六月十八日「占い」
「そこのお兄さん、もし良かったら占っていきませんか?」
都会からは少し離れた駅前。高架橋下の薄暗い歩道を歩いているスーツ姿の男に、「占います」と手書きで書かれた木版を掲げた占い師然とした女が声を掛けた。
女はフェイスベールで鼻から下を隠し、誰が見ても一目で占い師だと分かるような格好をしていた。
男は一瞥をくれるのみで、そのまま立ち去ろうとしたが途中で思い直し、占い師の机の前に置かれた簡素な椅子に腰掛けた。
「今夜一人目のお客様なので料金のほどはお安くいたします」
「いくらだい?」
「英世様お一人分でございます」
男は占い師の女の言い方に眉をひそめながら、財布から千円札を一枚取り出して女に渡した。
「確かにちょうだいしました。それでは、はじめていきたいと思います」
そう言うと女は机の下から一組のトランプを取り出し、切り始めた。
「そのトランプを使うのか? タロットとかじゃなくて」
「はい。このトランプであなたの運勢を占ってみせます」
女は切り終わったカードを机の上に裏向きのまま綺麗な扇形状に並べ、そして言った。
「このなかから、お好きなカードを三枚選んで取ってください」
女の鮮やかなカード捌きに目を奪われながらも、男は適当に三枚のカードを選んだ。女は他のカードを片付け、空いた机の上に三枚のカードを男が選んだ順に左から裏向きで並べた。
「この三つのカードは、左から順に、過去、現在、未来を表しています。まずはあなたの過去を見て見ましょう」
そう言って女は男が最初に選んだカードを表にした。現れたのはダイヤの十。
「ほほう、なるほどなるほど……」
「これは何を表してるんだ」
訝しげな目を向ける男に、女は言った。
「まずダイヤは、商人を表しています。つまりは仕事など金銭に関わるものですね。そして、この数字の十。これは十進法で使う最大の数である九の次で、つまりは何か新しいことを暗示しています。……あなたは、会社で何か新しい仕事を任されたのですね?」
それを聞くと男は目を大きくした。
「……ああ、確かに僕は先週、新しいプロジェクトを行うチームに移されたんだ。それで――」「その続きはカードが教えてくれます」
女は二枚目のカードをめくった。現れたのはダイヤの七。
「またダイヤですね。そして数字は七……」
一呼吸置いて、女は続ける。
「七、と聞いてあなたは何を思い浮かべますか?」
「えっ、そうだなあ……七つの大罪、かな。あ、あとラッキーセブン」
「わかりました…………あなたはその新しい仕事で今日早速何かミスを犯してしまったんですね」
男の目が更に大きく見開かれた。
「どうしてそのことが!?」
「ふふっ、カードが教えてくれるんですよ。……それじゃあ、最後にあなたの未来を占いましょうか」
最後のカードは、クラブのキングだった。
「……この絵柄、誰がモチーフになっているか知っていますか?」
「この絵に元ネタとかあったんですか?」
「ええ。クラブのキングは、アレクサンドロス三世をモデルにしているんです。アレキサンダー大王とかイスカンダルと言ったりもしますね」
「へぇ……それで、これはいったい何を?」
男が机の上に身を乗り出した。
「アレクサンドロス大王は、戦術と戦略の天才で、二十歳という若さで王位を継承すると次々と征服戦争に勝利してその領土を拡大していきました。
つまり、あなたはこの先その新しいプロジェクトを先導するリーダー的に存在になり、そのプロジェクトを成功へ導いくことになります」
「おお! それは本当ですか!?」
男は更に身を乗り出した。が、女はそれを右手で制す。
「けれど、気をつけなければいけない事があります!」
女も男に負けじと大声を張り上げる。それを聞くと男は落ち着いて席につき、女に訊いた。
「気をつけるべきこと、ですか?」
「はい。このアレクサンドロス大王は短命でした。死因は酒だと言われています。酒に毒が盛られていたのだと」
「もしかして、僕もお酒に毒をもられる!?」
「そんなことはありません。ただ、お酒の場には気をつけた方がいいでしょうね。何か問題を起こしてしまうでしょう」
「はい、心に留めておきます」
男は熱心に頷いた。女に礼を言うと、来たときとは打って変わり意気揚々と歩き去って行った。
それから一月も経たないうちに、同じ男が占い師の元に四人の男達を連れて訪れた。
「お久しぶりです。実はあのあと、本当にプロジェクトリーダーを任される事になって――」
男は嬉しそうに、「占いが当たった」と女に経過報告をした。ひとしきり言い終わると、
「それで、今日は僕の同僚達も連れてきました! どうか占ってやってください」
そう言って四人の男達を紹介した。
女は四人の男達を、以前と同じやり方で占った。全員を占い終わると、男達は満足した様子で帰って行った。
女占い師の評判は口コミを通じて、たちまち話題になった。夜な夜な女の元には行列が出来るほどの客が訪れた。あまりの人気に、近くの派出所から警官が注意しにやって来たが、その警官を占ってやると満足気に帰っていった。
そしてとうとう、テレビの取材まで来るようになった。
『先生はどこで卜占を学ばれたのですか?』
『……数年前に西洋へ旅をしたときに少し……』
『先生はタロットカードではなく、トランプを使われているんですよね? それは何か特別なトランプなんでしょうか?』
『……いえ、どこでも買えるごく普通のトランプですよ』
『普通のトランプで出来るものなのですか?』
『……ええ。占いというのは手段を問わないのです。何を媒介にしても見えるものはおなじですから』
『なるほど、さすがは先生ですね!』
テレビで流される自分のインタビュー映像を見ながら、女は溜息をついた。
「まさか……こんな大事になってしまうなんて」
女は膝の上に置いた大判の本の表紙を指でなぞった。
「はあ、どうしよう……いまさら言えないよね。当てずっぽうだなんて。全部この本に書かれてる通りにやっただけ、だなんて。あのサラリーマンの人も、スーツを着てて憂鬱そうな顔をしていたからそれっぽいことを言ってみただけなのに……」
女の膝の上には『誰でも出来る占い入門』が置かれていた。
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