第21話 ちょっとだけ素直


 アリスだけではないさっきの会話の内容を聞かれたと判断したのか女王陛下とアスナも中に入って来たアリスをじっと見つめて動かない。


 セシルがこの場をどうやって乗り切るかを考えていると、まず女王陛下が口を開く。


「アリス、今の事は黙ってなさい。絶対に他言してはダメよ?」


 その言葉にアリスの止まった時間が動き始める。


「あ、はい。かしこまりました、女王陛下」


「それでどうしたの?」


「はい、女王陛下これを」


 そう言ってアリスはメイド服の中から一枚の手紙を女王陛下に渡す。


 手紙の封はハートマークのシールで止められている。


「誰から?」


「カルロス家当主様からです」


「セシル?」


「はい」


「今すぐこのゴミを燃やして跡形もなく消しなさい」


 中身を見る事すらなく『捨てる』を飛び越えて『燃やせ』と言い、セシルに向かって手紙を投げてくる女王陛下。


 カルロスと言う単語に反応してか顔に疲れが見える。


 とは言っても、そのまま捨てると後で何か問題になっても困るのでセシルはそのまま女王陛下の後ろで手紙の封を切り中身を確認する。


「わかりました。一応中身は私が見て確認しておきます」


 封を切ると一枚の手紙が中に入っていた。


 セシルは手紙の内容を一度読み一人納得してから持っていたジッポライターで手紙を燃やす。


 手紙には『バカ息子が勝手な事をしてしまった事と今度そのお詫びをする機会を設けて欲しい』的なことが書かれていたがセシルは黙っておく事にする。そして早速カルロス家に対する返事を書く事にする。


「アリス、ちょっといいかな?」


「はい」


 そう言ってアリスを近くに呼び、カルロス家へ手紙を代筆で書いてもらうようにお願いする。

 セシルがアリスの耳元でアリスだけに聞こえる小声で指示する。


「かしこまりました。ではその内容で私が対応しておきます」


「うん。お願いね」


「では私はこれで失礼いたします」


 アリスは女王陛下とアスナにしっかりと一度頭を下げてから部屋を出ていく。


「何をお願いしたの?」


「お手紙のお返事です。流石に手紙を無視するのは王家として問題があるかと思いまして」


 女王陛下は念を押すようにしてセシルに言う。


「そう、私絶対にアイツとは結婚しないからね?」


「わかっております」


 セシルが頷くと、いつもの可愛い笑顔に戻ってくれた。


「ごめんなさいね。大事な話し途中に」


「いえ、それより一つ聞いても良いですか?」


「えぇ」


「今夜試しにセシルと一晩二人きりで夜を共にしたいと言ったらどうしますか?」



 その言葉に女王陛下の目が大きくなる。


 わかりやすいな。


 じゃなくて、いきなりこの人は何を言っているのだろうか。


 セシルと一晩を共にしたい?


 待て待て、進展が速すぎないか?


 きっと丁寧に断ってくれると期待を込めて女王陛下を見ると、セシルに信じられないぐらい素敵な笑みを向けてくれた。


 あー、素敵だ!


 ただしその裏に見える殺気がなければの話しだが……。



「だそうよ、セシル。今夜はアスナと寝たい?」


 声のトーンがいつもより高いせいか背筋がゾクッとしてしまった。


「……お気持ちは嬉しいですが、今夜は一人で寝たいと思っています」


 いやいや。

 内心イライラしているのはわかってますから殺気をチラチラ見せないで……。


「いいの? こんなに素敵な人からのお誘いをお断りして? 私が男だったら一晩一緒に寝てるわよ?」


 駄目だ……とセシルは直感で気づく。

 あくまでセシルの意思でアスナには興味がないと言えと女王陛下の目が言っている。

 一見優しそうな笑みだが、目だけ笑っていない……。


 ――神様助けて。


 女王陛下の願いを叶えればアスナの心を傷つけてしまうかもしれない。

 かと言ってアスナの願いを叶えれば女王陛下の心を傷つけてしまうかもしれない。


 ――正に、究極の選択。


 女王陛下を取るかアスナを取るか。

 主従を優先すれば女王陛下なのだが……。


「セシルは私とじゃ嫌なの?」


 不安そうにこちらを見つめてアスナが言ってきた。


「…………」


 二人の言葉と視線の間でセシルの心が揺れ動く。


 アリスがここにいればアリスを盾にしてこの場を逃げれた。


 さっきアリスを部屋から出してしまったのは軽率な判断だったと後悔する。


 完全に困ったセシル。


 何か良い打開策はないだろうかと頭の中で試行錯誤をしていると、アリスの表情が変わる。


「お二人共冗談ですよ。本当に遥様はセシルの事が好きなんですね。クスッ」


 と楽しそうに笑い始めるアスナ。


 そして。


「私初めにちゃんと言いましたよ、「今夜試しにセシルと一晩二人きりで夜を共にしたいと言ったらどうしますか?」と。それにセシルはやっぱり優しいのね。こうして話すようになったのは昨日が初めてだと言うのに私の気持ちまでしっかりと考えてくれるなんて」


 え? 話すようになったのは昨日が初めて?


