第3話 生き返り(?)ました

 サラにほとんど騙し討ちのような形で湖に突き落とされた沙羅はというと、


「まってまって、まじで意味が分からない!!!」



現在進行形で超絶テンパっていた。

湖の中、もとい「湖のようなもの」の中は沙羅の予想と異なり、全く息苦しくない。浮遊感が少しあるくらいだ。少しずつではあるが、下に落ちていく感覚がある。

 問題はそんなことではない。




『あなたが、私の代わりに私の人生を歩むの。』


「って!どーしたらいいのかくらい教えてから落としてよ!!!サラの目の色的に絶っっ対日本人ですらないでしょ!?まってどうしよう絶対言葉すら通じない……いやでもサラとは普通に話せてたな…なんで?同じ

「さら」繋がり?ってそんな訳ないわ死んでるからの方がまだ分かるわ。嫌だ、一人ボケツッコミなんて産まれて初めてしたわ。いやもう死んでるけど。いや死んでないのか…???」


 とりあえず片言で「ハロー、アイムサラ」と言ってみる。繰り返しにはなるが、沙羅は超絶テンパっている。



 と、急にガクンと体が傾くのを感じる。…と思っていたら、落ちた。それはもう、真っ逆さまに。先程までの緩やかな降下が嘘のようだ。




 この浮遊感には覚えがある。それもつい最近のことだ。

 思い出したのは、階段を落ちたときの、あの浮遊感。そして、地面に打ち付けられるまでの一瞬で、ザァッと音が聞こえそうなくらい一気に引いていく血の感覚。首が折れる、人が死ぬ音。


 無意識の内に、ぎゅっとキツく目を閉じていた。どうやら、自分が思っていた以上にトラウマになっていたらしい。呆気なく死んだつもりだったのに。

 そもそも、遊園地にも1度しか行ったことがない上に、その時は確か小さすぎて絶叫マシーンには乗っていない。浮遊感の類には耐性がないのだ。


 確信した。絶叫マシーンが好きな人とは絶対に仲良くなれない。


 (だから、早く終わりますように)



 最早声も出せず、目を閉じたまま、沙羅は胎児のように丸まった格好でただ時が過ぎるのを待った。







バサッ!



 吐き気のしそうな時間は、瞼越しでも分かるほどの強い光と、強い衝撃によって唐突に終わりを告げた。


 先程の音は、沙羅が布団を跳ね上げた音だったようだ。お腹の辺りまでめくれあがっている。

 沙羅はベッドの上で上半身だけ起き上がった状態だった。よもやベッドの上にどっかから落っこちてきた訳ではあるまい。状況から見て、衝撃だと感じたのは、急に肉体を取り戻した衝撃だと考えた方が良さそうだ。



 そう、生きている。

生き返った、と言って良いのか分からない。なにしろ、沙羅の部屋にこんなに大きなベッドはない。それに、先程から視界に入ってくる自分の手は、記憶よりもほっそりとして小さい。その手で髪の毛を触ってみると、ふわふわとした感触がした。



 あたしは、サラだ。

サラの思惑通りに、ちゃんとサラとして生きている。…ただし中身はあたし、沙羅のままだ。



 「お、嬢様…?」


 バッと勢いよく声を見ると、開ききったドアの側に、燕尾服を着た男が立っていた。

 顔にかからないようキッチリと固められた黒髪に、レンズが1つしかないメガネをかけている。執事のイメージそのもののような人だ。しかしまだ若いからか、少しコスプレのようにも見える。



 「サラお嬢様…?え、生きてる…??お体は、大丈夫なのですか?」

 「あの、えと」


 執事(仮)は手に持っていた白い花束を床に落としたことも気にかけず、こちらに駆け寄ってくると、ベッド脇に膝をつき、下からそっとサラの顔を覗き込んだ。

 遠目では分からなかったが、瞼の下のくまが濃い。目は赤く充血していて、固められた髪も、よく見れば所々崩れていた。


 (この人、サラのことを大切にしていたんだ…)


 胸の奥がずくんと痛む。

どうして今ここにいるのが、本当のサラじゃないんだろう。


 「お嬢様?あぁ、まだ具合がよろしくないですよね。どうぞ横になってください。すぐに旦那様と奥様を呼んでまいりますから」


 眉尻を下げた執事(仮)が更に心配そうにこちらを伺っている。気が付かないうちに、険しい表情になってしまっていたようだ。これ以上心配させたくないので、大人しく横になると、彼は少し潤んだ瞳で、驚くほど優しく微笑んだ。


 「あなたが生きていて、本当に、よかった」


 そう言って、繊細なガラス細工を触るようにそぉっとサラの髪を撫でた執事(仮)は、そのまま部屋を出ていった。競歩並に早足だったので、死にものぐるいでサラの両親を呼びに行っているに違いない。



 一方のサラはというと、執事(仮)に髪を撫でられてからというものの、固まって動けなくなっていた。

 決して、うら若き乙女の純情的反応ではない。この場にいないサラに対する罪悪感でもない。いや勿論、サラを愛する人たちを騙しているようで、罪悪感はこの部屋を埋め尽くす勢いで溢れてきているが、それだけではない。




 気がついてしまったのだ。

あれ程の優しい微笑みをサラに向けているのだ。サラも、小さい子供といえど、髪を触らせるくらい気を許していたということは、恋心か家族愛のようなものかは分からないが、きっと彼を大切に思っていたことだろう。




 なのに、!!



 どんなに必死に絞りだそうとしても、執事(仮)は、どこまでいっても執事(仮)のままである。というか、言葉は分かるのに、なぜ。もしやここ日本?

 …なんて、そんなことを考えている時点で、サラの記憶を引き継げていないのは明白だ。




 やばい、いよいよもってやばい。

 両親ラスボスが来てしまう。

 


 心臓の音が耳元でうるさいほどはっきりと聞こえる。これさっきまで死んでた人の心臓の音じゃないな。

 でも仕方ない。さっきから、廊下の向こうからガラスの割れる音やバタバタとした足音が複数聞こえてくる。一度死んだはずの人間が生き返ったのだ、そうもなるだろう。部屋の外の惨状を想像するだけでも恐ろしい。


 しかもその音は着実にこちらに近づいてきている。



 どうしよう、体調が悪いと思われてるのだし、寝たフリで誤魔化そうか。

 それとも、いっそのこと、あたしがサラではないと打ち明けてしまった方が良いのか。




 どうする、どうするあたし…!!??

 

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