第16話 徐々に縮まる距離
王城に戻り私はそのままアリスと一緒に応接室でアリスの使用人を待っていた。
今までアリスとはそこまでお話しをすることはなかったが、セシルが私とアリスを馬車で王城まで送る前に言った言葉が気になったからだ。
セシルとアリスを二人きりにしてはいけない。
そう思った。
「ねぇ、セシル? 一つお願いがあるんだけどいいかしら?」
「はい」
「もし良かったら私の執事にならない? 待遇は今以上に良くするわ」
私は思わず飲んでいた紅茶をテーブルに置きセシルを二度見てしまった。
ここは落ち着いた態度を取らないといけないはずなのに、心の中で何処か焦り不安に思ってしまう自分がいたからだ。
「申し訳ございませんが、私は女王陛下の使用人です。嬉しいお誘いではありますが今回は辞退させて頂きます」
セシルは私を見てニコッと微笑んでくれた。
良かった……セシルが何処にも行かなくて。
「そう、なら仕方がないわね。ところで好きな人はいるのかしら?」
「残念ながら」
「だったら私と結婚しませんか? ほんの少しで構わないの。気が向いた時だけでいいから私に構ってくれるだけでもいいわ。すぐにとは言わない。だけど前向きに考えて欲しいの。それに私は他の女性とは結婚をしないでとも言わないわ」
少し顎を引き、純粋な瞳でアリスはセシルに上目遣いを使う。
セシルは相変わらず笑顔のままだ。
だけど何故だろう……少し戸惑っているように見えるのは。
「……セシル?」
セシルは一瞬私の目を見てニコッと笑みを向けてくれる。
「わかりました。前向きに検討させていただきます。ただすぐに答えを出すのはやはり無理です。私にも私の使命があります。それを無視してまで将来の事を考える事は出来ません。私が悩んでいる間に好きな方が出来た時はその方とどうかご結婚をされてください」
「わかりました。でも私貴方以上に優しくて頼りになる人を知らないから」
すると応接室の扉がノックされ、扉が開く。
「失礼致します。表にアスナ様をお迎えになられた馬車が到着致しました」
「では今日はこれで失礼致します。女王陛下、セシル本当に今日は私を助けて頂きありがとうございました。それと女王陛下……私が言えた事ではありませんが、もう少し素直になられてはと思います。そんなにも一途な使用人がいるのですから。少し……いえかなり羨ましいですわ。私は世間の目よりもこの立場すら捨てて平凡な民となってもセシルとだったら将来苦楽を共にしても良いかなと思っております。それに先代女王陛下は私にこう言われました。娘はきっと新しい道を自分で切り開くわと。ですから独り占めはダメですよ。では失礼致します」
そのままアリスはアスナと一緒に表に待機しているアスナの使用人の所まで案内する。
「昔お母様が言っていた私と年が近い伯爵家の令嬢ってアスナの事だったんだ……」
セシルはチラッと女王陛下を見て、すぐに視線を今は誰もいない扉の方へと移した。
女王陛下がポツリと呟いてボッーとしている間、セシルはさっきアスナが言っていた結婚の話しについて少し考えていた。
さっきは咄嗟の事に断る事が出来なかった。
アスナは黙っていたが、アスナの身なりやあの時あった使用人の身なりから上流貴族の一人だと考えていた。上流貴族と言う事は少なくとも女王陛下と今後関わりが密接になる可能性がある。
今はなくても今後の事を考えると無下にすることはできなかった。
自分の言葉一つで今後の女王陛下の友好関係に傷を付けるわけにはいかない。
とりあえず今は時間稼ぎをして、相手の気持ちが冷めるのを待つのが得策かと思っていたがちょっと失敗したかなと思った。
てっきり吊り橋効果に似た何かで一時の迷いが生んだ恋心なのだろうと思っていたが、最後のアスナの表情を見る限りどうも違う気がしたのだ。
……失敗したかも。
「ところでセシル?」
「はい」
「結婚するの?」
あっ……少し怒ってる……。
声のトーンがいつもより少し低い……困った。
「まぁいずれは…………」
「私より他の女を選ぶの?」
待て……その質問はダメだろう。
仮にYESを選んだら、女王陛下に対してあまりにも失礼だ。
セシルはあくまで今こそ王家専属の使用人だが貴族でも何でもない。
元を辿れば、ただの孤児。
そんな身の丈を知らない発言は許されない。
いや……本音と建て前で……そりゃ……叶うならしたいけどさ……。
仮にNOを選んだら、女王陛下には興味がないと断言しているわけでそれはそれで大変失礼なわけで。
それにそんな事を言えば、機嫌が一気に悪くなる気しかしない。
アリスかフレデリカに助けを求めても、恐らく二人共嫌な顔をするに決まっている。
どうする……どっちが正解なんだ……あぁーーーーわからない!!!!!!!!!!!
