第20話 アスナの想い
レナード王城――夜。
王城にある女王陛下がお客様専用として使われる一室。
そこには女王陛下、先程到着したアスナ、セシルの三人がいる。
女王陛下とアスナはセシルが用意した晩餐を味わいながら食べていた。
「本日ご用意した前菜、鴨のロティ、苺のショートケーキ、ミルクパイ、コーヒーはお口に合いましたでしょうか?」
「えぇ、美味しかったわ」
「私もよ。それにしてもセシルって料理もできるの?」
二人の満足した顔を見て安心するセシル。
「はい。とは言っても全て見よう見まねですが、このレベルで良ければ大抵の物は作れます」
驚いたように、目を大きくするアスナ。
上級使用人は基本的にある程度の事は一人で出来るようにしておかなければならない。
急な来客や主の願いに対して完璧に答える為にも。
「いや……このレベルって……正直そこら辺の一流シェフが作る料理以上だったわよ」
「当然よ。私に仕えているのよ、これくらい出来て当たり前よ」
想像以上だと絶賛してくれるアスナに対して女王陛下はいつもの事だと言わんばかりに平然とした態度で言う。
セシルはアスナに一礼する。
「ありがとうございます」
そう言って空になったマグカップに二人分のコーヒーを注いでいく。
実際は予定されていないと言うか聞いていなかった来訪にセシルはアスナが何を出せば喜んでくれるかを急いで考えて材料の下準備から全部をバタバタ終わらせていた。その為内心は口に合うかとても不安だったわけだが、どうやら杞憂に終わったらしい。そのまま胸の中でホッと安心する。
「それでどうしたの? 昨日帰り際にアリスに今日も来るって言ったみたいだけど」
「えぇ、そうでしたね。何を差し出せばセシルとの結婚を前向きに考えてくれますか」
マグカップを持っていた手が止まる女王陛下。
そしてチラッと冷たい視線を向けられたセシル。
セシルがアスナを見れば真剣な表情で女王陛下を見ている。
てか今の冷たい視線は一体……。
主をよく見ると決めたばかりではあったが、最初からわからない事ばかりになっていた。とりあえずセシルは何も気付いていない振りをして微笑んでおく。
「何となく予想はしていたけど、その話しだったのね。前向きも何も私の使用人――王家専属使用人を当たり前に持っていこうとしないで」
「恋は理屈ではありません」
「ならハッキリと言うわ。昨日あれからずっと考えたんだけど、アスナの恋は恐らく一時的な物よ」
「と、言いますと?」
「吊り橋効果って知っているかしら。危険を共にした異性が恐怖や不安を共に経験する事でそれを恋と勘違いする事よ。アスナの恋はそれに近い所から発生した物。つまりいずれ冷めるわ。だから結婚は辞めなさい」
女王陛下は冷静に状況を伝えていく。
それに対してセシルの心は複雑になっていた。するかしないかは別として、せっかく結婚の話しが訪れたのに、それはまやかしの恋で生まれたと言う女王陛下。まるで甘く可憐な期待(夢)を打ち砕くように容赦ない現実を突きつけられた気分になったのだ。男だったらやっぱり異性にモテたいと思うのは当然だろう。それが健全な年頃の男の性なのだから。せめて最後は自分の意思でするかしないかを決めたかったのだが……。
「そうでもありませんわ。私は将来どんな時も私を護ってくれる、そんな人と結婚がしたいと小さい頃から思っていました。勿論他にも相手に望むことはありますが、それが大前提でした。そんなときです。恥ずかしながら初めての経験に涙を我慢する事が出来ないあの状況下でセシルは私達を助けてくれた。その時に思ったのです。この人となら将来を共にしても良いかも知れないと、初めてそう思える人と出会えたんです。だから退けません!」
目に見えない火花が女王陛下とアスナの間でバチバチと音を鳴らしてぶつかり合う。
――そして。
二人の視線の矛先がセシルに変わる。
「「セシルはどうしたいの!?」」
その一言にセシルは微笑みを崩しかけるが、ギリギリの所で踏みとどまる。
正直今はわからない。
時間をかけてお互いの事を知っていけば、女王陛下からアスナに恋心が移るかもしれないし、そのまま二人を同時に好きになるかもしれない、レナード国ではそれは許されると言うか当たり前でもある。むしろ多くの女性を同時に愛せて生涯幸せにできる男は器が大きく良いとも言われている。そんな事は生まれた時から頭ではわかっていたのだが、いざそう言われるととても困るのだ。男が少なく女が多い国だからこその考え方である。ただここ最近王族は代々一夫一妻を貫き通すと夜の営みのいざこざを予め考えたような歴史を作っているのもまた事実。
そこに女王陛下とアスナの今後の友好関係の事までを考えると非常に困ってしまった。
『頼むから寿命が縮まることばかり投げないで遥!』
心の声を殺し、一生懸命考える。
何て言えば正解なのか。
忘れてはいけない。
あくまでセシルは使用人。そこに本当の自由がないことも全部の選択権がないことも昔からわかっていた。だからこそ、私情は捨てるべきだとわかっている……なのにどうして素直にそれが出来ないのだろうか。
