六月十二日「提案」

「くっ、なかなかやるな勇者よ」


 わたしの魔法を受けた勇者はその身から黒い煙を出しながら後方へと飛びすさった。それと同時に勇者が振るった剣がわたしの肩を切り裂いた。勇者の仲間の一人が駆け寄って、勇者に治癒魔法をかけている。わたしも自分に治癒の術をかけた。傷口が塞がっていく。


 同じことを何度も繰り返してきた。勇者たちの顔には僅かに疲労の色が浮かんできた。わたしも、貯蓄魔力が減りつつある。このまま戦いが長引けばどちらかが倒れるだろう。それはわたしか、勇者たちか――


「――勇者よ、ひとつわたしから提案がある」


 わたしの口からはそんな言葉が出ていた。意識したものではなかった。気づけば口がひとりでに動いていた。


「……なんだ」


 勇者は剣を片手に、訝しげに聞き返してくる。

 慎重な男だ。その構えに隙はない。

 言い出した手前、わたしは仕方なく次の言葉を紡いだ。


「どうだ、わたしとお前とでこの世界を支配しないか?」


 言ってはみたものの。ほんの冗談のつもりだった。こんな話、勇者は聞く耳を持たないだろうと。事実、


「罠よ! そんな話聞くわけないでしょう!」「馬鹿にしやがって!」「ふざけるな!」


 と、勇者の仲間たちから糾弾の声が上がった。


 それもそうだ。突然敵からそんなことを言われれば「嘘だ」と思って当然だ。なぜこんなことを言ったのか。

 わたしは一度息を吸うと、再び体中に魔力を巡らせる。お遊びはここまでだ。



「そて、そろそろ――」

「――…………断る!」


 再び戦いを始めようとしたわたしの言葉に、勇者の言葉が重なった。出鼻をくじかれ練った魔力が体中から霧散する。


 あれ? なんだこの間は? もしからしたら、これはもしかするんじゃないか?


 勇者は変わらず剣を握っている。しかし、そこに僅かな隙が生じているような気がした。 空咳をして、わたしは話題を戻した。


「なに、人間がわれわれ魔族の支配の元に置かれるというわけじゃない。人間と魔族の両方が共存出来る世界を、わたしたちで協力して造ろうというんだ」


「馬鹿な事を言うな!」勇者の仲間が叫ぶ。しかし、とうの勇者は、

「……詳しく聞かせろ」

 と、手に持った剣を腰の鞘に収めた。


「勇者!? 何をいってるんだ! 罠に決まってるだろ!」


 再び仲間の一人が叫ぶ。が、他の仲間が

「いや、勇者がこんな見え透いた罠に引っかかるはずがない。……そうよ、きっと私たちが態勢を整える時間を稼ごうとしてるんだわ!」


 と、ヒソヒソと仲間内で話し合っている。聞こえてないつもりらしいが、鋭い聴覚を持つわたしはそのすべてを聞いていた。

 彼らはああ言っているが、わたしはそうではないことを半ば確信していた。剣を収めてこちらを見る勇者の目は真剣そのものだった。


 勇者はこの提案に乗り気だ。わたしは確信した。


「この話は人間の王にも提案したのだがな、奴は愚かにも話を聞こうともせず断りおった。その点、お前はずいぶん話の通じる男のようだな」


「前置きはいい。本題に入ろう」


 勇者の鋭い目はわたしをねめつける。奴は周りくどい話が嫌いなようだ。


「ああ、そうだな。先にもいったようにわたしが理想とするのは、人間と魔族の共存する世界の構築だ。わたしだって無意に戦いを望むわけではない。

 そのために、わたしが魔族側の代表となり、勇者であるお前が人間側の代表となって協議を重ねていこうと思っている。今の人間の王は人望もなければ頭も足りてないようだからな」


「貴様、我らが王を愚弄するか!」

 外野が叫んだ。


「落ち着け、ガイア。それで、具体的にはどんなシステムを構築しようと考えている」

 勇者は右手で仲間を制した。


「居住区画を明確に分ける必要があるな。今は魔族も人間も互いの姿を見ればすぐに争いを始めるような最悪の関係であるといえる。であるから、当分の間は明確な線引きをしてきっちりと棲み分けをする必要がある」


「そうだな。しかしそれも永遠には続くまい。生活圏内が狭まるんだ、どちらの側でも不満は溜まっていきやがて爆発するだろう。その点はどうするつもりだ?」


「それについては特別区画を設けて、そこに一定数の二種族を同時に住まわせる。最初は多少の問題もあるだろうが、お互いのことを知ればしだいに友好的な関係が築かれるだろう。それを少しずつ広めていけば時間はかかるだろうが互いに受け入れることが出来る、とわたしは考えている」


