第5話 デートを通しての仕返し



「ところでセシル様。この二日間どこかお忙しかったようですが、明日予定されています決闘の準備は大丈夫なのですか?」



 部屋の中から聞こえてくる声にセシルは「う~ん」と言ってため息を吐いた。


 セシルは今椅子に座っており、アリスはその後ろから声をかけている。



 女王陛下に甘い言葉を囁いてしまってから昨日、一昨日は勘違いをさせてしまった責任を取れと言われ、この二日間ずっと振り回され続けていた。


 一人は疲労で表情がなくなりかけるが、何とかギリギリの所で踏みとどまり全力の作り笑顔でその場を乗り切り、一人は終始幸せそうな笑顔だった。


 警戒態勢中の使用人達も当然一緒に振り回されていたのだが、その中でもセシルはかなり振り回されていた。


 朝は手料理をご馳走し、お昼は国の未来について語り合い、少し遅めのお昼ご飯を作り、女王陛下の愚痴を聞き、夕方から夜にかけてはお勉強を教え、夜は素の状態の女王陛下と二人きりでお話し、と周囲を常に警戒しながらこれらを全て行うのはかなり大変だった。


「女王陛下が全部セシルじゃないと嫌だ!」


 と言い出したのが事の始まりで、女王陛下の入浴中もお風呂の外で常に待機といつも以上に仕事が増えていた。お風呂上りの着替え中は身体を見ないように背中を向けて待機していたのだがその時はその時で女王陛下がセシルをからかってきた。


「紳士ね。それより私の裸には興味ないの?」


「そ、それは……」


 本音で答えるか、社交辞令で答えるかこの時セシルは困ってしまった。


 どちらで答えても、からかわれるのが目に見えていたからだ。


「ばぁ~か。何期待してるのよ」


「あはは……」


 セシルは苦笑いをする。


 無駄に期待させておいて現実を突きつけてくる女王陛下にセシルの心はもて遊ばれてしまった。


「いい? 今度からこうゆう時は嘘でも興味があるって私の時は即答しなさい」


「…………え?」


「え? じゃない。これでも私も女なの。少しは……やっぱり何でもない」


 そのまま女王陛下はセシルの後ろでモゾモゾと着替えを終わらせる。


「今日はこのまま夜の話し相手になりなさい。それで明日は久しぶりに街にお出掛けしたいから準備よろしくね」


 その幸せそうな笑みの裏にはやはり大きな不安や戸惑いがチラホラと見え隠れしており、嫌だとは言えず。


 何より女王陛下の笑みを心の底から護ってあげたくなっていた。


 しかしそのせいで明日の決闘の準備が全く出来ていないのだ。


 これが昨日の出来事である。


 一昨日の事はもう思い出すと逆に疲れそうなのでセシルは思い出す事を止める。


 アリスは色々とセシルの事を心配してくれているのである。


「大丈夫ではないかな……。少なくとも今から街にお出掛け。何もないといいけど、心配なんだよね」


「そう……ですか。どうしましょう? 私達も数名遠くから見ておきましょうか? 侵入者の件もありますし、女王陛下の身の安全を考えればと思いますが」


 その言葉にセシルは迷ってしまった。


 アリスの言う通り女王陛下の身の安全を考えればそうなのだが、困った事にそう言った所に女王陛下は勘が鋭いと言うかとても敏感ですぐに気が付く事が多いのだ。


 そしてバレた時にはきっと二人きりじゃないと言って機嫌が悪くなりそうだった。何より暗殺をしようとしている人間が人が多い街中で何かをするとは思えない。仮にするにしてもセシルが常に近くにいる以上どうやって? と言うのが率直な感想である。


「いや、大丈夫。多分だけど、街中では襲ってこないよ。もしそんな事をすれば多くの人の目に付く事になる。そうなれば最早言い逃れは出来ないからね。それに俺も常に近くにいる以上そう簡単に手は出せないだろうしね」


「そうですか。セシル様がそう言われるのでしたら大丈夫なのでしょう」


「うん。それよりありがとうね。アリスも忙しいのにわざわざ」


 アリスの反応が珍しくいつもと違う。


「いえ。私はセシル様の笑顔が大好きですので。それに……私をここまで立派な使用人として導いて頂けた師匠みたいなものですから、これくらいはその……ご迷惑でなければしたいと言うか……」


