第22話 女王陛下は不安だけど大人になります

女王陛下の後を追いかけて一緒に女王陛下のプライベートルームまで来たセシル。


 女王陛下はそのままプライベートルームにあるソファーに腰を降ろすとそのまま手招きしてセシルを呼んできた。


 セシルはそのまま女王陛下の近くまで行く。


「座っていいわよ」


「ありがとうございます」


 お礼を言ってから女王陛下から見て正面にあるソファーに座るセシル。


 すると、少し不機嫌になった。


 どうやら座る場所を間違えたらしい。



 今から場所を変えて座り直す事を考えるが、それはそれで何か馴れ馴れしいと言うか失礼な気しかしなかった。


 幾ら女王陛下が自分の事を好きだと知っても、二人の関係がそれで変わったわけではない。あくまでセシルは女王陛下の使用人――執事であって恋人でもなければ結婚候補として名があがっている人物ではない。


 なのでここは使用人として礼儀がある行動を心掛ける。



「何でそこなのよ?」


「えっと……遥の顔が見たいからかな」


 突然の質問にセシルは最もらしい事を言ってみる。

 本当は隣に座りたいけど好きな人を見ていたい気持ちも本当なので嘘はついていない。


「……なら、そこにいていい」


 どうやら女王陛下は納得したらしい。

 とは言っても手がモジモジとさっきから動いているのだが、これには気づいていない振りをする。これを言うと、怒りそうだったから。


「それでね、セシルに相談があるんだけどいい?」


「うん」


 今は二人きり。

 それに女王陛下はセシルと二人の時は堅苦しいのを嫌う傾向があるので、大事な仕事の話しではない時は昔みたいにこれからは関わっていくことにした。女王陛下もそれを望まれれているから。


「これはまだ先の話しになると思う。だけど今の内に話しておきたいと思ったの」


 女王陛下は一度胸に手をあてゆっくりと深呼吸をする。


 セシルはそんな女王陛下を見て緊張しているんだなと思いながら見る。


「もしセシルの迷惑じゃなかったら、まずは私の結婚候補の一人になって欲しいの!」


 真剣な眼差しでセシルを見つめてくる女王陛下。

 その声もとても真剣な物で冗談とかではない事はすぐにわかった。


「私の結婚候補じゃ嫌かな……?」


 だけど、最後は少し自信なさそうに呟く女王陛下。

 心配そうにセシルを見つめる瞳がまた何とも可愛い。

 セシルの心臓の鼓動が強くなる。



 ――結婚候補?



 そんなのなれるなら今すぐになりたい!



 だけどそれが簡単な話しではない事は事実。

 今は女王陛下を慕ってくれている有力貴族もセシル名がそのような候補にあがれば手のひらを返す可能性が高い。それだけ女王陛下の結婚候補になるには大変なのだ。孤児院で育った者がいきなり将来国王になるかもと言われてそれを素直に受け入れてくれる者は少ないだろう。なぜなら叶うならばと多くの者が女王陛下の婿になる事を望んでいるのだから。それは国内にとどまらず他国にまで影響を与える程に。



「……いいの? 俺なんかで?」


「うん。セシルと結婚するのが私の小さい頃からの夢だから。そこに大きな障害があるのも知っているつもり。だから今はまだ先の話し。だからちょっとずつ二人でそうなれるように頑張っていきたいんだけどどうかな?」



 どうやらセシルだけでなく女王陛下も正しく世間の目を認知しているように見える。

 だからセシルは素直な気持ちで答える事にした。



「わかった」


「ありがとう。……はぁ、安心した」



 ボソッと聞こえた声にセシルが反応する。


「どうしたの?」


「いや……だってアスナ綺麗だったから。私もしっかりとこの気持ちと向き合っていかなないとセシルがアスナと結婚しちゃうかもって思って」


「遥は昔から心配症だね。確か俺が栄養失調で倒れていた時も遥が助けてくれたってフレデリカからは聞いている」


「当たり前! セシルは私にとってとても大切な存在なの。だからセシルを幸せにしたり、助けたりするのも私の役目なの。その代わりセシルは私の側にいてくれるだけでもいいわ」