「……もしそうだとしたら、アリス様の結婚のお話しに対して即答で『はい』と言っております。これでも女王陛下の将来を最優先に考えております。私がこのお話しをこの場でお断りすれば今後お二人の関係に支障をきたすかもしれません。使用人である私の判断一つで女王陛下の交友関係に傷を付けること等許されませんから」
どうだ?
咄嗟に出てきた、謳い文句ではあるが……。
女王陛下が「う~ん」と言って考え始める。
チラチラとこちらに向けられる視線にドキドキしてしまう。
ドキドキと言っても……いつもとは違い心臓に悪い方だが。
「……そっかぁ。私が……セシルの未来を奪っていたのね」
あれ……?
いつもと反応が違う気がする。
指摘したら、きっと「そう?」って言うんだろう。
仕方がない、今日はちょっとだけ本心に素直になろう。
「遥のせいじゃないよ。だからそんな顔しないで」
好きな人の落ち込んだ顔なんて見たくない。
だけどやっぱり恥ずかしかったので、顔が赤くなってしまった。
女王陛下は少しびっくりしたような顔をしていたが、笑みを向けてくれた。
「うん、わかった。それにしても突然どうしたの?」
「えっ?」
「いつも私から一歩距離を取る癖に、急にタメ語なんて?」
目を覗き込むようにして、こちらを純粋な瞳で見てくる。
「だって……」
「だって?」
何かを期待しているかのように、立ち上がって顔を近づけてくる。
その純粋な瞳にはセシルの戸惑う顔だけがしっかりと映っている。
「……遥には笑顔でいて欲しいから。それに……その方が遥可愛いから!」
言った瞬間に後悔した。
何を後悔したって、鏡を見なくても顔を真っ赤にしてしまったことだ。
これではお世辞ではなく、本気で言っているみたいではないか。
いや事実そうなんだけど本人に直接言う必要はないだろ。
しかも緊張してか、いつもより声が大きくなった。
「…………ッ!!」
女王陛下の顔もセシルに負けないぐらい真っ赤になる。
「……うぅ~、ありがとう」
とても恥ずかしいそうに手をモジモジして、緩んだ口元でそう言う。
「これからも、二人の時はそれでいてね?」
「うん」
「何か昔に戻ったみたい」
女王陛下はそう言ってセシルに抱きついてくる。
倒れそうになるが、しっかりと女王陛下の身体を受け止める。
とてもいい匂いがする。
密着している事から、身体の熱が伝わってくる――。
「目、瞑って?」
それはどうゆう意味なのだろうか?
そのまま淡い期待を込めて、目を瞑る。
「セシル――××××××…………××××××」
耳元で囁くようにそう言って女王陛下が離れる。
てっきりキスしてくれるのかと思ったが残念。
でもそれ以上に嬉しいことを言ってくれた。
「今日は私疲れたから寝るね」
「あっ、うん、お休み遥」
「お休みセシル。後さっきの冗談――じゃないから」
女王陛下が応接室から出ていく。
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