「ありがとう、アリス」


「はい!」


「それにしても肩マッサージするの上手だね」


「いえ、そんな……あっ、いや、ありがとうございます」



 アリスでも照れることがあるんだなと思うと、それがとても新鮮でつい声に出して笑ってしまった。



「慌てている所を見る限り嬉しいんだね。素直なアリスは可愛いと思うよ」


「セシル様! 恥ずかしいのでそれ以上は何も言わないで下さい」


「あはは~。アリスが怒ってる、珍しい~」


 するとアリスが黙ってしまった。


 一瞬言い過ぎたかと心配になったが、肩のマッサージは続いていたので心の中で感謝しながらアリスの行動に甘える事にした。


 しばらくすると、「力加減大丈夫ですか?」といつものアリスに戻ってくれた。


 女王陛下との約束の時間に合わせて、セシルはアリスにお礼を言って街に出掛ける為の準備を始める。





「どう、セシル?」


「とてもお似合いです」


 しっかりとお化粧をされ、いつもの服装では目立つと言う事から貴族階級のドレスに身を包んだ女王陛下を見てこれはこれでつい新鮮で綺麗だなと思った。


 ――やっぱり遥綺麗だよな


 いかん、いかん、今は職務中しっかりしないと。


 いつも口では文句しか言ってないが、内心は照れ隠しが半分以上を占めているわけで。


「なら良かった。今日は一日私をしっかりとエスコートしなさいよね?」


「かしこまりました」


「では行きましょう」


「はい」


 二人はそのまま城内を出て街へと向かう。



 セシル達は徒歩で今は街の中を歩いている。


 久しぶりの外と言う事もあってか女王陛下はとてもワクワクしているように見えた。


「ここではお嬢様って呼んでよ? 流石に女王陛下はアウトだからね!?」


「かしこまりました、お嬢様」


「あっ、私あれ食べたい!」


 まず女王陛下が見つけたのは綿菓子を売っているお店だった。


 城内では誰も食べない事からとても興味深々に見ていたので、セシルが屋台の人に頼み一つ買って渡す。


「食べていいの?」


「はい、どうぞ」


 それはもう子供の様に目をキラキラさせた女王陛下はとても可愛いかった。


 そしてぱくっと一口食べる。


「う~ん。これは美味しい」


 と、食べる事に夢中な女王陛下を見てセシルはたまには息抜きも必要だなと思った。


 いつも誰にも愚痴を言わず(セシルの除き)頑張っているのだから。


 すると。


「セシルも一口食べていいよ」


 と手に持っていた綿菓子を口元に持ってきたので、セシルはそのまま一口貰う事にする。


「美味しい?」


「はい、ありがとうございます。お嬢様」


「うん。それよりどうだった?」


「どう、とは?」


「私との間接キスは」


 その言葉にセシルはむせてしまう。


 慌てて口の中にある綿菓子を吐き出さないように意識を回し、落ち着いてからゴクリと飲み込む。


 そして、目から零れた涙を拭く。


「急になんてことを言うんですか?」


「私はそこまで気にしてないけどセシルはどうなのかなって思って。それでどうだった?」


 さっきセシルが食べた所から美味しそうに綿菓子を食べながら、横目でこちらを見てくる女王陛下。


 精神的な成熟は男性より女性の方が早いと言うが、この場に置いてはその通りらしい。


 現にセシルは今もドキドキしているが、女王陛下は本当にあまり気にしてないように見える。


「……もう人前でからかわないでください、お嬢様!」


「えぇ~いいじゃない。それでドキドキした?」


 どうやらセシルが正直に答えるまで諦めるつもりないらしい。


「……ドキドキしました」


 恥ずかしかったのでセシルは小声で女王陛下に聞こえるか聞こえないかの声で呟く。


「なら良かった」


 そう言って歩き始める女王陛下。

 そしてすぐ次に食べたい物を見つけたらしく、綿菓子を急いで食べ始めた。

 その間にセシルは先回りして、女王陛下が食べたそうに見ていた物を買ってくる。


「わぁ~ありがとう。これどうやって食べるの?」


「この爪楊枝で刺して、食べてください」


「こう?」


「はい」


 そのまま丸い物にかぶりつく女王陛下。

 人生初めてのたこ焼きは口に合ったようで、口に入れた瞬間目が大きくなった。

 そのまま味わうように口を動かし、ゴクリと飲み込む。


「お、美味しい」


「それは良かったです」


 セシルは持っていたハンカチで口元についたソースを拭いてあげる。


「セシルも一個食べていいよ」


「では」


 食べていいよと言う時にはたこ焼きが既に口元にあり、嬉しそうな女王陛下の笑顔を見ると断れなかった。


 だけど今日のたこ焼きは今まで食べたたこ焼きの中で一番美味しかった。


 やっぱり好きな人と食べる……違う、違う。


 誰かと食べるたこ焼きはとても美味しかった。


 なのでセシルは笑顔で言う。


「本当にこれは美味しいですね」


「でしょ。う~ん、美味しい。私もう死んでもこの世に後悔ないかもぉ~」


 たこ焼きを食べその美味しさに感動して女王陛下が死んだらマジで笑えない。


 セシルは幸せそうに食べる女王陛下を見て、今日街に連れて来て良かったと思い始めていた。


 念のため周囲を警戒しているが、今の所怪しい人物や不信な行動をしている者は見当たらない。


 やはりセシルの考え通り、人目がつく場所では何もする気がないのかもしれない。


 一応警戒はこのまま続けておく。


「今度はあれ見てみたい!」


「わかりました。ん? ……お嬢様ってネックレスに興味がありましたっけ?」


「ないよ。ただ……」


「ただ?」


「セシルとの思い出の物が欲しいだけ。それでずっと身に着けていられて丈夫な物って考えたらちょうどいいかなって」


「そうでしたか」


 セシルは嬉しい気持ちで一杯になった。


 自分との時間をそれほどまでに大切にしてくれている事が嬉しくてしょうがなかった。


 それからセシルは女王陛下に似合いそうな物を幾つか選び、その中で一番気に入ってくれたシルバー製の星がデザインされた物を一つ購入し、お店の外に出てから女王陛下の我儘に答えて首にかけてあげる。


「ありがとう、私これ大事にする!」


「はい」


「ならこれは私からのお礼」


 そう言って女王陛下はさりげなくセシルの頬に軽くキスをする。


 突然の事に動きが止まってしまう。

 照れた顔が真っ赤になったセシルを置いて、女王陛下は街の中を歩き始める。


「ほら、早く、早く~」


「あ、はい」


「ばぁ~か。何照れてんのよ。この前私にしたことに比べればセシルのそれ何てちっぽけな物よ」


「……はぁ」


 女王陛下の言うこの前とは恐らくあの日の夜の事だと言う事は薄々勘付いた。


 これはアリスに聞いた話しなのだが、女王陛下は逆にドキドキさせてやり返したいとアリスに相談をしていたらしい。


 つまりこれは好意によるものではなく、ただの仕返し。


 そう思うとセシルの心は嬉しくも複雑な気持ちになってしまった。


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