少女に暗殺されそうになったので、返り討ちにして幸せにしてみた

齋歳うたかた

暗殺しにきた少女は、涙を流していた


「お願い、トウヤ……貴方を殺させて」


 薄暗い部屋の中。

 涙を溢れさせている少女が、抵抗する青年の喉元に触れる短剣に力を込めながら囁いた。


「フィオナ……なんで……っ!」


 トウヤと呼ばれた青年は壁に押さえつけられ、魔力で身体を強化した少女から逃れることができない。

 異世界転移して初めて、トウヤは死を覚悟した。世界を脅かす異界の王を相手にした時でさえ、強力な特典のおかげで死を感じたことがなかったのに。


「どうしてだ、教えてくれ!」

「……っ」


 トウヤが問いただしても返答はなく、その代わりに、少女の力が強くなるだけだった。

 久しく忘れていた死への恐怖。

 どうして、共に旅をして異界の王を倒した彼女に、それを思い出させられることになったのか。


 トウヤは、異世界転移する直前の記憶から探っていく。







 交通事故で死んだトウヤは、死後の世界で天使に出会った。

 そこで、二つの選択肢を提示される。


「一つは、元の世界で赤ん坊として生まれ変わること。もちろん前世の記憶は失います。もう一つは、別の世界にて生き返ること。残念ながら、元の世界に生き返ることは天使の掟でできませんが、あなたという存在そのものを転移させることができます」


 異世界転生というものに少し憧れを抱いていたトウヤは、後者を選ぼうとするが、天使がビシッと指を立てて、注意点を述べてくる。


「ただし、後者には条件があります!」

「条件?」

「生き返らせる代わりに、その世界を脅かす異界の王を倒すこと。それが条件です」

「異界の王? なんだよ、それ」

「実はですね、ごく稀に別の世界を侵略する者が現れるのです。その理を歪める者を異界の王と呼んでいますが、あなたのような人に特典を与えて、我々の代わりに討伐してもらっています。我々は掟により直接手を下してはなりませんから」


 天使の掟。さしずめ、人間の世界に下りて、天使の力を使うことを禁止されているのだろう。

 要するに、生き返らせてやるからパシリになれということか。そう受け止めたトウヤは、天使の気になった言葉を尋ねた。


「特典がもらえるのか?」

「ええ、どの特典が貰えるかはランダムですけど。いわゆるガチャですよ! ほら、最近の流行りでしょう?」


 天使はアプリゲームでもやっているのだろうか。


「大丈夫ですよ、どの特典も異界の王を倒せる強力なものばかりですから! つまり、確定ガチャです! 期間限定とか、レア確定とか、人間はそういうのに弱いでしょう? ちなみに、私は弱いです」

「いや、その情報いらないから」


 最初に会った時に感じた神々しさは何処へやら、いきなり人間臭くなった天使に対して、トウヤは呆れて何も言えない。


「どうですか、異界の王を倒してくれます?」

「……まぁ、強力な特典を貰えるのなら、生き返りの見返りにしては楽か」

「ええ! とびきりの特典を手に入れることができます!」









 特典を与えられて異世界転生をしたトウヤは、天使に言われた通りに、異界の王が率いる軍を相手に戦い、多くの戦場にて武勲を挙げる。


 その結果、大国の一つであるオーランドの国王から、勇者の称号が与えられることになった。


 すぐさま、三つの大国から一人ずつ、優秀な人材が派遣され、トウヤを中心とした勇者一行が形成される。トウヤとしては、特典のおかげで一人でも異界の王を倒せると考えていたが、三大国の厚意を無碍にはできず、他の者たちと共に戦うことに決めた。


「初めまして、勇者様。フィオナと申します」


 トウヤのために送られてきた者は三人。その内の一人がフィオナだった。

 金色に輝く、艶やかな髪は束ねられており、凛とした彼女の佇まいからはどこか上品さを感じられる。死後の世界で天使と出会ったことがあるトウヤでも、彼女を天使のような女性だと思った。