 アスナは昔からセシルと言う使用人を知っていた?


 セシルはその言葉に疑問を抱いた。


 もしかしたらセシルはアスナの事を殆ど何も知らないがアスナはセシルの事を知っているのではないだろうか。そんな気がした。今すぐ確かめる方法はない。だが、仲良くなって色々な事を知りたいとは思った。


 それに昨日は先代女王陛下ともお話ししたこともあると言っていた。


 この時、セシルの心はアスナに興味を示し始めていた。


 そしてそれを見抜いたようにしてアスナが言う。


「ここまで揺さぶったら勘が良いセシルなら少しは私に興味を持ってくれたかしらね。うふふっ」


 口元を手で隠して楽しそうに笑うアスナ。


「まだ時間はあるし、私は私のペースでセシルの心をいつか掴んで見せるわ。と言う事で今日は帰りますね。遥様、セシルではまたお会いできるのを楽しみにしております」


 アスナは椅子から立ち上がると、深く綺麗な礼をしてから部屋を出ていく。


「セシル? 付き人の使用人がいる所までアスナを送ってあげなさい」


「かしこまりました」


 セシルが返事をしたと同時に扉を閉めようとしていたアスナが顔だけを出して言う。


「一人で大丈夫ですのでご心配には及びません。では失礼いたします」


 そう言って扉を閉めて、一人で帰っていくアスナ。




「……ごめんなさい」


 すると鼻をすすりながら、急に謝ってくる女王陛下。


 それは先程の無茶ぶりに対する謝罪なのか?


「……ごめんなさい。セシルをどうしても取られたくなかったの……だからアスナの前でイライラしちゃって気付いたら私だけを見てもらえるように酷い事言ってた」


 スカートの裾を掴み、シクシク泣き始める女王陛下。


 そんな女王陛下の頭を優しく撫でて安心させてあげる、セシル。


「大丈夫ですよ。私は遥様の執事ですから」


 そして勇気を出して聞いてみる。


「私の事を異性として好きなのですか?」


 これであれは嘘だと言われたらセシルはしばらく立ち直れない自信がある。


 でも今なら――教えてくれる気がした。


 自分がただの使用人として見られているのか、それとも使用人は使用人でもそれとは別に異性としても見られているのか。


 そう思うと、セシルの柔らかい笑顔とは裏腹に心臓は大暴れしていた。


「大好きだよ。ずっと前から大好きだったの……でも大好きだからこそ、この気持ちがね……セシルにバレるのが死ぬほど恥ずかしくて中々素直になれなかったの……やっぱり私なんかの想いは迷惑だよね?」


 とても心配そうな顔して、不安そうに紡ぐ――エリー・アイリス。


 よく見れば身体が小刻みに震えている。


 それはまるで小動物のように。


 セシルは片膝を床に付けて、目線の高さを合わせて言う。


「そんなわけないじゃないですか。私はエリー・アイリス女王陛下の執事ですよ」


「そうだね……」


「だから、もう泣き止んでください」


 セシルは持っていたハンカチでこぼれ落ちる涙を優しく拭いてあげる。


「だって……不安なんだもん」


 すぐ近くにいたセシルですら聞こえるか聞こえないかの声で女王陛下。


「なら今夜はアイリスが寝るまで近くにいてあげるから甘えておいで」


 その言葉に頬のニヤニヤが止まらない様子の女王陛下。

 視線をキョロキョロさせて、大きく動揺する。


「うぅ~………ぅ…………」


 唇を尖らせて、ジッ―とセシルの目だけを見てくる。

 そして綺麗な瞳の奥深くでは。

 恥ずかしい気持ちと素直な気持ちがぶつかり合っているかのようだった。


「ありがとう。なら今日はセシルの腕の中であま……」


 その時、女王陛下が首を大きく横に何度も振り始めた。


 一体どうしたんだ?


 と思いながらもセシルは黙ってその光景を見守る。


「ふん! 誰が甘えてあげるもんですか! べぇ~だ」


 舌を出して、断られたセシル。

 だけど顔だけは素直なのかニヤニヤしている。

 どうやら女王陛下の心の中では恥ずかしさが最後の最後で勝ってしまったようだ。


「ちょっと何してるのよ?」


「私がいなくてももう強がれる程には大丈夫そうでしたので遥様を見送ってからここのお片付けを……」


「ばかぁ、ばかぁ、ばかぁ! そんなのは後! 後よ! いいから早く私の部屋に行くわよ」


 部屋を出て行こうとする女王陛下の背中を見送っていると、急にそんな事を言われてしまった。


「申し訳ございません。すぐに」 


 セシルは返事をしてすぐに一人先に歩いて部屋に向かう女王陛下を追いかけた。


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