第17話 報告


 自室に戻ったセシルは寝る準備を全て終わらせて、今はベッドの上で仰向けになってボッーと天井を眺めている。


 女王陛下が最後に言ってくれた言葉の意味を考えていたのだ。


 冗談じゃない――確かにそう言った。


 本当にそうなのだろうか?


 もし本当だとしたら、セシルは一体どうしたらいいのだろうか?


 そんな疑問が頭の中を駆け巡り、中々寝付けずにいた。


「セシル――××××××…………××××××」


 今思い出しても何故あのタイミングだったのだろうか。


 まるでアスナの言葉と想いに対抗というわけではないだろうがそうにも見える。


 表情にこそ出さないが女王陛下が少なからず影響を受けたとしか思えなかった。


 今までよくよく考えて見ればそのような素振りを幾度となく見てきた。


 だけど確証が一度も得られなかった。


 だからきっと勘違いだろうと今までは思っていた。


 今までは立場を気にして常に一歩身を引いていたが、今日のあの瞬間だけは昔のセシルと女王陛下に戻った、そんな感じがした。


 白井遥――その名前はセシルが昔あげた本のヒロインの名前。


 ずっと偶然かと思っていたが、よくよく思い出して見ればそれが本名ではない。何故その名前を今でも偽名とは言え、本名のように大切に扱ってくれているのだろうか。


 そう考えた時に、答えはずっと前からそこにあったのではないか。


 そんな事を考えてしまう自分がいた。


 あの時は突然変わった日常に頭がついていけず、言われた事を素直に受け入れるだけで精一杯だった為に全ての記憶があやふやになっていた。


 その為何の違和感も感じなかったが、今思えば違和感しかなかった。 


 何故か大切な名前であるエリー・アイリスという名もあの日忘れてしまったぐらいにあの時は頭の中がどうかしていたと思う。


「色々と考えてみても、これと言った答えは出てこない……」


 ――ふぁぁ~


「疲れたし、今日は寝るか……」


 そう言ってセシルは布団を被り、静かに目を閉じる。



 ――翌日。

 午前六時三十分セシルは起床する。


 使用人――執事の朝は早い。


 寝間着から使用人が使う燕尾服に着替え、朝の準備を素早くする。

 とは言っても今日はアリスが女王陛下のお世話をする日となっている。


 セシルが朝早くから向かったのはフレデリカの書斎である。


 昨日の事を報告しなければならないからだ。


 王城の中にある長い廊下を歩きながら、すれ違った下級使用人と中級使用人の皆に笑顔で挨拶をしていく。


「おはようございます、セシル様」


「うん、おはよう」


 このようなやり取りを何度も繰り返し、ようやくフレデリカの書斎に到着した。


 早速部屋の扉をノックしようとした――その時。


「入れ」


 と中から声が聞こえてきた。


 え?


 えーーーーーーーーーーーーーー!?


 俺まだ何もしてないけど……!?


 フレデリカはとうとう人間を捨て、超能力者や未来視ができる生物へと進化したのかと思うぐらいに凄いことをしてきた。


 扉を一枚挟んでノックすらまだだと言うのに人の気配だけで色々と察する事ができるみたいだ。初めて知ったが、今はこんな人と同じ立場だと思うと朝からため息しかでなかった。


「……はい。セシルです、失礼します」


 一言入れてから、扉を開け中に入る。


 書斎の椅子に腰を降ろして、早くも仕事中のフレデリカの前に行く。


「どうした? ちなみに昨日の一件ならもう全部知っているが、それとは別件か?」


 ……なんで知ってるの?


 俺まだ何も言ってないのに……やっぱり超能力者?


「いや……その事でご報告と一つ相談があって参りました」


 セシルがそう言うと、持っていたペンを置いてフレデリカが言う。


「どうした?」


「今回の一件誠に申し訳ございませんでした。全ては私の油断が招いた結果です」


「だろうな」


 フレデリカは否定する事もなく、ただ頷く。


 どうやら本当に全てを知っているのかもしれない。


「ですから、今後ももう少しの間で構いません、女王陛下にどうかご自由を。最近皆には内緒で城下にも息抜きの為に行かれております」


「…………」


 フレデリカは真剣な目つきでセシルの顔を見る。


「私の失態で女王陛下にご迷惑をおかけする事はできません。ですから……」


 セシルの言葉を途中で遮るようにしてフレデリカが口を開く。


「別に構わん。私もセバスチャンも大抵の事はリアルタイムで知っている。昨日もセシルと一緒なら問題ないと判断した。だから私もセバスチャンも何も言わなかった。まぁ少し予想は外れたが最後は私達が裏から手を回せば世間に知られる事がない状態にセシルがしてくれた。だったらそれで良いではないか」