 しかし、そんな彼女の正体は、大国オーランドで一番の腕を持つ暗殺者。


 盗賊や人の形に近い魔物を相手にした時の彼女は凄まじく、トウヤが瞬きをする間に彼女が敵を全滅させていたということが度々あった。

 フィオナだけでなく、他の二人もトウヤが参戦する前に敵を倒すほどの実力を持っている。もはや自分などいなくても、異界の王を倒せるのではないかとトウヤは考えてしまうのだった。

 お互いに実力を認めて、時折ぶつかり合いながら。異界の王を倒す旅は長く、トウヤたち四人はその分、仲間としての絆が深くなった。


「トウヤは……異界の王を倒したら、その後は何をする?」


 旅では、街の宿に泊まることもあれば、野宿をすることもある。フィオナからトウヤへと見張りの交代をするタイミングで、毛布で身を包むフィオナが不意にトウヤに尋ねた。


「……まだ未定かな」


 焚き火が二人の前でばちばちと鳴る。

 異界の王を倒して、そこで人生が終わるわけじゃない。平和になった世界で何をするのか、フィオナの疑問は最もだとトウヤは思った。


「未定なの?」

「ああ。旅の最初の頃は、この世界について知りたいと思っていた。だけど、世界中を旅して、その欲求も満たされてしまった」

「そう……」

「フィオナは? 旅が終わったら、何かやりたいことでも?」

「私は……」


 フィオナは焚き火の先にある、自分の暗殺道具を見つめた。トウヤには、彼女の目がどこか冷えているように感じられた。


「暗殺者なんか辞めて、孤児院で働きたい」

「孤児院?」

「私ね、孤児院出身なの」


 初耳だった。旅仲間でも人の過去を易々とは聞けない。仲間三人とも過去に何かを抱えていそうで、トウヤは一度も尋ねたことはなかった。

 フィオナの口から、自らの過去が語られていく。


「子供の頃、孤児院を魔物が襲ってね。友達が殺されていくのを見た私は、怒り狂って魔物を殺した。その後、魔物の死体を見た人に、私には殺しの才能があるって言われて引き取られたの。その人がオーランドの大臣だった。大臣の命令を聞けば、孤児院にお金を送るって言われて。暗殺者になるための訓練をして、与えられた任務もこなして、気づけば国一番の人殺しになってた」


 最強の暗殺者であっても、彼女が残酷な人殺しというわけでない。トウヤは焚き火の光で照らされる彼女の横顔を見て、世話になった孤児院の幸せをただ願う少女である印象を抱いた。


「もしフィオナが孤児院で働くことになったら、俺も時々顔を出すよ」

「ありがと。でも多分だけど、トウヤは忙しくて孤児院に来れないと思う」

「俺が忙しい?」

「勇者を世界が放っておくわけがない。いろんな所から声がかかる。今の内に覚悟しておいた方がいい」

「勇者って……お前たち三人も勇者みたいなものだろ」

「ううん、トウヤの力は圧倒的」


 フィオナが自分の暗殺道具の横に置かれている、トウヤの剣へと目を向けた。


「あの剣、トウヤ以外が使うと普通の剣だけど、トウヤが持ったら勇者の剣になる。あの剣には私たち三人が束になっても勝てない」

「そう、かな」

「あらゆるものを斬り、使用者の傷さえ癒す。そんな能力に勝てる人は、この世界にいないわ」

「まぁ、そう、だよな」


 フィオナの言葉に歯切れ悪く返事をするトウヤ。

 違和感を感じたフィオナだが、今まで見張りをして一睡もしていなかったから、身体が限界を訴えてくるかのように睡魔が襲ってきた。


「もう寝るわ……後はよろしく」

「ああ、任せてくれ」


 欠伸をしながらフィオナがテントの中に入ったのを見て、トウヤは焚き火の前でぼそりと呟く。


「魔王を倒した後か……実は決めているんだよな」







 異界の王を倒した後に何が起きるか。

 トウヤは、人間たちの戦争が起きると予想していた。

 脅威が無くなり、国同士での領地の奪い合いが始まるだろう。もちろん、平和的な解決で終わればいいが、三大国だけでなく、様々な民族が土地の権利を主張するはずだ。この旅の途中で出会った民族の中には、三大国に不満を持つ者も少なくなかった。自らの権利のために武器を持つことも厭わないと訴える者もいた。

