六月八日「隕石」

 ――隕石が地球に落ちてくる。その知らせはすぐに地球全体に広まった。

 人々は最初、「大したものではないのだろう」と軽く流していつも通りの生活を送った。しかし、後になって『隕石は地球上の人類全体を死に至らしめるだけの威力を持つ』と判明するやいな人々の態度は一変。慌てふためき大パニック。家の庭に穴を掘る者や、地下にシェルターを作る者、スーパーは連日食料品を買い込む人々で大盛況だった。有識者が「地球のどこにいても命はない。もはや人類は宇宙に逃げるしかない」と言うと、セレブたちはこぞって宇宙船に大金をはたいた。そして富裕層は地球を脱出した。

 それを知ると残された人々は怒り狂い、セレブたちが残した住居を襲った。それは止まることを知らなかった。破壊衝動に目覚めた人々は「どうせ皆死んでしまうんだ」と理性を失い、街中の至るものを壊し盗み、悪行の限りを尽くした。彼らを止めるものはいなかった。 

 人々が暴徒と化すなか熱心な宗教者たちは、

「審判の刻が来たのです。もはや今生に救いはありません。ですが、主はすべてを見ておられます。彼は人間に与えられた最後の試練なのです。流されてはいけません。今こそ耐えるべき時なのです」

 と教えを広げた。彼らはこれが「最後の審判」なのだと。ここで悪事を働けば地獄に墜ちるのだと言った。これまで宗教を信じなかった人も、空に迫る隕石を見て藁にもすがる思いで入信した。


 そうした中、まだ諦めていない人々もいた。世界でも指折りの頭脳を持った科学者達がよって集まり、どうにかして隕石の衝突を避ける方法を考えた。彼らは何日ものあいだ夜通し話し合いを行い、そして遂に一つの方法に思い至った。彼らはすぐに実行に移した。

 世界中の人々は科学者達を見て笑った。

「もうどうすることもできない」「神の裁きを受けるべきだ」

 反応は様々だったが、皆今生を諦めていた。

 だが、科学者達は力を合わせて隕石を破壊することに成功した。粉々に砕け散った隕石の破片が地球上に降り注いだが、それは大した被害を及ぼさなかった。

 科学者達は手放しで喜んだ。「私たちが世界を救ったのだ」

 けれども周りの反応は違った。

「なんてことをしてくれたんだ。家も車も仕事も、全て壊し尽くしてしまった。これからどうすればいいというんだ」

「神の裁きを拒むとは、なんたること! あなたたちは地獄で永遠の責め苦を受けることでしょう」

 いわれなき批難の声が上がると、科学者達は激昂して彼らと言い争った。他の科学者達が論争を始めた中、ひとりの科学者が冷静に言った。

「わかりました。私がなんとかしてみましょう」

「なんだと。お前らに何が出来るというんだ」

「あなたたちの望みを叶えてさしあげましょう」

 その科学者はそう言って研究室にこもった。

「いったいどうしようと言うんだ」

 他の科学者が問い詰めると、彼は仲間に計画を語った。

「なるほどそれはいい」

 そして数日後。科学者達は暴徒と宗教家たちの前に出ると、彼らに一つのボタンを手渡した。

「このボタンは?」

「押せばあなたたちの願いが叶います」

 彼らは訝しんだが、やがてボタンを押した。

「……? 何も起こらないぞ」

「これで後は待つだけです。各国の核爆弾が世界各地に打ち込まれるのを」

「な、なんてことをしてくれたんだ!」

 彼らは血相を変えて科学者に詰めよった。

「今すぐに止めろ! 俺たちを殺す気か!」

「終末を迎えるのがあなたたちの願いなのでしょう? だからそれを叶えてあげたまでです。それでは、さようなら。良い終末を」

 そして科学者は、堅牢な核シェルターの中へ逃げ込んだ。

「おい、俺たちも中に入れろ!」

 シェルターの外からかすかに声が聞こえた。何重にも扉にロックをかけていくとやがてその声は聞こえなくなった。


 それから月日が経ち、宇宙に逃げたセレブたちが地球に降り立つと言った。

「いったいどういうことなんだ。隕石は落ちていないのに人がいないなんて! 一体全体なにがあったというんだ!」

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