「ふむ。まあ妥当なラインだろう。だが、人間の中には魔族による攻撃で家族を失ったり家を失うなど多大な被害を受けた者たちが多く存在する。彼らはそう簡単に納得はしないだろう。そういった者たちを野放しにしていては反抗運動が頻発して統治どころではないぞ」


「ああそうだな、可能な限りこちら側で補填しよう。だが、死んだ命を以前と同じ形で蘇らせることはできない。失ったものは取り戻せないからな。そういったケースに関しては、直接の被害をもたらせた者とわたしからの謝罪、それと今後の生活の保障を提供しよう」


「そんなもので済ませられると思っているのか! お前達のせいで俺の村のみんなは……!」

 再び外野のガイアが叫ぶ。


「ガイア、押さえろ。……それを受けて被害者遺族がどう思うかはわからん。それについてははこちら側でも何かしらを考えよう」


 ふう、これで話は一段落しただろう。息を吐いて肩の力を抜く。見ると、勇者の仲間たちは皆目を泳がせている。

 今夜は宴だな。その場に勇者達を招くのも良いかもしれない。上が友好的な関係を気づけなければ下の者も困惑するだろうからな。

 

「それで、最初の領土配分はどうするんだ?」


「え?」


 不意のことに、思わず変な声が出た。

 勇者はまだ話をつづけるつもりか。やはり慎重な男だ。その場の勢いで済ませない姿勢には好感が持てる。


「丁度半分に分割するのは現実的に不可能だ。一部の地域は戦争の余波で生活出来るような状態ではない地域もある。そうした地域を除外するとかなり数は絞られてくるぞ。そこに今いる人間と魔族が住むとなると、必ず色々と要求が出てくる。それに戦争が終われば次第に人の数も増えていくだろう。それに備えて、使えなくなった土地を復興させていく必要がある」


 そ、そうか。そういったことも考えなければいけないな。

「それについては現場を見て考えなければな。追々協議を重ねて……」

 勇者はわたしがみなまでが言う前に、たたみかけるように続ける。


「それに加えて統治の形態も考えていかなければ。最初のうちはお前が言ったとおり、分割統治といった形でもさほど問題はないだろう。しかし、お前のいったように最終的に共存出来る世界を目指そうとなると、統治する機関が人間と魔族側とで二つ存在していたのでは問題が生じる。どのタイミングで統一してどんな形にするのか、または統一はせずにいくのか。それについても考えてかなければ結局は瓦解するだろう」


 な、なかなかに課題は多そうだ。だが協力していけばなんとできるだろう……

「そ、それも追々……」


「一番の問題は人間と魔族の間の能力の差だ。基本的に個々の能力では人間は魔族に劣る。一人の魔族に対して数人の人間が束になってやっと同等かそれ以下がいいところ。その能力の差による意識の差がこの戦争を引き起こしたんだ。お互いにあるその意識をどうにかしないことはまた同じことが起こるだろう。魔族側は能力で劣る人間に譲歩しているという不満、人間側はいつ魔族が反旗を翻すのかという恐怖。それをどうにかして取り除かなければならない」


「…………」

 ………………。


「忘れてはいけないのが、人間と魔族の間に産まれる子供の扱いだ。身体の構造的に二種族が交わり子を成すことは可能だと判明している。まだその様な話は聞いたことがないが、やがてはそうした子が生まれてくるだろう。その子を人間として扱うのか、魔族として扱うのか、それとも新たな第三の種族として扱うのか。これについてもあらかじめ決めなければいけないな。どっちつかずになると、迫害の対象になったりする恐れがある。そういった将来の火種になりかねない要素は可能な限り取り除いていかなければ。その他にも――」



「――――ああ、もうたくさんだ。無理だ無理! 魔族と人間の共存なんて夢物語だ。この話は忘れろ、勇者よ」

 無理だ。そんなたくさんの問題をどうにかできる気がしない。絶対どこかでほころびが生じるに違いない。そんな面倒なことやってられるか!


「なに! 貴様! 俺たちを謀ったのか!」

 勇者は鞘から剣を引き抜いた。


「最初からそのつもりだったんだな、魔王め! やはり魔族は信用ならん! いくぞ皆、この邪悪をこの世界から取り除くんだ!」

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