 平和的な解決で済むとは思えない。そして、その争いにトウヤは関わりたくなかった。異世界転生の特典は本当に強力で、トウヤが味方した陣営が必ず勝ってしまうからだ。自分の価値観一つで、世界地図の国境が変わってしまう。それが恐ろしくて、トウヤは自分がどうするべきかを考えた。


 そして、トウヤが出した結論は。





 

 異界の王を無事に倒し、盛大な歓声を受けながら、トウヤたち勇者一行はオーランドの首都に戻った。オーランド国王との謁見にて、トウヤは己の剣を見せる。勇者の剣とやらは真っ二つに折られていた。


「異界の王との戦闘で、剣は折れてしまいました。もうこの剣に力はなく、私は勇者ではありません」


 それは嘘だった。剣を折ったのはトウヤ本人だ。

 旅仲間の三人は敵の軍勢の足止めをしていて、トウヤと異界の王の戦闘を見ておらず、それが嘘であることを疑ってすらいない。

 勇者の力が自分には無いことを伝える。これが、トウヤの出した結論だった。これで、自分の力を利用しようと近づいてくる者はいなくなる。


 その後、異界の王を討伐した礼に何でも望みを叶えるとオーランド国王に言われ、トウヤが望んだのは、山奥での生活だった。


 世界を旅したトウヤは、しばらく落ち着いた生活をしたかった。この世界で見てない場所はたくさんあるが、数年は同じ場所で過ごしたいと旅の途中で思ったのだ。

 街中では勇者様と注目を浴びてしまい、落ち着くことができない。だから、トウヤは山奥で数年ひっそりと暮らそうと決めた。


 周りからの反対意見もあったが、トウヤの決意は揺るがなかった。幾ばくかのお金と、土地を貰い、トウヤは家を建ててそこに住んだ。


 そして、トウヤが隠遁生活を始めて一年ほど経った。


 フィオナ以外の旅仲間は時々、トウヤの家に訪れて一緒に食事をしたが、フィオナだけは訪れることがなかった。トウヤが聞いた旅仲間二人の話によれば、フィオナは暗殺者を辞めて、孤児院の経営をして忙しいらしい。


 フィオナの望みが叶ったようで、トウヤも自分のことのように嬉しく感じた。そして、孤児院に顔を出すと約束したのを思い出し、彼女に会いに行こうとトウヤが再会を楽しみにしていたら、フィオナの方からトウヤの家に訪れてきた。

 

 しかし、それは互いに望んだ再会ではなくて。


 トウヤが自分の部屋に入った瞬間、息を潜めていたフィオナに襲い掛かられたのだ。

 オーランドの最強の暗殺者にとって、気づかれず侵入することは赤子の手を捻るようなもの。しかし、トウヤを仕留めきれなかったのは、知り合いで手を緩めてしまったからなのか。それとも、フィオナに一撃に反応したトウヤが見事だったのか。

 トウヤは襲ってきた者がフィオナだと気づくと、驚きのあまり力を弱めてしまい、壁へと押し付けられてしまう。


「お願い、トウヤ……貴方を殺させて」


 フィオナが涙を零しながら懇願する。


「フィオナ……なんで……っ!」


 どうして彼女が自分を殺そうとするのか。全く意味の分からない状況で、トウヤは理由を問うが、彼女は涙を流すだけで何も答えない。トウヤに分かるのは、彼女が本気で自分を殺そうとしていることだ。


