第3話 入部しなくちゃいけなくて

「部活決まってな人は早く決めなさいねー」


 入学式の日特有の長いHRが終わり、やっと放課後になった。


「だってよ。晴彦」


 前の席にいる龍馬が後ろを振り返って茶化してくる。


「うるせーよ」


「あっはっは。世良さんは何部に入るの?」


 龍馬は俺の隣の席にいる世良さんに話を振る。


 こいつやりやがった。俺が何話そうか考えてたのにごく自然と世良さんに話しかけやがった。


「私は歴史研究学部に入ろうかなーって思ってるよ」


「へー。面白そうじゃん。晴彦入れば?」


「晴彦君まだ部活決めてないの?じゃあおいでよ!」


 龍馬ナイス!これなら自然の流れで入部出来る!


 いや、待てよ。これですぐに「入る!」って言ったらがっついてると思われてしまうかもしれない。ここは一旦保留が正解だな。


「いや〜。お誘いは嬉しいんだけど、他のところも見てから決めるよ」


「そっかー。他に入りたい部活があるかもしれないしね」


「そうだね」


「じゃあ歴史研究学部に入ろうと思ったら教えてね」


「分かった。入部決めたら言うよ」


よっしゃ!これでまた世良さんと話せる!


「ありがと。じゃあ晴彦君、龍馬君、また明日ね!」


「うん。また明日」


「バイバーイ」


世良さんが笑顔で手を振ってくれた。世良さんの笑顔につられて俺も笑顔で手を振り返す。



「俺らも帰ろうか?」


「そうだな。その前に海斗を起こそう」


龍馬の隣の席で海斗はぐっすり寝ている。


「海斗。起きて」


「うーん。なんだよ」


「もう放課後だよ。帰ろう」


龍馬が隣で寝てる海斗をユサユサと体を揺らすと気怠そうに体を起こした。







「俺がせっかくいいパス出してあげたのに何してんだよ晴彦〜」


 俺、龍馬、海斗の3人は偶然帰る方向が同じだった。あの後、2人に協力してもらって、いろいろな部活を見に行ったが、いまいちピンとくる部活はなかった。結局俺は入部届をどの部にも出さずに帰ることにした。


「パスってなんだ?」


 海斗は今日ずっと寝ていたから世良さんとの会話を知らない。おそらく俺の隣が女の子だということも知らないだろう。


「晴彦が隣の席の子が好きなんだってー」


「別にそんなこと言ってないだろ!」


「またまたー。顔に好きって書いてあるよ」


「確かに書いてあるな」


 何も知らない海斗がコクコクと頷く。


「とりあえず歴史学研究学部には入部するけど、一旦は保留にしてから入る方がいいんだよ」


「なんでそんなことするんだ?」


「恋愛は駆け引きが大事なんだ」


これはネットで得た知識だ。恋愛なんて全くわからない。



「へー。晴彦って恋愛に詳しいんだな」


「晴彦って彼女出来たことあるの?」


「……ないけど」


「「はっ?」」


 俺は彼女いない=年齢だ。


 中学の時、好きな女の子に告白したが、「陰キャと付き合うとかあり得ない」と言われ、振られてしまった。のちにその女の子は陽キャグループの1人と付き合ってると噂に聞いた。それから俺は好きな人が出来ても、目で追うことしか出来なくなってしまった。


 だから俺はそれを克服するために恋愛の本を買いあさったり、ネットで勉強しまくった。


 そして、高校では俺のことを好きな可愛い女の子に告白して、達成感と可愛い彼女をゲットするんだ!


 でも今はこの2人をなんとかしなくてはいけない。


「晴彦彼女出来たことないんだってー」


「恋愛は駆け引きが大事なんだよ。キリッ」


 海斗が俺の物真似をして2人が大爆笑してる。


「そんなに言うんだったら、お前らは彼女出来たことあるのかよ」


「ん?俺は中学の時から付き合ってる子いるよ?」


「はい?」


 地味男なのに?絶対サッカー部の肩書きだけで付き合っただろその女。


「俺も今まで何人かと付き合ってるな」


 なんでヤンキーがモテて、真面目な俺がモテないんだ。この世の中は絶対に狂ってる。



「はぁー。マジかよ」


「ごめんって。そう落ち込むなよ」


「そうだぞ。彼女が……出来たことないからって……」


 おい!そこのヤンキー笑いこらえてんじゃねーよ。





「ただいま〜」


 帰り道、あの2人にずっと笑われながら帰ってきた俺はとりあえず友達が出来た事に一安心する。


「おかえり。入学式どうだった?」


「友達が出来た」


 まぁ彼女が出来たことない俺をめちゃくちゃ馬鹿にしてくる奴らだけど。


「うっそだー。お兄ちゃんみたいな陰キャがすぐに友達なんて出来るわけないでしょ」


 おい。なんてひどい言い草だ。お兄ちゃん泣いちゃうよ?


「ほんとだよ。晴彦に友達が出来るわけないじゃん」


 ん?待て。凛がなんで俺の家にいる?


「ですよねー」


「話を続けるな!なんで凛がここに居るんだよ」


「うん?今日からうちの両親が海外へ出張なの」


「だからって!高校生なんだから1人で留守番できるだろ!」


「いやー。帰りにおばさんと会ってさ。このこと話したら「うちで夜ご飯食べに来な」って言われて断れなくてー」


 あんのババァめ。なんでよりによって今日なんだよ。こいつがいたら入部届が書けないじゃないか。絶対「なんで歴史研究学部に入るの?」って聞かれるだろ。


 ここで「隣の女の子が可愛くて誘われたから」とか言ったら、妹や両親に話が回り、クソキモい変態扱いされるに決まってる。


 それは絶対に防がなくては!



 俺は自分の部屋に入り、机の前に座る。鞄の中から入部届を出して机に置いた。


「何部に入るの?」


「うわぁ!なんで凛が部屋に入ってきてんだよ!」


「今更驚くことないでしょ。昔から晴彦の部屋なんて何回も入ってるんだし」


 凛の言うとおり、こいつは俺の部屋に勝手に入ってよく漫画を読んでいる。いつもはそんなに気にしないのだが、今日はさすがにまずい。


「何部だっていいだろ。早く出てけ」


「ひどーい。おばさんに「晴彦に襲われた!」って言っちゃおー」


「待て待て待て!分かったから!部屋にいていいから!」


 俺は慌てて凛を引き止める。


 しょうがないので凛はここにいてもらう事にする。ここからどうするか。まずは歴史研究学部のことは正直に言おう。問題は部活に入る動機だ。これをミスると変態扱いになってしまう。



「で。何部に入るの?」


「歴史研究学部に入ろうと思ってるんだ」


「何それ。うちの高校そんな部活あるんだ」


「そうらしいね。俺も初めて知った」


「晴彦歴史なんて興味あったっけ?」


 きた!ここで正しい回答をしないと家に居場所がなくなる。頑張るんだ俺!


「この間歴史の漫画読んでさ。興味を持ち始めたんだ」


「ふーん。そうなんだ。可愛い女の子がいたからじゃないんだ」


「まさか。そんなことないよ」


「まぁ、おばさんや春歌ちゃんには内緒にしてあげるよ」


 完全にバレてる。お前はエスパーか。


「そのかわり!これから色々とよろしくね?」


「へっ?」



 この時の俺はよろしくの意味がよく分かっていなかった。

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