第3話 上級使用人会議


 セシルは自室で少しゆっくりと休んでから、城内にある上級使用人だけに入る事が許された大きな部屋まで移動していた。


 部屋の広さは三人で使うには十分すぎる広さで、中には大きな長机が一つとそこに配置された八個の椅子がある。部屋の片隅には小さい丸テーブルがあり、その上にポットと紙コップと数種類のティーパックが用意されている。


 中に入ると、執事長のセバスチャン、執事長補佐のフレデリカが待っていた。

 セバスチャンは今年で六十と一見おじいちゃんにしか見えないが、白髪頭でありながらまだまだかなり元気がよく、今は下級使用人と中級使用人の育成を主に見てる凄腕執事である。また他国のスパイや不法侵入者を素手で倒す並外れた運動神経の持ち主でもあり、セシルの師匠でもある。


 そんなセバスチャンの対面に座るフレデリカ。


 こちらも今年で五十近いおばあちゃんだが、かなり元気が良く衰えを知らないのか女性使用人全員の教育係となっている。ちなみに外見は三十代前半にしか見えない化け物。そして内政面では各大臣と強いパイプを持っており、その影響力はかなり強い。年が曖昧なのは誰も本人にお幾つですかとは聞けないからであり、何となくセシルはそれくらいかなと思っている。


 セバスチャンは先代国王、フレデリカは先代女王陛下に従事していた。


 簡単に言うと今のセシルの立ち位置に近い。


「申し訳ございません。少し遅れてしまいました」


「気にするな。まだ会議まで時間はある」


「そうよ。とりあえず好きな席に座りなさい」


「ありがとうございます。では」


 セシルは二人に挨拶をしてから、セバスチャンと席を一つ空けて隣に座る。


 今日の会議はとても長くなりそうだなと思いながらも、セシルはこれも仕事だと思い頑張る事にした。

 セバスチャンが紅茶を一口飲み、喉を麗してから口を開く。


「では今後について話していこうと思うが良いかの?」


「悪いけど本題の前にまず私からいいかしら?」


 セバスチャンとセシルはフレデリカに対してコクりと頷き話しを聞く事にする。


「これは大臣から聞いた話しなんだけど内政面は一言で言えば悪くない。だけど……」


 何故使用人が内政にと思うかも知れないが、女王陛下を補佐していく中で意見を求められた時に何も知りませんでは話しにならないからだ。それに女王陛下が間違っていると判断した場合はすぐに意見を伝え軌道修正をしなければならない。まだ若い為に気づかないミスもあると予想される事から使用人達は裏から手を回し情報を常に集めて共有をしている。


「最近隣国から王子達がよく来る事に対して民達が不安を持ち始めているらしいわ」


 ……不満ではなく不安?


 この国は独立国でどこの国に対しても基本的には平等に接している。


 そのため他国に比べるとセキュリティー面がどうしても劣ってしまう。


 そう言った面では確かに不安に思う者が出て来ても可笑しくはないが。


 それは今に始まった話しではない。


 セバスチャンもセシルと同じく疑問に思ったらしく口を開く。


「どうゆう意味だ?」


「女王が王子の誰かと結婚し他国に吸収もしくは利用されるのではないかと言う不安だ」


「政治的利用か」


「あぁ」


 確か許婚とギクシャクしてから、それが外部に漏れたのかその頃からだっただろうか。


 他国から沢山の王子がこの国に来るようになったのは。


 だとしても今すぐに女王陛下が誰かと結婚するとは思えない。


 なにより今日の話しを聞く限り他国の者と結婚する気はないようにしか見えないからだ。


「そして別に問題もある」


「ん?」


「昨日夜遅くに城内に顔を隠した侵入者が一人。一週間前も一人確認されている。恐らく同一人物だと思うわ。それに気が付いた私はすぐに一部の女使用人達に命じて夜間警備を強化と同時に追跡させてるけど犯人は逃亡中。私の索敵をくぐり抜けて城内を簡単に出入り出来るとなるとかなりの手練れ」