「どうしてだ、教えてくれ!」

「……っ」

「黙ってたら何も分からないだろ!」


 トウヤは抵抗しながら、この状況を変えられないか、部屋の中にある物を見る。

 あるのは、ベッドと机ぐらいだ。机の上には、筆記用具が散らばっている。


「暗殺者はやめたんじゃなかったのか!?」

「……やめたつもりだった」


 遂にフィオナが口を開いた。トウヤの追求の言葉に心が耐えられなかったのだろうか、フィオナが声を震わせながら答える。しかし、彼女が手を緩める気配は一切ない。


「じゃあなんで!」

「孤児院の皆を人質に取られたの……皆を助けてほしかったら、貴方を殺せって大臣が……」

「大臣だと!? なんで俺を!」

「隣国がクーデターで共和国になってしまったからよ」

「何の話だ。俺の暗殺に関係ないだろ!」

「そのクーデターの主犯は、市民に人気のある人だった。そして、貴方も勇者として市民から人気のある」

「俺がこの国でクーデターを起こすかもって? そんなわけあるか!」

「貴方がそう言っても、大臣たちは信じない。貴方が異界の王を倒した後、オーランドに協力せずに隠遁生活をするのは、この国のことを嫌っているからって考えているわ」

「っ!」


 まさか自分の隠遁生活がそういう風に解釈されるとは。そんなことを思いもしていなかったトウヤは、どんな言葉を言ってもフィオナが納得してくれないことを直感的に理解した。


「ごめんなさい、トウヤ……貴方のことは大事だけど、私は今まで孤児院の皆のために戦ってきた。もう引き返すことはできないの……!」


 悲痛で顔を歪ませ、まるで懺悔をするかのようにフィオナは言葉を紡ぐ。

 その様子を見ればトウヤにも分かる。彼女だってこの状況を望んでいないことを。


「っ、泣いて謝るぐらいなら、暗殺するなっての!」

「貴方を殺して……私も死ぬわ……」


 トウヤへの罪悪感に心を押しつぶされ、フィオナが悩みに悩んで出した結論。

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、トウヤは目の色を変えた。


「くそったれがぁ!」


 トウヤが渾身の力を振り絞り、フィオナの短剣を喉元から横にずらす。短剣はそのまま壁にグサリとささった。フィオナは冷静にトウヤの腹を、膝で思い切り蹴り上げる。


「ぐあっ!?」


 まともに食らったトウヤは短剣を掴む力を緩めてしまう。その隙を逃さないフィオナが、壁から短剣を引き抜き、そのまま一直線にトウヤの喉へと刺そうとした。

 トウヤは左腕を犠牲にして、その一撃を防ぐ。短剣が左腕に突き刺さり、痛みで声を上げそうになるが、フィオナへと蹴りを繰り出した。

 フィオナは腕から短剣を引き抜き、身を翻してトウヤの蹴りを避けた。密着していた二人の間に、やっと距離ができる。


「無駄な抵抗はやめて。勇者の剣を失った貴方では私に勝てない。どんなことをしても、最後に私が貴方を殺すだけよ」


 トウヤの逃げ道を塞ぐように扉の前で、フィオナは短剣を構えた。対して、トウヤはフィオナから目を逸らさず、机の近くへと移動する。


「フィオナ……」

「安心して、トウヤ。私もすぐに貴方のところに行くから」

「ふざけるな。別にお前に暗殺されるのはいい。でも、お前が死ぬことだけは絶対に嫌だ。仲間が死ぬことを俺が許さないのは、一緒に旅をしたお前なら知っているだろ」

「うん、知ってる……でも、もうどうしようもないの。さよなら、優しい勇者様……」


 涙が頬から落ちた瞬間、フィオナはトウヤへと駆けた。


「だから、お前たちも勇者だって言ってるだろっ!!」


 心から叫んだトウヤが机の上に置かれている定規を手にして、同じく駆ける。

 二人の距離は一瞬で縮まり、短剣と定規がぶつかり合った。

 そして


「なっ!?」


 フィオナの短剣が折れた。

 この世の理を覆すかのような出来事で呆気にとられたフィオナは、隙を突かれてベッドへと背負い投げされる。

 ベッドが衝撃を吸収して痛みをほとんど感じなかったフィオナの頭上に、トウヤが凶器で脅すかのように定規を突きつけた。


「どう、して……」

「悪いな、今まで騙していて。俺の能力は、勇者の剣を扱えることじゃない」

「え?」

「本当は、手に持ったあらゆるものに、奇跡の力を付与する能力なんだよ」

「奇跡の力を、付与?」

「例えば、傷を癒す奇跡や、どんなものも斬り裂く奇跡とか。俺が手にしている時しか発揮しない能力だけど。ほら、お前らが勇者の剣と思っていたものを俺しか使えなかったのは、これが理由」


 トウヤが異世界転生で手に入れた特典は、勇者の剣ではなく、手にしたあらゆるものを最強の武器にするというものだった。つまり、道端に落ちている木の枝でさえ、トウヤが拾えば世界最強の武器になるということ。

