第6話 使用人として


「あはは! そうか、そうか、セシルは余裕なのか!」


 ――翌日。

 想像通り女王陛下のプライベートルームに上級使用人の三人――セバスチャン、フレデリカ、セシルが招集された。


 そしてこの三日間特に準備をしてないと言うか出来なかった事をフレデリカに言うと高笑いされたのだ。


 セバスチャンは今、城内の入り口で王子達が来るのを待っているのでここにはいない。


 笑われたセシルは苦笑いをしている。


「まさか本当に何もしないとはな。余程自信があるのだろうな!」


「あるわけないじゃないですか」


「そんなに自分を小さく見せなくてもいいんだぞ? 私もセシルには期待しているからな!」


 悪意があるのかないのかよくわからない笑みのフレデリカ。


 まるで他人事と言わんばかりにこの状況を楽しみ、セシルにプレッシャーをかけて楽しんでいるように見えなくもない。


 今日は向こうの王子が力技で女王陛下を連れさる可能性も万に一つとしてあるかも知れないので最強の布陣である。

 セシルが戦闘中でもセバスチャンとフレデリカが女王陛下の護衛にいるのであればこれ以上の安心感はないので、セシルが二人に決闘が終わるまで護衛をお願いをしたのだ。


 二人はすぐに了承し、女王陛下もそうして欲しいとのことだったので、昨日の夜は事が上手く進んでいるとつい思っていたが、まさかそれがこんなことになるとは正直思いもしなかった。


「それにしてもセシルは強いのにいつも弱気だな。本当に昔から変わらん奴だ」


「事実ですから……」


「何を言う。この私をセシル以上に追い込む者等この城内にはセバスチャンしかおらんのだぞ? もっと誇れ! あはは~」


 今更だがフレデリカはセバスチャンと正面から戦かえる実力を持っている。


 女だからと言って油断していると、ボコボコにされるのが関の山で。


 本気のセシルでも稽古では一回も勝てた事はない。


 それに少し前から城内に侵入していた者だが。

 昨日の深夜三時過ぎ城内を見回り中のフレデリカが偶然侵入者を発見。

 侵入者はその後すぐに全力で逃げたがすぐに捕まった。そして今は地下にある牢屋に入れ、アリスが情報を吐かせているらしい。ただしこれを知るのは使用人でも一部の者のみ。良い緊張感が使用人達の中にあるので今日のセシルの決闘終わりまでそのままにしておく。その後王子達が帰ってからフレデリカから直接使用人全員にこの事実を伝え警戒態勢を解く方向で朝方決定した。


 まぁ木から木へと忍者のように飛び移り逃げる相手を簡単に捕まえ、ボコボコにしたフレデリカ、そしてそれ以上に強いセバスチャンと上級使用人になるまでの期間毎日稽古していたらそりゃ自信もなくなってしまうのだ。


 楽しそうに笑うフレデリカと困った顔のセシルを女王陛下はクスクスと笑いながら見ている。


 フレデリカの笑い声を聞いて、心に余裕ができたのかもしれない。


 その間も、セシルをからかうフレデリカ。


「ほら、女王陛下の前だぞ。もっとビシッとしろ、男らしく。私を倒すつもりで行けば必ず勝てるさ!」


 それは一回も勝てなかった嫌な記憶しかないセシルはどう反応したらよいのか。


 せめて一回は勝った事がある相手を話題にその話しをしてくれたら嬉しかったのだが。


「それ例える相手が間違ってませんか?」


「そうだな。セシルじゃまだ私には勝てないな! あはは~」


 本当に愉快で楽しそうに笑い続けるフレデリカ。


 この人には今日の決闘に国の命運がかかっていると言う感覚はないのだろうか。


 セシルがそんな事を思っていると、女王陛下が言う。


「フレデリカ? 流石にセシルが困っているわよ」


「申し訳ございません。でもセシルなら大丈夫ですよ」


 その言葉にセシルと女王陛下が反応する。


「どうしてそう思うの?」


「気付きませんか? 本当に余裕がない者がこの三日間女王陛下の事を親身に思い、お側にずっといられると思いますか。私達使用人の務めは主の身の回りの世話、そして主を護る事です。セシルでは物足りませんか。もしそう思うのでしたら、私が決闘には出ます」


 セシルの胸の中にその言葉は響いた。


 そして、わかった。


 フレデリカはフレデリカなりのやり方でセシルを励ましてくれていたのだと。


「ですが、私から一つだけ。セシルが今まで女王陛下のご期待に本当の意味で答えられなかった事がありますか?」


 急に真面目な雰囲気になったフレデリカは女王陛下の目を見て質問する。


 女王陛下「はっ!」と何かに気が付いたような反応をする。


「ないわ」


「それが答えかと。女王陛下も本当はセシルなら大丈夫だと心の底から信用しているからこそ、決闘の準備をしろとはこの三日間命じなかったのではないのでしょうか?」


「うん」


「だったら今は少しくらいバカやって笑っていましょう。その方がセシルも気が楽でしょうし。そうだろ、セシル?」


 最後の最後で視線をセシルに移してフレデリカが笑顔で言う。


 やっぱりセシルの大先輩なだけあって、凄いなと感心させられてしまった。


 肝が据わっていると言うか何と言うかよく周りが見えていると言うか。


「そうですね。ありがとうございます、フレデリカ」


「おう! なら今日は私がお前を整えてやろう」


「いや、この格好で……いやぁぁぁぁぁぁ」


「あはは~! セシル諦めなさい! フレデリカビシッとカッコイイセシルにしてね」


「かしこまりました」


 そのまま椅子から立ち上がったフレデリカは近くにあった整髪剤と櫛を持ってセシルを強引に洗面所に連れて行く。いつもの髪型ではどうやらダメだったらしく、強制的にオールバックにさせられた。


 そんなセシルを見て、満足顔の女王陛下とフレデリカ。



 その後三人は、謁見の間へと向かった。

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