第15話 エリー・アイリスの心情
私達を誘拐した男二人は小窓から御者の男を見てからかっている。
その為か私達には目すら向けていない。
私は隣で怯える少女に小さな声で話しかける。
「きっと、大丈夫よ。貴女名前は?」
「ぐすっ、ぐすっ、……アリスです」
――アリス?
「きっと大丈夫よ」
私はアリスの手を握る。
そうでもしないと恐怖で心が折れてしまいそうだった。
ここにはセシルはいない。かと言って助けを呼ぶ事すら出来ない。
そう思うと、少しでもこの現状から目を背けてしまいたかった。
「私達は助かるのですか?」
「………………」
私はアリスの言葉に対して何て言っていいかわからなかった。
何処かで見覚えのある顔だなと思っていたアリスは上流階級の一人で長くて明るいブラウン色の髪は艶やかでとても綺麗。年は私より一つ年上。美しく整った顔立ちが印象的だった。ずっと会ってなかったけど綺麗な女性へと成長している。
「ぐすっ、ぐすっ、ぐすっ」
アリスは一人泣いている。
私も本当だったら泣きたい。
でも女王陛下としてこんな所で泣くわけにはいかない。
祈るようにして心の中でセシルの名前を何度も何度も呼ぶ。
「よし、ならアイツの為に女を俺達が良い状態にしておいてやるか!?」
「おっ、それは名案だな!」
そう言ってさっきまで小窓の外から見える御者をからかっていた男二人が私達の方に視線を向けてニヤリと笑う。
その純粋な笑みの中に見える男の欲望を垣間見た時、とうとう私も我慢できなくなってしまった。
この人達は本気で私達で楽しむつもりなんだと、そう感じた。
そこに私達の意思は関係なく、一人の女として会って間もなく、よく知らない男を喜ばす為だけの玩具になるのだと知る。
私の目から零れる涙。
それを見て二人の男は更に喜んだのか私達のか細い腕を掴み自分達の方に引き寄せる。
「キャァァ!?」
「や、やめてください」
「へへ、優しくしてやるから安心しな」
「ならまずは…………」
その時、私達を助けるようにして御者の男が叫ぶ。
「馬鹿野郎! そんな事してる暇があったら早く拳銃を使え! 何度も言ってるだろ! 化け物がこっちに向かって来てるんだよ!」
違う。
本当に何かに慌てたように声を震わせて叫んでいた。
「だから、安心しろって。ちょっと楽しむだけ……」
「じゃねぇ! だったら一回後ろを確認してからしろ!」
二人の男は私達を乱暴に投げ捨てるようにして、馬車の壁に叩き付けてカーテンを開けて後ろを確認する。
「……おい」
「……マジかよ」
二人の男は私の顔をチラッと見て舌打ちをする。
一体何のことかがわからない。
「おい! もっと速度を上げろ!」
「もう無理だ! これ以上は馬車が壊れる。お前達で何とかしろ!」
「チッ! おいやるぞ!」
そう言って一人の男は怯えて泣く私達に銃を向けて言う。
「大人しくしてろ。暴れたら撃つ。わかったか!?」
私とアリスはコクりと黙って何度も頷いた。
もう一人の男は馬車の扉から身を乗り出して、持っていた銃で何かを撃ち始めた。
――バンッ!
――バンッ!
――バンッ!
何度も聞こえる発砲音。
そして馬車は急な方向転換ともう何がどうなっているかがわからない。
「……嘘だろ、こうなったら目に物見せてやるぜ」
男は銃では無理だと判断したらしく、馬車の中に置いて合ったマシンガンを手に持ち、今度はそれを連射する。
――ガガガガッ!!!!
