サラを見やる。そして、さもつまらなさそうに、


 「ま、いつも通り紅茶に蜂蜜でも混ぜてやれば勝手に治りますよ」

と、とろりとした蜜の入った小瓶をベッドの上に放った。

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