第2話 王子からの求婚



「それにしても、世の中色々と大変だよね」


「そうですね。いつ何が起きるかわかりませんからね」


 城内の長い廊下を歩きながら、セシルはポツリと呟く。


 この国は若い女王陛下を我が物にしようと求婚の話しが多い。


 そして独立国であるこの国を間接的に乗っ取ろうとする輩も中にはいる。


「政略結婚なのか本物の愛故の求婚なのか……今度のお相手は一体どちらなんだか」


 どちらでも対処方法としてはあまり関係ないが、どうせなら本物の愛であって欲しいとセシルは思う。道具としてではなく人として見てあげて欲しいと言う願いがそこにはあった。


「では私はここでお待ちしております」


「わかった。何もなければそのまま戻っていいから」


「かしこまりました」


 謁見の間に繋がる大きい扉の前でアリスが待機する。


 心配そうにセシルを見つめるアリス。


 声にはあまり出さないが、実は人思いで優しい女の子である。


「大丈夫だよ。手荒な真似さえしなければね」


「ですね」


「…………」


「いざと言う時は私にご命令して頂ければと思います」


 すぐに責任を一人で背負うとするアリスを見て、セシルは少し心配になった。


 このままではいつかそんな日が来てしまいそうだと。


 アリスにもアリスの人生があるのだ。


 だからあまりそんな事を言って欲しくはないのだが。


「ありがとう。なら行ってくる」


 セシルは目の前にある大きな扉を開け、謁見の間に入り奥へと進む。



 奥まで行くと、そこには三人の男性と二人の女性がいた。


 困り果てた三人の付き人と、今も尚殺伐とした雰囲気を作る二人。


 セシルは大きくため息を吐きながら奥へと進む。


 一応女王陛下に許可された騎士は謁見の間で入る事が許された場所までは数名ではあるが見張りとして常に在中している。


 さすがに女王陛下を護る者をゼロには出来ない。


 もし暗殺でもされればこの国は王族を失う事になるのだ。


 ちなみに他国は別だが、この国は一夫多妻制を採用している。


 男が少なく女が多いこの国では子孫繫栄の為、そして結婚願望が強い女性が多いことからこのような制度を導入をしている。


 前国王と前女王は一夫一妻とお互いに一途を貫き通していた。


 まぁ夜の営み関連のいざこざを考えればそれがいいのかもしれないが。


 セシルは正直そこら辺はあまり気にしていない。


 だが目の前にいる王子を見て、この国は多夫多妻制を採用していたなと思った。


 そして恐らく価値観の違いから生まれたいざこざなのではないかと早くも推測していた。


「失礼いたします。女王陛下、遅くなり……」


「遅い!」


「申し訳ございません」


 最後まで挨拶をする前に怒られた。


 そして手招きをされたのでそのまますぐに女王陛下の隣まで行く。


「悪いけど、私は好きな人と結婚する。だから貴方とは結婚できない。私の国では女は一人の男性しか愛せないの。だから諦めて」


「なら私の国へ来てください。そうすれば一人ではなく多くの男性を愛する事が許されますと何度もお伝えしているではありませんか」


「絶対嫌! 私の好きな人はこの国にいる。そっちに行ったら間違いなく会えなくなっちゃう」


「ではその方とどうかご一緒に」


 片膝を付き退く事を知らないイケメン王子。


 どうやら女王陛下に本気の恋をしているらしい。


 身体が大きく、厚みのある筋肉、そしてスラッとした体形と容姿はイケメン。


 また肌は白く、綺麗な青色の瞳はまた何とも美しい。


 同じ男からしてもここまで言われたらと思ってしまう程の美貌だった。


「い~や! 私貴方みたいにしつこい男嫌い! もぉ帰って」


「悪いがそれは出来ない! 俺も男だ! 惚れた女を落とすまでは絶対にだぁ!」


 よく見ると、女王陛下が疲れていた。


 相手が他国の王子であるが為に、下手に追い返せないのだ。


 それを向こうもわかっているからこそ、中々諦めてくれないのだろう。


 これはどちらかが折れるまで続きそうだなとセシルが心の中で思っていると。


「なんとかして……多少手荒でもこの際いいわ」


 とうとう我慢の限界に来たらしく、女王陛下がセシルだけに聞こえるようにボソッと呟く。「とは言っても相手は王子だしな~」と心の中で呟いて色々と考えて見る。


「なら許婚の方と結婚して頂けますか?」


 許婚を理由に強行突破を考えたセシル。


「絶対嫌!」


 すぐにそれすら嫌だと言って我儘になる女王陛下。


 それが原因で最近許婚ともギクシャクしており周りが気を使っている事にも早く気が付いて欲しいわけなのだが。


「では聞こう。そなたが結婚相手に求める物はなんだ? 金か、愛か、それとも正義か? そなたが望む物を全て用意すると誓う。これならどうだ?」


 その言葉に女王陛下が何かを考え始める。


 何か思うところがあったのかもしれない。


 セシルは周囲を警戒しながら、その時を待つ。


 しばらくしてから、ニヤリと微笑みながら女王陛下が言う。


「ねぇ、だったら最強の使用人を用意して欲しいわ。どんな時も私を護ってくれるような。どう?」


 王子だけでなくその場にいた全員が女王陛下を見る。


 物ではなくまさかの人を要求してきたからだ。


 ……それも使用人と言う枠組みで。


「どう意味ですか?」


「どうもこうも何でも用意してくれるんでしょ?」


「まぁ、お望みとあれば……ご用意しますが……」


「だったら用意できたら、結婚の話しだけど少し前向きに考えてあげるわ。だけど出来なかったらこの話しはもう終わり。それでどう?」