さっきとは比べ物にならない銃弾が後方にいる何かに向かって飛んでいく。
だけどそれでも当たらないのか、マシンガンを撃つ男の表情が青ざめていく。
徐々に聞こえてくるエンジン音。
私はその音を聞いた瞬間、もしや!? と期待した。
「アイツじゃなくて、あのバイクを狙え!」
「やってるよ! でも当たらないんだよ……アイツこのご時世にノーヘルの癖して何処を狙っても視線を逸らさず近づいてくるんだよ」
今もマシンガンを撃ちながら男は弱々しい声で呟く。
まるでさっきまでの威勢が嘘のようだった。
「お嬢様! ご無事ですか!?」
その声を聞いた瞬間、私は大声で叫んだ。
「女王陛下として命令よ! 私とアリスを助けて、セシル!」
「Yes my Queen!」
その言葉を聞いた瞬間、安堵してしまった。
どうしてもう安堵してしまったのかわからない。だけどセシルなら絶対に何とかしてくれると思うと、心が落ち着きを取り戻し始めた。
そして男達は私を見て、ようやく私の正体に気付いたらしい。
「……まさか女王だと」
「……ならアイツ王族の執事か」
次の瞬間、馬車の後方に何かが激突する。
かと思った瞬間、馬車の上に何かが落ちてきたように振動が響き、馬車が止まる。
「ギャアアァァァァァ!?」
御者の男の悲鳴が聞こえてくる。
二人の男は急いで馬車から降りて銃を屋根の上にいるセシルに向けるが、すぐに無力化される。
銃口に刺さった二本のナイフ。
尻もちをつき、逃げ出そうとした二人の男の前まで大きくジャンプをして姿を見せるセシル。
そこからは一方的だった。
素手で二人の男をボコボコにして、立つことすらまともにできないようにしていた。
本気で怒っている、そんな気しかしなかった。
私を支配していた恐怖より、セシルの怒りが怖くて、涙を止めることができなかった。
いつも優しいセシルでも本気で怒る事あるんだなと思ってしまった。
そのまま三人の男を完全に無力化したセシルがこちらに近づいてくる。
本気で怒られると思った。
カルロスの時と言い今回と言い何も成長していない。
そう思うと、悔しくて悔しくて我慢しても涙が沢山出てきた。
「大丈夫ですか? 女王陛下」
セシルは馬車の中で泣く私の涙を持っていたハンカチで拭きながら優しい声と笑顔でそう言う。
「……うん」
「なら良かったです。申し訳ございません、私が付いていながら」
「ううん。私こそごめんなさい。怒らないの?」
「何を言いますか。全ては私の力不足で起きた事。そんなにご自分を責めないでください。セバスチャンとフレデリカにも今回の件は私から説明致します。ですから、これからも女王陛下は女王陛下でいてください」
「わかった」
確かこの方はマリア家のご令嬢――アリス様。
「では私が御者をしましょう。アリス様もご無事で何よりです」
セシルは私の隣で状況を理解しようとするアリスに笑顔でそう言う。
誰に対しても平等で優しいセシル。
そんなセシルが私は好きで仕方がない。
「ありがとうございます。私まで護って頂き心より感謝しております」
「いえ。それより自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。私は王家で使用人をしておりますセシルと申します。何かあればアリス様の使用人の方と合流するまでの間は私に何なりとお申し付けください」
「ありがとうございます」
「ではまずは王城に私達と一緒に来てください。そこからアリス様の使用人の方に迎えに来てもらいますので」
「わかりました。セシル様どうかよろしくお願いします」
「セシルで構いませんよ、アリス様」
「わかりました」
アリスの頬が微かに赤みを帯びる。
その時、私は嫌な予感がした。
アリスの瞳には笑顔が良く似合うセシルの表情がしっかりと映っていたのだが、瞳孔がしっかりと開いている事に気付いたからだ。
だけど、勘違いかもしれない。
だから何も言わなかったし、何も気が付いてない振りをした。
だけど違った。
帰り道、セシルが御者をし、私とアリスが馬車の中でお話しをしていると、アリスが突然告白をしてきたのだ。
「女王陛下、お願いがございます」
「なに?」
「セシルを……いえ、セシル様を私にくださいませんか?」
それは使用人としてでの意味ではない事にはすぐに気付いた。
アリスは間違いなくセシルに好意を抱いている。
「もし嫌なら二番目でも構いません」
――え? それはどういう意味なの?
セシルは私だけの執事なのよ……。
なんで他の子といる事が前提なのよ……。
「考えておくわ」
私はそう答えることしかできなかった。
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