「なるほど。王子達に紛れ国へ侵入。そして暗殺を企んでいる者もいると言うわけか」


 三人の中で一番下っ端のセシルは話しを聞く事に専念する。


 結婚の話しの裏では政治的陰謀が見え隠れするわけで。


 出来る事ならここにいる三人共女王陛下には幸せになってもらいたいと願っている。


 だから許婚とも早く結婚をしろとは今まで強く言ってこなかった。


 だがこのままでは使用人達だけでは手が回らなくなるかもしれない。


 やはり王族が一人しかいないのは国に取っては痛い。


 王族の血筋を引継ぐ者の多くは他国によって長い年月をかけて暗殺されている。


 その標的にとうとう白井遥もなったというわけか。


「えぇ。全使用人を警戒態勢で動かそうと思うけど異論はあるかしら?」


「ないな」


「私もありません」


 警戒態勢と一言で簡単に言うがこれが発動される事は滅多にない。


 昔からフレデリカの勘は鋭く、彼女相手に逃げ切った者は片手の指で数える程にしかいない。そのフレデリカですら今回は苦戦を強いられているのだ。


「期間はとりあえず今日来たイケメン王子との決闘が終わるまで。それまでに私が何とかするわ」


「うむ、頼んだ。その間はワシも城内を定期的に見回る事にする。こっちは任せて欲しい」


「助かるわ」


 セシルは内心ホッとする。


 この二人が重い腰をあげた時は大抵の事がいつもすぐに解決する。


「セシルはそれまで女王陛下をしっかりと護って欲しい。何かあればワシをすぐ呼んでくれて構わない」


「ありがとうございます」


「それと決闘には必ず勝ってやれ。主がそれを望んでおるのだ使用人――ッ否。上級執事としてこれくらいの事でうろたえるではないぞ?」


「かしこまりました」


 セバスチャンとフレデリカの期待にもしっかりと応えるべく、力強く返事をする。


 これで問題に対する案件は終わりのように見えたが実はまだある。


 三人は本来この話しをする為に集まっており、今までのは急に増えた別件でしかなかった。主を護るだけが使用人の務めではないからだ。


「なら本題に入るとするかのぉ」


「そうね。セシル報告を」


「かしこまりました。では今から簡潔にご報告をさせていただきます」


 セシルは一度大きく深呼吸をする。


 幾ら同じ立場と言え、この二人を目の前にするとかなり緊張してしまうのだ。


 最近上級使用人となったセシルと先代の代から上級使用人として王族に仕えている二人では年期が違う。


「結論から申し上げますと、許婚とは結婚をしたくないとのことです」


 セバスチャンとフレデリカが苦笑いをする。


「何度か私の方からアプローチはしてみましたが、何でも好きな人がいるらしく女王陛下はその人と結婚したいのかと……思います」


「だろうな」


「でしょうね」


 セバスチャンとフレデリカはお互いの顔を見て頷き合っていた。


 二人の情報網はセシル以上でセシルが黙っていてもリアルタイムで情報をどこからか入手してくる。


 なので内心、決闘の件といい今回の件といいそこまで驚きはしない。


「ちなみに好きな人と言うのは誰の事かおおよそ検討はついておるのか?」


「いえ」

 セシルは即答する。

 本人の口からは誰が好きだとは聞いていない。

 ここで下手に答えて、周りに勘違いでもさせたら大変。


「そうか……これは長い戦いになりそうじゃのぉ。と言いたいところではあるが時間がもうないのもまた事実」


「王族に近い血の者なら話しが簡単なのだけれど……。こればかりは諦めてもらうしかないかもしれないわね」


 セバスチャンとフレデリカはチラッとセシルを見て視線をすぐに戻す。


「……はぁ、かもしれませんね」


「いや、主従に愛を求められても困ります」と心の声を殺して。


「まだ十九才ですし、大人になれば気持ちが変わって許婚の方とも上手くいくかもしれません。ですので、もう少し女王陛下に猶予と思います」


 セシルは二人に対して、許婚との結婚を待ってもらうように頼む。


 二十歳になるまでには結婚をと三年前から決まっているわけだが、まだ時間はあるのだ。


 出来るなら本人が前向きにそれを受け入れた時にと思っている。


 本心で言えば、好きな人と結婚をして幸せな家庭を築いて欲しいのだが権力も何もない自分では二人に対してこれが限界だった。一人の我儘の為に国を潰すわけにはいかないのだ。だからこそセシルも自分の気持ちにこれからも嘘を付き続ける事に徹するつもりだ。


 セシルは女王陛下の幸せの為、世間からの目を特に気にしている。

 誰よりも本当はか弱くて傷付きやすい彼女だからこそ、世間の目を無視した先に幸せはないと考えている。



 ――本当は……諦めたくはないんだろう


 ――お前の我儘はもしかしたら叶うかもしれないぞ


 もう一人の自分がセシルの心を揺さぶってくる。

 それでも彼女の今後の幸せの為に負けるわけにはいかない。


「まぁセシルがそう言うのであればワシは待つぞ。フレデリカ悪いが、もう少しだけ待ってはみんか? セシルは女王陛下と同じ十九歳。もしかしたら若いもん通し何かいい刺激を与えられるかもしれん」


 フレデリカは鼻で笑って。


「だと思ったわ。まぁセシルは私達と同じ上級使用人。考えがあるのなら反論する理由はないと私は考える。いいだろう、認めよう」


「「そうゆうわけだ、頑張れよセシル」」


 二人はセシルを見てそう言ってくれた。


 セシルは二人に頭を下げる。


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