「それは……」
セシルが困っているとアスナが口を開く。
「私は諦めたくありません。例えある程度の妥協をしても私は私自身の心に素直になりたいと考えています。完璧は求めたい、だけど完璧を求めてはダメ。そこにお互いの幸せはないと私は思います。私ではダメですか?」
セシルの心が揺れ動く。
自分もこの人のようにもっと自分の心に素直になりたいと。
故に尊敬し憧れた。
だから答える事にした。
「ダメではありません。ただ私はアスナ様の事を知りません。ですからまずはアスナ様の事を知りたいと思います。正直お返事はかなり後になるかもしれません。それでも良ければとは思います」
「セシル? セシルはそれでいいの?」
女王陛下の綺麗な瞳が少し濁る。
「はい」
「わかった。ならいいわ。二人がそれでいいなら私はもう止めない。好きにしていいわ」
「「ありがとうございます」」
セシルとアスナがお礼を言う。
「念の為にアスナ様にこれだけは言っておきます。私は女王陛下からいらないと言われ見捨てられるまでは女王陛下のお側にずっといるつもりです。それが私の執事としての務めですから。例え女王陛下が誰かと結婚されようとそれは変わりません」
「いいの?」
女王陛下の瞳が純粋で綺麗な瞳へと戻っていく。
「はい」
セシルはアスナを見習って自分の心に素直になる事にした。
後先を考えない今の自分の心に。
だって好きだから。
もしアスナと結婚するとなった時はこの気持ちも全部話すつもりだ。
俺は好きになった人を絶対に幸せにする。これがセシルの今の答えである。
「えぇ、勿論それでいいわ。だって私が好きになったセシルはその真っ直ぐな姿勢と相手の気持ちをしっかりと考えてくれるセシル。もしこの場で私だけを今選んでいたら結婚の話しはなしにしていたわ」
「えっ?」
驚くセシル。
「なるほど。昨日とさっきのまでは本当にセシルが自分の結婚相手に相応しいか試していたのね?」
「はい」
「通りで二日連続で会いたいなんて可笑しいと思ったわ。ならハッキリと私も言うわ。昨日セシルには言ったけど、セシルが本気で私だけを愛してくれるなら私はセシルと結婚をしてもいいと考えているわ」
その言葉にアスナの顔つきが真剣な物になる。
セシルはてっきり昨日はその場の勢いと言うか、使用人を辞めてアスナの元に行くのを女王陛下が恐れて言ってきたのかと思っていたがどうやら違ったみたいだ。
声のトーンからして何処か本気な気がする。
「やはり、お好きなのですね?」
「そうよ」
「わかりました。でもセシルは私ともいずれ結婚して頂きます」
「なんでそうなるのよ。王族は近年一夫一妻を貫いているわ」
「ちょっとお二人共落ちついて……何でもありません。どうぞ、続けてください」
ヒートアップする二人をセシルが止めようとすると熱くなっているせいか二人から「今は黙ってて!」という視線を向けられてしまった。
このままでは悩みが増えてしまいそうだったが…………。
今のセシルには黙って見守ることしかできない。
セシルは思わず額に手を当て、首を横に振る。
「それはセシルが決める事ではありませんか? まさかレナード国の女王陛下自らが国の制度に文句があると?」
「そ、それは……」
これは珍しい。
あの女王陛下が口で負けている。
「私がセシルの心を掴み結婚する事になれば女王陛下としても良いことではありませんか? 世間の目が私達にはあります。ですが女王陛下と私の二人を妻とすれば世間の目も少しは変わるのではないでしょうか?」
その時、アスナと目が合った。
なるほど。
貴族にしかわからない悩みを共有するのもまた一つの有効な手なのかもしれない。
え?
てか何で俺が二人と結婚する前提で話しが進んでいるのだろうか……。
「それは否定しない。わかったわよ、私も正直世間の目を気にして今まで自分の気持ちを隠して来たり頑固になっていた事はある。だけど今後は妥協することも少しは考えるわ。確かに世間の目があるのも事実。だけどまだ考えるだけ。それでいいかしら?」
「はい、女王陛下ありがとうございます」
――ガチャ
「貴女も遥って呼んでいいわ。ただしまだ皆には私がセシルを好きだってことは黙っておいて」
「わかりました、遥様」
……あの女王陛下が折れた?
これは何かのフラグなのか? と思える二人の進展振りにセシルは嫌な予感がした。
てか、本気で俺の事が好きだったのか。
なんだろう……とても嬉しくて嬉しくて嬉しいはずなのに。
この先の苦難が一気に増えたと思うと素直に喜べなかった。
だって考えて見て欲しい。
世の中こんな美しい二人の女性からほぼ同時に好きだと言われ将来結婚して欲しい的な事を言われたのだ。
何も起きないわけがないのだ。
「……しまった」
だって今タイミングよく扉を開けて入ってきたアリスですら時が止まったかのように硬直して口がポカーンと開いて塞がらなくなるぐらいなのだから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます