オフィスは吉祥寺。

 (この先どこか行きますか?)

 簡単な台詞なのに、どうして言い出せないのだろう。

 用事がありますと断られることが辛い、別に、もう二度と会わないだろうしそんなこと気にするのも変だ。向こうが言うのを待っている計算高い私はかわいくない。

バスの時間まではまだ少し時間がある、人の姿はほとんどない。大きな通りまで歩くのもなんだか邪魔くさい。、ああ~もう、この沈黙どうにかして!! しょうがないのでスマホを出してみたものの、敦との思い出に溢れているこの端末は悪の権化だ。そうだ、消去すれば良い。個々で全部フォルダーの画像を消す!決意をすれば即削除、そう、どんどん消していけばいいと私は一緒に行った場所、旅行のホテルの玄関、景色、食事……。二人の写真などどこにもない、惨めな者だ。

 これが事実、実のあることなど、どこにも、ない。


「あの、迷惑でしたか?」

 突然、その人はスマホを見て薄ら笑いの私に話しかけた。

「え? 別に。そんな事ないですよ」

「だったらいいのですが」

「私が怒っているとでも?」

「はい、少し……」

 薄暗いバス停の前を数台の車がスモールランプをつけて走行し始めた。

 闇がすぐそこまで迫って来ている。

 私はきちんとその人の顔を見た。その人も私を不思議そうに見ていた。

少しだけ、ドキッとする。勘違いかもしれないが、やはりかなりイケメンだ。

 いや、たかが手首を掴まれたくらいでなぜそうなる? 

 私はバスに乗るまでの間に、猫の姿を探したがもうどこにもいなかった。先ほどさっと引っ込めてしまったことに驚いて逃げたのかもしれない。

「野良猫には注意しないと。僕は家に友人から押し付けられた猫を飼っていますから、本当に怖いんですよ、嘘じゃない。獣医辛きいたんです。掻かれたら病気になる。あ、僕は白石康太。このあと吉祥寺まで戻ります、あなたは?」

「私は三鷹です」

 同じ中央線の一つ先の駅だ、私は物憂げに猫を探しているふりをしながらバスの時間が来るのを待っていた。普通にこんな近い距離でいたら、なんとなく忘れがたくなってしまう。そういえばなんとなく小腹がすいた。白石さんは猫を探す私に言った。


「僕、やはり迷惑ですか」

「ええっ! なんでですか?」

「無理に猫を探すふりをしているようにしか見えないから」


 ばれていたようだ。

 あの猫を探していたのは本当で知らない人のそばにいるのが厳しいのも真実。ほんの少し面倒な男なのかもしれない、この白石さんという人。だが横顔が驚くほどきれいだ。緑の木々の中にマッチしていて、風流でさえある。

「そんなことないですよ。あまりにも素敵な人といたら、何を話していいのか……。おまけにあの猫、少し人慣れしていたし。もう会えないと思うと名残惜しくて」

 バスがその色をはっきりとさせて近寄ってくると、並んで立った。私は白石さんののどぼとけの高さに自分の顔があることに気が付いた。バスの車影が見えた。

 この不毛な時間つぶしがやっと終焉を向かえると私は少しだけほっとした。

「猫、好き?」

「ええ、まあまあ」

 バスに乗り込んでから並んで座る。

 公園はどんどん後ろになっていく。

 私は思う、また会えるかな。それまで元気でいて。とあの猫に会えるようにと思った。ただ、なんとなく。


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