 今回の場合、トウヤは定規にあらゆるものを斬り裂く力を付与し、フィオナの短剣を折ったのだ。


「なによ、それ……最初から私に勝ち目が無いじゃない」

「いや、武器を持ってなかったら、俺は一般人と変わらない。本当に死ぬと思ったよ」


 異世界転生をしてから初めて感じた、死への恐怖。共に異界の王を倒した仲間にそれを感じさせられるとトウヤは思いもしてなかった。未だに定規を握る手が震えてしまっている。

 定規を突きつけられているフィオナは、ベッドに腰掛けるように体勢を変える。


「それで、裏切り者の私はどうする気? その勇者の定規で頭をかち割られるのかしら。もっとマシな死に方をしたかったわ」


 暗殺者である自分の死に方はまともじゃないと思っていたが、あまりにも予想外の死に方で、フィオナは自重気味に笑ってしまった。


「孤児院の皆をお願いしてもいい? 自分勝手なのは分かってるけど」


 暗殺をしようとした分際でこんなことを願うのは間違っていると分かっていても、フィオナは願わずにいられなかった。最期の願いをトウヤなら聞き入れてくれると信じて。

 そして、それを聞いたトウヤの反応は。


「はい? 何で死んだ気になっているの?」

「え?」

「え?」


 二人の間に微妙な空気が流れる。

 トウヤが定規を突きつけるのをやめた。


「私を殺さないの?」

「フィオナってさ、実は馬鹿だよな」

「な、なんでよ」

「仲間が死ぬのは許さないって俺は何度も言ってるだろ。俺がお前を殺すわけがない」


 フィオナは呆れて言葉を失った。

 トウヤが甘いからだ。仲間が死ぬのは許さない。それはつまりーー


「まだ……私のことを仲間だと?」

「当たり前だろ」

「どうして! 私は貴方を本気で殺そうとしたのよ! 貴方に殺されても、私は文句を言えない! なのにっ、なんでこんなっ! 私は殺そうとしたのに、貴方は殺そうとしないなんて……!」


 涙が溢れてきて、止めたくても止められないフィオナは肩を震わせながら蹲る。脆く崩れてしまいそうな彼女を見て、トウヤは思わず抱きしめた。


「っ……!」

「ごめんな……俺が自分勝手に振る舞ったせいで、お前を苦しめてしまって」

「なんで……貴方の方が謝るのよぉ……! ……ごめん、なさい…………ごめんね、トウヤ……!」


 何度も謝るフィオナの頭を、トウヤは優しく撫でた。


「うぅ……」


 フィオナがトウヤの腕の中で一頻り泣き、少し落ち着いた所で、トウヤは優しく声を掛ける。


「ほら、立って。孤児院の皆を助けに行くぞ」

「はい……!」


 














 その後、フィオナを脅した大臣はトウヤの活躍によって投獄され、フィオナは遂に自由の身となる。


 それから数年後。

 孤児院の厨房にて、かつて大国一の暗殺者だった女性が鼻唄を口ずさみながら、皿を洗っていた。孤児院の子供達が食べ終わった皿を、慣れた手つきで綺麗にしていく。


「ねぇねぇ、フィオナお姉ちゃん!」


 そんな彼女の元に、子供達が元気よく近づく。


「どうしました?」


 フィオナは手を休めることなく、子供たちの方を向いた。

 子供たちは無邪気に笑いながら、ある物をフィオナに見せた。


「これって何〜?」


 男の子がフィオナに見せたのは、かつて定規で折られた短剣が入った鞘だった。今では使うことなどないが、長年使ってきた相棒を捨てることができず、フィオナは大切に保管していたのだ。