「そっかぁ。でも今は遥の使用人だからちゃんと仕事はするよ。きっとそこに二人の未来があると思うから」


「うん!」


 元気よく満面の笑みで返事をする女王陛下。

 本気で心の底からそれを望んでいるようにも見えた。


 本当は今すぐにでも『好き』だと伝えたいセシル。

 だけど今は我慢する。

 それを言ってしまえばセシルだけでなく女王陛下も二人の未来に対して何処か甘えてしまい実現が難しくなるかもしれないと思ったから。



 それはそれとしてちょっと面白そうなのでたまにはからかってみる事にする。


「それにしてもアスナ様は遥と違って素直だったよね」


 その言葉に女王陛下が唇を尖らせて、涙目になる。

 やっぱり可愛い。

 見てて心が癒される。


「……ぅ、うぅ……、だって……ぐすっ」


 しまった……。

 つい冗談半分で言ってみたがまさか泣き出すとは。


「待って、待って、待って、俺が悪かったから……泣き止んでください、遥様!」


 慌てて止めに入るセシル。

 昔の感覚で少し冗談を言ってみたが、今と昔では乙女心の感じ方は違うらしい。

 どちらかと言うと、今はとても繊細な感じがした。例えるならばとても壊れやすいガラス細工のように。


「……だってぇ」


「さっきのは嘘です」


「私頑張って……恥ずかしかったけど……頑張って想い伝えたのに……」


「何でも言う事聞きますから」


 このまま女の子を泣かせた状態で一日の仕事を終えるのは罪悪感しかなかった。

 なのでセシルは全力でそれを止める。

 この際多少の無茶難題でも答える覚悟で。


「本当に?」


「はい」


「なら我慢する……」


 そう言って、鼻をグズグズさせながら、何とかあと一歩の所で踏みとどまってくれた女王陛下とそれを見て心の中で安堵するセシル。




 しばらくすると、いつもの女王陛下に戻る。




「なら私甘えたい。だからまずは隣に来て?」


「わかった」




 セシルは一度立ち上がって女王陛下の隣に行き、座り直す。


 結局のところ、これでは最初から何処に座っても同じ結果だったのかもしれない。


 相手の気持ちがわかっているからこそ、今まで以上にセシルは緊張してしまった。




 移動して隣に座るとすぐに女王陛下が身体を倒して膝の上に乗ってくる。


 本当に甘えん坊さんで可愛い。




「やっぱりセシルにこうしていると、心が落ち着くのよね~」


 そう言って安心してくれているのか、目を閉じる。


 そんな女王陛下を見てセシルは優しく頭を撫でてあげる。


 本当にこんな綺麗で可愛い人が俺の事を好き? と疑ってしまう程にセシルの心臓はドキドキしている。実は後で夢でした、とか誰かに言われた方がいっその後気持ち的には楽になるぐらいに。


「ん? なんかセシル今日熱くない?」


「そうかな?」


「うん、膝の上が……あっ! もしかして緊張しているの?」


「……そ、そんな事ありませんよ?」


「へぇ~つまり私には興味がないと言ってるだけか。あぁ~そんな事言われたら私他の人を好きになっちゃうかも。残念だな~」


 チラチラとこちらを見ながら言ってる女王陛下。


 冗談だとわかっているのに、少し……いやかなりショックを受けたセシル。


 頭の中で想像をしてしまったのだ。


 そのまま珍しく顔にも出てしまっていたのか、女王陛下がこちらに顔を向けて指で顔をツンツンしてくる。


「あぁ~可愛い。それでどうなの? なんで身体が熱いの?」


「緊張しているからだよ。だって……」


「だって?」


「遥の気持ちが知れてとても嬉しかったから……です」


「うふふ。そっかぁ、まぁ顔が赤くなっているあたり本当なんだね」


 実に楽しそうに笑う、女王陛下。




「それでね、セシルに一つ聞いてもいい?」


「うん」


「私がいらないって言うまで私の側にいるってのは本当なの?」


「はい」


「そっかぁ、なら良かった」


 セシルは今もこうして生きていられるのはあの日命を救ってくれた女王陛下がいるからだ。もし女王陛下がいなかったらセシルはあの日栄養失調で死んでいた。だからこそ、助けて貰った時に心に誓った。



――この命尽きるまで貴女の為に使うと



「なら私決めた。セシルがそう言うなら……ちょっと……ううん、かなり心は複雑だけどアスナとの結婚も真剣に考えてあげて」


「え?」


 女王陛下の言葉にセシルは思わず驚いてしまった。

 まさか、曖昧な時間稼ぎがバレたのかと思った。


「アスナも私と同じで本気……だと思う。別にこの国では男性は何人の女性と結婚してもいい。だから真面目に考えてあげない。私の交友関係とかはなしにして。でないとアスナが可哀相」


 この時、女王陛下は気付いていた。


 どんなに揺さぶりをかけてもアスナの心はぶれなかった事に。


 だからどんなにセシルが上手く誤魔化し続けて曖昧な形で終わらせようとしてくれても本人はきっと諦めないと思う。

 何より同じ女として本気で好きなんだなと思わずにはいられなかった。


 だったらもう自分が何を言っても無駄だと観念して、後はセシルの本当の想いを直接言ってもらうしかないと考えたのだ。


 だけどずっと側にいたセシルの心が僅かにだけど、揺れている気がしなくもないと感じていた。


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