「……そう言ってもらえると嬉しいです」


「セシルはまだ王家専属の使用人になったばかりだ。だったら初めから完璧を求めるな。今は私とセバスチャンがいる、違うか?」


「違いません」


 ――事実その通りである。


 この二人と比べるとセシルはまだ知らない事が多いひよっこと変わらない。


「それに女王陛下は女王陛下で色々と必死なのだろう。なんたってまだ若すぎるからな。だったらそのチラホラと見え隠れする不安も取り除いてやるのが私達の役目だ。何より城下を直接自分の目で見て現状を知るこれも立派な仕事だろう。先代もそう言ってたしな」


「ですね」


「そうだ。だが私は一つ気に食わない事がある」


「えっ?」


「それはセシルお前の優柔不断さだ! いつも言っているだろう男ならビシッとしろと。別に私は良いと思うぞ、アスナ様と今すぐに結婚しても? 昨日女王陛下が夜私の所に来て昨日の一件を全部話してくれた。何があったのかもな。そこで「アスナにいい顔してセシルのバカ!」と嘆いていたぞ。男なら女の一人や二人とさっさと結婚してみせろ!」


 ――本当はセシルを責めないで、と言う事でフレデリカは事情を聞いていた。


 のだが、最後の最後で女王陛下の口から不満が少しだけ漏れてしまったのだ。


 それとはもう一つ別のお願いもあった。


 無事に帰ってこられたのならとフレデリカとしても別に責めるつもりはなかったので、素直に了承した。


 何よりそれで女王陛下とセシルの距離が縮まり、とこれはこれで将来的にいい方向に進んでいると考えていた。


 女王陛下の心の安定は間違いなくセシルだ。


 だが、そこに突然恋のライバルが登場。


 それも一歩身を退いてくれる者。


 逆を言えば退く変わりに絶対に逃がさないとも捉えられるが。


 どちらにしろ、これ以上の収穫は正直ない。


 いつも実の息子の様に時に厳しく、時に甘やかしていたセシルがそれで幸せになってくれるのだったら血は繋がっていなくても、セシルの将来の幸せを願うのは当然だろう。


「と、いうわけで今日はこの私が久しぶりにセシルに稽古をつけてやろう」


「あっ、いや、ご遠慮しておきます」


「なに遠慮するな」


 遠慮しかないんだが……。


 しかも今の話しの流れで何故そうなったのだ?


 結婚の話しから急に戦いの話しに。


 きっと今後を考えての事なのだろうが、正直朝から稽古はキツイので嫌。


「実は最近身体が訛っていてな。たまには動かしたいんだよ」


 それが本音か!


 つまりある程度の事は黙認するから、私の為にも少し働けと。


 叶うならば勘弁して欲しい。


 最近疲れが身体から中々抜けないので困っているのだ。


 だがフレデリカから見たら下っ端使用人の一人にしか過ぎないセシルに当然拒否権はないに等しい。


 だったらせめて、命の確保だけでもするとしよう。


「……手加減してくれますよね?」


「うん? 必要なのか?」


 フレデリカが「えっ?」と驚いた表情でセシルを見る。


 マジで手加減なしとか、俺死にますから!


 貴女に何度全身の骨を砕かれたと思っているのですか!


 少なくと両手の指では数え切れないほどです!


 それも全部素手でですよ!


 と心の中で大声で叫んでから。


「お願いします。流石に大怪我はしたくありませんから」


「……わかった、わかったからそんな困った顔をするな。大怪我はしないようにしてあげるから」


「はい、ありがとうございます」


 するろ、急に表情と声のトーンが変わる。


「では今から庭に行きましょうか、セシル」


 その笑みがとても怖かった。


 椅子から立ち上がり、手を握りそう言ってきたフレデリカ。


 そのままセシルの返事を待たずして、二人は王城にある庭に向かって歩いて行く。


 途中逃げようと何度か試してみたが、腕を掴むフレデリカの力が強く失敗に終わった。




「よし、着いたな」


「……えぇ、そうですね」



 やる気満々のフレデリカに対して何処か気乗りしないセシル。


 理由は明白。


 気付けば二人の周りに城内の廊下を歩いて庭に移動している時に、すれ違った使用人の何人かが野次馬としていることだ。


 そして何故かそこにセバスチャンと女王陛下とアリスが違和感なく紛れ込んでいることもある。


「セシルー頑張って!!!」


「セシル様ーファイトです!」


 女王陛下とアリスはスポーツ観戦となにかと勘違いしているのか、名前を呼んで応援をしてくれているのだがこれはあくまで修行であり、エキシビションマッチではない。


「おぉー流石だな。モテモテじゃないか! なんならこれを通してアリスの心も奪えるといいなぁ! あははは!!!!!!!!」


 この状況を楽しんでいるように、そう言ってくるフレデリカ。


 言い方はあれだが、ここまでくると何か裏があるとしか思えなかった。


 そもそもなぜこんなことになったのだろうか……。


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