六月二十二「ループ」

「あれ、時計壊れた?」

 目を覚まして、時計を確認すると日付が昨日のまま変わっていなかった。

 めずらしいこともあるものだ。男は制服に着替えてリビングに降りると、母親の作る朝ご飯が香った。

「あれ、今日の朝もカレーなの? 昨日言ったじゃん、朝からカレーは重たいって」

 その言葉に、母親は「何言ってるの?」と顔をした。

「いいからさっさと食べて学校行きな」

 男はぶつくさと文句を言いながらもカレーを食べた。食べ終わると案の定、胃がもたれるような重たいようなそんな感覚がした。食休みだと、少しの間ソファに転がると父親が新聞を開いた。昨日の新聞だった。

「父さん、それ昨日のやつだよ」

 気づいていない様子の父親に知らせてやる。父親は手に持った新聞の上から顔をのぞかせソファに転がる息子を見た。

「何寝ぼけたことを」

 口には出さないが、父親の目がそう語っていた。

 それから男が家を出ようとすると、肩越しに「今日ゴミの日だからこれ途中で捨てて」と、ゴミ袋を二つ渡された。男は黙ってそれを受け取った。

 極めつけは蛇の死体だった。いつも歩く通学路のど真ん中に車に轢かれた蛇の轢死体を見て男は確信した。

 ――俺、昨日を繰り返してるわ。

 朝起きて時計を見た瞬間にそう思い、朝ご飯のカレー、新聞の日付、持たされたゴミ袋、そして蛇の死体ときて確信に至った。

 理解すると意外にもすんなりと受け入れていた。昨今のアニメやゲームで慣れ親しんでいるからだろうか。どうして、とは思っても、何が起こっているんだとは思わなかった。

 学校に着けば、皆が昨日と同じ言動をしていた。聞いていて彼らが何を次に言おうとするか何となく分かる。一言一句覚えているわけではないが、なんとなく話の内容は覚えていた

「こういうときは一回目をなぞるのが定石だよな」

 男は可能な限り、オリジナルと同じ言動をするように心がけた。だがどうしても全く同じには出来ず、少しぎこちなくなった。それでも男は何とか一日を乗り越えた。


 昨日の言動の模倣は想像以上に疲れた。毎回記憶を思い返して、さも始めて聞いたかのように表情を作って演技するのは普通の人間に出来る芸当ではないと身にしみた。布団に入るとすぐに眠りに落ちた。


 翌朝、眼を覚まして時計を見るが日付は止まったままだった。

「やっぱりな」

 驚きはなかった。ループが一回で終わるとは思っていなかった。

 三日目のカレーを食べると男はゴミ袋を両手に家を出た。

 男の顔に憂鬱の色はない。それどころか今自分が置かれている状況を楽しんでいる様だった。学校に着くや否、男は昨夜寝る前に考えたある事を実行に移した。


 それは、気になる女子全員に告白するというものだった。

 例えフラれたとしても、明日になれば皆何があったら忘れている。そして総当たりした中から気のありそうな子だけを覚えておいて、ループが終わった後に改めて告白すれば恋人になれるという魂胆だった。

 普段の男なら女子に告白するなど大胆な行動に移せなかっただろうが、どうせ皆忘れるのだからという考えと、非日常的な現象が男の気を大きくさせていた。

 

 一時限目の始業前。男は同じ女子に声を掛け、ひとけのない場所へ誘い、言った。

「俺とつき合って下さい!」

「え、急になに。ごめん。無理」

 女性徒は若干引き気味だった。

「わかった。このことは誰にも言わないでね」

 女性徒が去ってから男は、ポケットに入れた名簿にバツの印を一つ入れた。


 それから男は時間を見つけては、女子を呼び出し告白した。その数は二十を超えた。

 大半はすげなく断られたが、そのなかの二、三人は「ちょっと考える時間をもらっていいかな」と脈ありだった。


 一日が終わり、男はベッドの上で成否を記録した名簿を眺める。

「これだけいて、たった数人か……」

 悪くない反応をもらえた女子の顔を思い描きおもわず頬を緩ませる。

 これから彼女たちと少しずつ親交を深めていけばいずれか……

 不意に、嫌な想像が頭に浮かんだ。


 ――このループはどれだけ繰り返されるのだろう? もしかしたら永遠に終わることなく、同じ日を繰り返し続けるのか?

 

 男は身震いした。それから頭を振り、暗い想像を頭から追い出す。


 ――いや、こういった現象には何かしら理由があるはずだ。それを見つけ出してなんとかすればこのループから抜け出せるはず!



 決意を胸に、男は眼を閉じた。

 次の日。日付が進んでいた。朝ご飯もカレーじゃなくなっていた。男はゴミ袋を持つことなく家を出た。蛇の死体もなかった。

「――いったい何だったんだ」


 男の繰り返し現象はたったの二回で幕を閉じた。無限に続くのではないかという恐怖から解放されたが、もう少し長引いてもよかったのにと少し残念でもあった。


 教室に入るとなんだか誰かに見られているようで妙に居心地が悪かった。首を巡らせると、クラス中が男を見ていた。

 ――え、俺何かやったっけ?


 そう思っていると、数人の女子達が近づいてきた。そして言った。

「あんた、学年の女子全員に告白したらしいじゃん。何考えてるわけ?」


 ――あ、終わった。

 そうして男の学園生活は灰色に変わった。


 

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