「別に構いませんが、それだけで宜しいのですか?」


 急に前向きになった女王陛下に流石の王子も少し戸惑っているように見える。


 そんなに上手くいく話しなどこの世にあるわけがない。


 そもそもこれならセシルは何の為に呼ばれたのだろうか。


 まぁ解決するならそれはそれで良かったと思う事にする。


「えぇ、もちろん。ただし用意するだけじゃダメよ」


「と、言いますと?」


「その使用人がちゃんと強い所を見せて証明してって意味よ」


「なるほど。それは構いませんが一体どのようにして見せればいいのですか?」


 王子の質問にニヤリと笑う女王陛下。


 こうゆう所は頭の切り替えが昔から早いというか。


 悪知恵がすぐに働くというか。


「私の最も信用する執事と闘わせて、見事勝つことが出来たら認めてあげるわ」


 その言葉にセシルの頭が警告をしてくる。


 このままでは王族同士の意地と意地の張り合いに絶対に巻き込まれると。


「では、私は不必要みたいですので、後はお二人で決められてください」


 そのまま自然な流れで立ち去ろうとするセシルの手を力一杯握りしめる女王陛下。


 目で「ここにいなさい」と訴えられて、素直にコクりと頷くセシル。


「三日後もう一度その者を連れてここに来なさい。武器はなし。勝敗はどちらかが負けを認めるまで。お互いに決闘に出す使用人は一人まで。それでどう?」


「わかりました」


 自信があるのか王子は素直に女王陛下の要求を呑んだ。


 そのまま立ち上がると、付き人をしている使用人三人を連れて謁見の間を後にした。


 扉が開いた時に見えたアリスに王子達の案内を任せ、セシルは女王陛下に一つ確認しておく。


「三日後は私が休日の日なのですが、私がいなくても問題ありませんよね?」


「うん! いなかったら夜な夜なセシルが私のベッドに入り込んでる事を皆に言いふらして代役を立てるから大丈夫よ」


 満面の笑みで答える女王陛下。


 セシルは苦笑いしかできなかった。


 そんな事をされれば間違いなく女王陛下の許婚のお怒りを買う事になり、セシルが処刑される可能性だって十分に考えられる。仮に運よく生き延びても社会的に抹消される未来しか見えなかった。


 この人は本当に人を巻き込むのがお上手だなと認める。


「……はぁ。わかりました。私が代表として出ますので余計な事は口外しないで頂けませんか?」


「ありがとう。でも出るだけじゃダメよ。あのイケメン王子を青ざめさせるぐらいに相手をボコボコにしなさい」


 満面の笑みでとんでもないことを要求してくる女王陛下。


 かなりイライラしているのだろう。


 仮に自分が女王陛下の立場だったらと思うと、きっと同じように内心イライラしていたと思うのでここはその願いを叶える事にする。


 とは言っても勝てる自信は当然あるが、下手したら逆にボコボコにされるのではないかと言う不安もあったわけだが。


 ……なので、油断は出来ない。


「それがご命令とあれば、何とかなるように努力は致します」


「なら命令よ。あいつがどんな奴を連れて来ても勝てるように準備をしておきないさい」


「かしこまりました」


 こうなった以上、逃げる事を止め、現実と向き合う事にする。


 執事たる者、主の命令は絶対である。


 そして命令以上に、主の身の安全の確保は最優先事項となる。


 するとセシルの手を握り続ける女王陛下の手が震えている事に気がつく。


 どうやらただ強がっているだけで、内心はとても怖いのだろう。


 女王陛下の好きな人と言うのが誰なのかはセシルにはわからないが、きっと好きでもない男と結婚をしなければならなくなるかもしれないと言う恐怖は目に見えない分かなり怖いのかもしれない。


「絶対に勝ちますよ。例えこの命に代えても。だから私を信じろとは言いませんが、まだ希望はあるぐらいには思っていてください」


 セシルは優しく微笑みながら言う。


 すると震える手がピタリと止まった。


「うん。セシルありがとう。ねぇ一つお願いがあるんだけどいいかな?」


「はい」


「今日もお仕事が終わったら私の部屋に来て?」


「かしこまりました。今日はこの後に上級使用人会議がありますので少し遅くなるかと思います」


「そっかぁ……」


 悲しそうな表情で下を向く女王陛下。


「でもご安心ください。今日はアリスがお側にいますので……」


「わかった。別に約束を守ってくれるなら構わないわ」


 セシルが最後まで言う前に、女王陛下はあっさりとそれを認めてくれた。


 普段からこれだけ素直でいてくれればかなり可愛いのになと思いながらも、自分だけに見せてくれる女王陛下の笑顔に少しだけドキッとしてしまった。


 しかし主従関係でそれ以上は良くないと判断したセシルは自分の心に嘘を付いて誤魔化す事にする。


 だけど他の使用人には絶対にこんな我儘や弱音を吐かない事を考えると、自分はかなり信用して貰えているんだなと思わずにはいられなかった。


「ありがとうございます」


 それからセシルは王子達の案内を済ませた中級使用人のアリスが謁見の間に姿を見せるまで一緒にいる事にした。


 二人は他の騎士達には聞こえない小さい声でボソボソと他愛もないお話しをして時間を潰す。そしてアリスが戻ってきたタイミングで女王陛下とアリスが謁見の間を出ていく。セシルは二人の背中を見送ってから一旦自分の部屋へと戻る。


 今日この後に行われる上級使用人会議の事を考えるとため息しか出てこなかった。


「……さてどうしましょうかね、許婚の件は」

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