偽蟹

 確かにやらかした。やらかしたが、幻覚を伴うほど自分が動揺しているとは思わなかった。

 今、目の前に存在しているそれは、明らかに極めて現実的でない、気味の悪い・・・生物?なのだ。

 しかも、日本酒を飲んでいる。瓶で。

「あれ俺が楽しみにしてた・・・」

 生物はこちらを見ずに。

「これおいしいね!!もう一本くれよ。」

 雑魚寝してテレビに向かっているので、きっとこちらの独り言に反応したわけではないだろう。片目こっち向いてるけど。どこ向いてんだろ。

「ああああああ、いくうううううう」

「は?」

 あの魚は突然立ち上がり、足の間から液体を噴射した。

 テレビは、消息を絶った。

「おい!お前何してんだよ!ふざけんなよ!」

「おっとすまないこの番組を見てたら、このメスに発情してしまって、この子が産卵した卵に俺の精子をかけたいと思ってな。」

 目と目の間をこちらに向けて早口にしゃべる(口は動いていない)魚にテレビを壊された。

「お前何なんだよほんとに・・・・」

 頭を抱え込んでしまった。いいことがあると同じくらい悪いことが起きるってこういう事なのだと痛感した。

「このくそ魚とりあえず俺のテレビ弁償しろよ。」

「魚?何を言っている。私は天使だぞ?」

 一瞬頭が動かなかった。魚だし。天使って言うし。

「鏡あるから見てこい。」

 水浸しになってしまった部屋を片付けていると。あの魚がやってきた。

「やっぱり、天使ってこんな見た目だと思うのだが?」

「ちょうど落ち着いたし、いろいろ聞かせてもらうからな。」

 まず、彼は気が付いたらここにいて、天国から吸い込まれていったらしい。

 そして、名前は思い出そうとすると頭痛がするそうで、思い出せなかったらしい。

「それだけ?」

「だって頭痛くなっちゃうんだもん。」

「腹立つなお前。」

「すんません。」

 急に声を低くされると、こいつのいる空間がホラー映画ワンシーンの様にも見えてくる。

「あ!俺、あいつ倒さなきゃいけないんですよ!ヒト!」

 ヒト?人を殺そうとしているのかこいつ。それとも虐殺か?いや待て、常識的に考えるんだ。

 目の前に広がる生物が明らかに常識が通用しない相手なのだ。諦めよう。

「でも俺ヒトって何なのか一切わからないんだよね」

 一先ず安心できる言葉を聞けた。

「な・・・なんで人を殺そうとするんだ?」

 汗が手をにじませている。

「え?そりゃあ神様に命じられたからっすよ。」

 神様・・・か。

「いいか、落ち着いて聞いてくれ、俺は、人間なんだ。ヒト、だ。」

 うおぉぉぉぉばかばかばか何やってる。何てこと口走ってる俺。

「へぇ。そうかい。」

 脚が震えてきた。息も荒い。

「じゃあ、倒さなきゃね。」

 腕に水のようなものを纏って、それは俺に一歩、歩み寄った。

「っまてまて、抗議させてくれ、お前のいう、神様に。」

「なんの抗議をするつもりだい?」

「な・・・なんで俺が殺されなきゃいけないのかってのを、だ。」

「うーん意味ないと思うけど。」

「試さないより試すほうが・・・いいと思うんだけど・・・」









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