六月十七日「メッセージ」
ある晩のこと。
ベッドに寝転がりながら漫画を読んでいると、脇に置いてあった携帯電話がメッセージの受信を知らせた。本を片手で持ち、誰から届いたのか一応確認しておく。まあ、どうせ友人からだろう……
思いながら携帯の画面を開き、そこに表示される送り主の名前を見て、俺は持っていた漫画を取り落とした。
「どうして白石さんから!?」
送り主は同じクラスの白石和香さんだった。俺が前からひそかに想いを寄せているひとだ。彼女とは何度か話したことがあるだけで、まだそれほど親しい仲ではないはずだ。なのに、なぜ彼女からメッセージが送られてきたんだ?
喜びと同時に疑問が生じた。それから俺はメッセージの本文を開き見た。
『突然ごめんなさい! 白石和香です。朱里ちゃんから教えてもらって、メッセージを送りました』
朱里ちゃんとは、同じクラスの女子の事だろう。どうしてその朱里ちゃんが俺のアカウントを知っているのか知らないが、この際それはどうでもいい。大事なのは白石さんからこうしてメッセージが来たということだ。
緊張で震える指で友達登録ボタンを押し、俺は白石さんと友達になった。これでこちらからもメッセージを送る事ができる。
察しの良い俺は、この時点ですでに気がついていた。白石さんは俺に気があるのだと。
でなければ、こうして人伝に聞いてまでメッセージを送ろうとは思うまい。
俺は、あえて素っ気ない文面で返事をした。
『そうなんだ。それで、どうしたの?』
こういう場合、こちらは何も気づいていないという態度を取るのがいいのだ。漫画でもみんなそうしている。
白石さんからの返事はすぐに返ってきた。
『もしかして勉強中だった? そしたらごめんなさい』
『大丈夫。丁度休憩しようと思ってたところだから』
俺もすぐに返す。もちろん勉強などしていなかった。少し見栄を張った。
『よかった。それじゃあ、ちょっと話したいことがあるんだけど……』
返事は早かった。
相づちの代わりに適当な返事を打とうとしたところで、部屋の外から声が聞こえた。
「修太~、ご飯~」
「わかったー」
母親が晩ご飯が出来たことを知らせた。しかたない。俺は白石さんに『ごめん。ご飯出来たみたいだからちょっと行ってくる。すぐ戻ってくるから!』と返して、一回のリビングに向かった。
「いただきます………………ごちそうさま」
茶碗一杯の白米を一気にかき込み、味噌汁を一気に飲み干すと俺はすぐに自室へもどった。
戻ってすぐにメッセージを送る。
『お待たせ!』
『えっ、もう食べ終わったの!? わたしに合わせようと無理してない?』
『大丈夫、大丈夫。ちゃんと食べてきたよ!』
食事よりも、今は彼女の話を聞くことの方が大切だ。
それから何度かメッセージを送り合うと、彼女は遂に本題へと入り始めた。
『あのさ……いまつき合ってる人っているのかな? ごめんね、急に変なこと聞いたりして』
胸が急に苦しくなった。さっきご飯を一気に食べたからだろうか? たぶん違う。
左手で胸を押さえながら俺は文字を打つ。
『いないよ』
『本当!? そしたら気になってる人はいるの?』
『いいなって思う人はいる、かな』
『そっか、そうなんだ』
胸の鼓動が限界まで早まっていた。
俺は確信を得ていた。これから白石さんが何を言おうとしているのか。
『突然、そんなこと聞いてどうしたの?笑』
今の俺は、今世紀最大に気持ち悪いニヤけ面をしているのだろう。鏡を見なくとも分かる。布団に顔を埋めて、両足をバタつかせる。自分で送っておいて、なんだか恥ずかしくなった。
顔を埋めたままでいると携帯が振動した。
『実は、わたし……』
俺はツバを飲み込む。数瞬後、手の中の携帯が震えた。
『わたし、修一くんのことが好きなの! だからつき合って下さい!』
「うおおぉぉぉぉぉ!」
俺は布団に顔を埋めて吼えた。携帯をほっぽり出し、足と手と身体、全身を使ってベッドの上でのたうちまわる。
「兄ちゃんうるさい!」
部屋の外から弟の声が聞こえた。
かまうものかと、俺はしばらく暴れ続けた。じっとなどしていられるものか。
やがて暴れ疲れると、もう一度、白石さんからのメッセージを舐めるように見る。そして声に出して読み上げる。
「わたし修一くんのことが、好きなの。だから、つき合ってください……ふふっ、わたし修一くんのことが…………ん?」
“修一”?
俺の名前は”修太”だ。打ち間違えたのか?
胸騒ぎがした。
告白への返事を送ろうとする手を止める。そして、彼女に確認する。
『修一? もしかして……間違えてない?』
数分後、返事がきた。
『間違ってないよ! 村田修一くんだよね? アカウント名のShuって、名前から取ってるんでしょ?』
確かに俺のアカウント名は『Shu』だ。けれど、俺の名前は中村修太だ。
俺はすべてを理解した。
『残念だけど、俺は村田じゃない。同じクラスの中村です。きっと白石さんに教えた朱里さんが間違えてしまったんだと思う。大丈夫、このことは誰にも言わないから。もちろん村田にも。だから安心してください。こっちが本物の村田のアカウントです。頑張ってください。応援しています。それじゃあお休みなさい!』
一気に長文を打ち込み送信すると、携帯を放り投げ俺は布団の中に潜り込む。何度か携帯がメッセージの受信を知らせたが、俺はそれを無視した。
翌朝。学校に行くと、俺のもとに白石さんが駆け寄ってきた。そして頭を下げた。
「昨日は本当にごめんなさい!」
俺はまともに白石さんの顔を見ることができなかった。鞄から教科書を机の中に移しながら訊ねた。
「ううん、全然大丈夫だよ。白石さんは何も悪くないし。それで、あのあと村田にちゃんと伝えられた?」
「うん! それでね村田くんとつき合うことになったの!」
「それはよかったね」
彼女が俺の席から離れていくと、俺は腕を枕にして机の上に突っ伏した。そして、少しだけ泣いた。
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