六月十六日「日付」
「今日は何月何日だ?」
女の頭に銃を突きつけながら、その男は言った。
女は自分の頭に突きつけられた銃を見、歯の根が合わず震えた声で答えた。
「さ、三月じゅ十七日、デスよね……?」
「そうか。今日は五月十日だ」
男はぶっきらぼうに、銃の引き金を引いた。
“停滞者”と称される存在は唐突に現れた。
彼らは生きていながらその時間が止まっている。彼らの主観時間は、ある瞬間を境に一切進まなくなってしまっているのだ。その原因は解明されていない。ただ分かっていることは、彼らの脳の海馬は極端に萎縮していて、外部からの新しい情報を一切受け付けないということだ。そのため、彼らに何を言っても数瞬後にはすっかり頭から抜け落ちてしまう。現代の医学では治療の余地が無いとされた。
最初、政府は彼らを何とかして社会活動に組み込もうとした。時間が止まっている以外は、普通の人間となんら変わらないからだ。
が、それはすぐに不可能だと判明した。彼らは記憶を保持出来ないため過去の記憶を頼りに動き、まともに仕事を行う事ができなかった。更に、停滞者の近くにいるだけで周囲の人も停滞者化する事例が報告されてからは、徹底して彼らを排除する方向に舵を切った。
その結果生まれたのが、男のような停滞者専門の殺し屋だ。
彼らは、停滞者と化した身内から依頼を受けて停滞者を殺す。それを生業としていた。
男は殺した女から遺品を回収すると、依頼者の元へそれを持ち帰った。それを受け取った依頼者の初老の女性は「ごめんね、ごめんね……」と、遺品を胸に抱えて噎び泣いた。男は、泣き続ける女性の旦那から報酬金を受け取るとその家を後にした。
それから新しい依頼者を求めて歩いていると、男は前から一人の女性が歩いてくるのが見えた。ひとりで歩く女を怪しく思った男は近づくと声を掛けた。
「今日は何月何日だ?」
「えっ、七月三日ですけど」
「そうか……」男は懐から銃を取り出す。「今日は、五月十日だ」
「え、なんですか!? あなたは何を言っているんですか!?」
女は男が銃を取り出すのを見ると、踵を返して逃げようと走りだした。男は冷静に、女の頭に狙いを定めると、引き金を引いた。
乾いた音が空気を振動させた。それからドサッと音がして、女の身体はくずおれた。
男が撃ち殺した女の遺品を回収しようとしていると、一人分の足音が聞こえてきた。見れば、黒衣の男がこちらに向かってきていた。
男は立ち上がり声を掛けようとするが、それより早く黒衣の男が訊いた。
「今日の日付は」
男はそれを聞くと、懐の銃を握っていた手を離した。
「なんだ同業者か。今日は五月十日だろ。お互い大変だな、ここ最近は奴らの数が多くて大忙しだ」
「……そうだな」
黒衣の男はそれだけ言って立ち去ろうとした。男も遺品回収に戻ろう背を向けた瞬間、背後から声が掛かった。カチリと硬い音がした。
「今日は七月三日だ、ブラザー」
男が振り返る前に、黒衣の男の銃から放たれた銃弾が男の脳天を貫いた。
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