 子供の好奇心とは恐ろしや、フィオナの自室を探索して見つけたのだろう。簡単には見つからない場所に保管していたのに。


「もう……勝手に人の自室を探索するのはダメですよ」

「ごめんなさい……」

「でも、これは何!」


 一度疑問に思ったことは解決しないと気が済まないのか、子供たちが再び聞いてくる。

 暗殺で使った短剣だと言うわけにもいかず、フィオナが困っていると、子供達の後に厨房に入ってきた男が助け舟を出した。


「それは、フィオナが昔使っていた短剣だよ」

「トウヤお兄ちゃん!」


 その男は、大臣を倒した後から孤児院を経営するフィオナの手伝いをしてきたトウヤだった。


「むかしって?」

「前にも話した、世界を救った時のことだよ」


 短剣は暗殺だけでなく、異界の王を倒す旅でも使っていた。

 そうか、そう言うべきだったのか。暗殺をしていたことを子供たちにバレずにすんで、フィオナは胸を撫で下ろした。

 隠遁生活をやめたトウヤはフィオナと一緒に孤児院に住み、子供達の面倒を見ている。異界の王を倒した旅の話などをして喜ばせ、子供達から人気がある。自分が無愛想であることを自覚しているフィオナは、そのトウヤの人当たりの良さに助けられてきた。


「ほら、危ないから渡して」

「はい」

「じゃあじゃあ、あれも? あれも昔使ってたの?」

「あれって?」


 短剣をトウヤに渡した男の子とは別の子が、トウヤに問いかける。

 あれとは一体何のことか。トウヤが聞き返したら、その子は元気よく、こう言い放った。


「フィオナお姉ちゃんが大切にしまっている、あのスケスケな衣装!」


 ずるりとフィオナの手から皿が滑った。

 皿が落ちる前になんとかキャッチしたが、フィオナの顔が紅く染まる。

 そのスケスケな衣装とやらに心当たりがあったからだ。

 短剣よりも人目につかないはずの場所にしまっていた物。

 フィオナが最近購入した、ベビードールだった。


「あの服も昔使っていたの〜?」

「ま、まぁ、そうだな……」


 それはトウヤにも覚えがある物であり、誤魔化すために適当に返事をする。しかし、その言葉に、短剣を渡した男の子が反応した。


「え、でも、一昨日の夜、フィオナお姉ちゃんがあの服を着て、トウヤお兄ちゃんの部屋に入っていくのを見た!」


 今度は皿を落とした。

 皿は欠けてしまい、使い物にならなくなってしまったが、そんなことを気にする余裕がフィオナには無い。あの時のことを子供たちに見られていた。その恥ずかしさで、フィオナは死にそうになっている。


 あの時、そう、トウヤとそういう行為に及んだ時のことを。 


 大臣を倒してから、フィオナは共に孤児院で過ごす内に、トウヤへの想いを募らせていった。しかし、トウヤの方は、フィオナを大切な仲間と強く認識していたため、そういった対象として見ることがなかった。

 暗殺しようとした後ろめたさがあり、仲間以上の関係を望めなかったフィオナだが、日に日にトウヤへの想いは強くなっていた。


『トウヤ、私ね……貴方のことが好きなの……』


 いつまでもそんな状況が続き、耐えきれなくなったフィオナがトウヤに告白をするという形で、二人は結ばれたのだった。

 それから、子供たちの前ではなかなか恋人として振る舞うことができず、いつも子供たちが寝た夜遅くに二人は互いの部屋で逢瀬を楽しんでいた。

 当然、時間帯的にそういった行為をすることもある。一昨日もそれが目的で、フィオナがトウヤの部屋に訪れたのだが、まさか見られているとは思いもしていなかった。


「それは、多分あれだ。夢を見てたんだよ……」


 苦し紛れにトウヤがそう言った。


「うーん、そうかなぁ?」


 目撃した子供が首を傾げると、今まで黙っていた三人目の男の子が口を開いた。


「そういえば、トウヤお兄ちゃんに聞きたいことがあった!」

「俺に聞きたいこと?」

「この前ね、トウヤお兄ちゃんの部屋を探索したんだけど」

「お前ら、勝手に人の部屋を漁るなって……」

「机の引き出しの奥にしまってあった指輪は何?」


 フィオナが、欠けた皿を素手で真っ二つに割った。



 その後、子供たちに暴露されて、いろいろな準備をしていたにも関わらず、トウヤはその場でフィオナにプロポーズをすることになる。



 世界を救った男と大国一の暗殺者だった女が経営する孤児院は、今日も平和だった。

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少女に暗殺されそうになったので、返り討ちにして幸せにしてみた 齋歳うたかた @Utaka-Saitoshi

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