転移系



 いつの間にか途絶えた意識が覚醒した時、

俺の視界には怪しげな三角帽子を被る男たちが見えた。


 物質を無視し、魂に働きかける術は、俺の知る技術ではない。


 正面の高台に立ち、見下ろす三角帽子の男は、手に持った杖先を向けながら「何者だ」と俺に問う。


 通じる言葉で「グンドラ」と通称を名乗る。


 通称を用いたのは展開されている術に名が影響を与える懸念からだ。



 「本当の名を名乗れ」と三角帽子から命じられた。


 原理は不明だが、三角帽子は俺が本名を名乗らなかった事に気付いたらしい。


 答えず黙る俺に耐えかねた三角帽子は「言わねば苦しむ事になる」と言いながら、俺を囲む男たちに杖を持たぬ手を挙げて合図を送る。


 合図に応じた男たちから、向けられた槍の先端に貫かれたなら、命を失いかねない。


 そう、貫かれたなら。


 刃先を向けた以上、彼らは俺に戦いを挑んだも同意。


 故に、俺には抜刀する大義が生じる。


 鞘から刀身を抜くと、彼らは槍を突き立てた――が、突如、俺の身体を纏った靄が、その刃を弾く。


 槍兵の後方に控えていた屈強な男たちが、振り下ろす大槌を小手で受け流す。


 驚愕する男たちの隙を付き、殺気を向けた男たち全てを切りつけ、無力化した。


 残された三角帽子に「俺は何故、ここに居る?」と問う。


 「私が召喚したからだ」と答えた三角帽子は、小刻みに震え、顔色が悪い。


 「なぜ、俺を召喚した?」と問うた俺に三角帽子は「異世界から知見を得る為に」と答える。


 進歩を求める理由は悪くない――が、俺の意思と無関係に行われた召喚は、誘拐と大差ない。


 俺の世界で、行方不明の事件が何回か起こっていた。


 その原因が彼らなら、探しても見つからない理由に納得できる。


 確認の為、目と刀で威圧しながら「俺以外に召喚したモノは居るのか?」と問うたら「はい。双頭の犬と三尾の狐を」と三角帽子は正直に答えた。


 数日間も探して見つけられなかった二匹の手掛かりが瞬く間に得られるとは思わなかった――が、その情報で不安が生まれる。


 先ほど、殺気を向けた男たちは、それらに何をしたのか。


 話の出来る俺とは違い、言葉の通じない相手を如何するか。


 警戒心が強く臆病な二匹が突如、見知らぬ閉鎖空間に閉じ込められたなら、混乱は避けられない。


 人嫌いで獰猛な二匹はおそらく……。


 悪い方に向かう思考を落ち着かせる為、この状況を対処せねば、と心の内で呟いた俺は「元の世界に戻す事は出来るのか?」と三角帽子に問う。


 少しの間を開け「出来ます」と答える三角帽子の語気には、先ほどより力が感じられた。


 『出来る』と言われても、だまし討ちの危惧から『しろ』と命じる気はなかったが、何か企んでいる可能性がある。


 答えを急いたのか「行いますか?」と積極的な三角帽子に「必要ない。確認したかっただけだ」と答えた。


 「そうですか」と呟いた三角帽子の語気は先ほどより弱い。


 それでも「今、召還しなけらば、帰れなくなります」と諦めの悪い三角帽子は「貴方様を待っている人が居るのではありませんか」などと説得を始める。


 先ほどまで、俺に外傷を与えていた事など、忘れているのだろうか?


 冷静さが欠如した三角帽子とまともな話し合いは出来ない、と判断した俺は「お前に上司は居るか?」と問う。


 話を無視された事に唖然とする三角帽子に「居ないのか?」と問い直したら「居ます」と答えた。


 「合わせろ」と簡潔に求めたが、「それは……」と言った歯切れの悪い言葉が返って来る。


 失態で上司を巻き込む事に抵抗が生じる事は当然だが、それも、失敗した三角帽子の問題で、俺の問題じゃない。


 だから「出来ないのか?」と語気を強めた。


 「分かりました」と発せられた声は死にかけに等しいほど、弱々しい。


 俺は、扉を開けて廊下に出た三角帽子を追い、召喚部屋を後にした。





 


 三角帽子に案内された待合室で暫し待つと、金で飾られた衣服を全身に纏う男が現れた。


 その男に付き添う老人は、彼を『王』と呼んだ。


 王から始まった自己紹介は、念のため通称を用いた。


 失礼な態度でも、知らぬ地で如何なる技術があるか分からぬ以上、警戒は怠れない。


 「此度の件、我が配下の愚行を謝罪する。申し訳ない」と頭を下げられた。


 この社会で、頭を下げた王の謝罪に如何ほどの価値があるのか、分からず評価できない俺は「謝罪で済む事ではない」と不満を表した。


 言葉遣いが王に対する態度とは思えなくとも、国民ではない俺がその常識に従う義務はない。


 俺の言葉に「もちろん、謝罪の言葉だけで済ますつもりは無い」と王は言う。


 相手の出方を見る為「どうするつもりだ?」と問うた俺に王は「叶えられる事なら、応える」と躊躇なく告げた。


 どの程度が許容範囲なのかは不明だが、今さら考えるまでもなく、俺の要求は決まっていた。


 俺は「召喚の技術や知識を忘却し、この世界から失わせろ」と言った。


 王の表情から驚きを感じられる程、想定外の内容だったらしい。


 それも当然か――召喚の失えば、俺は故郷に帰れなくなるのだから。


 故に「なぜ、そのような事を」と問われる事は想定済みだった。


 「俺のような被害者は、技術や知識が有る限り、生まれる可能性がある。同胞を同じ目に遭わせたくはない」それが俺の思いだ。


 俺がやらねば、次の被害者が生まれるかもしれない。


 故郷に帰れなくなっても。








 「それは……出来ない」と言う王に「なぜだ?」と問う。


 王は「この世界には、魔――と呼ばれる怪異がある」と語り始める。


 魔――初めて聞いた言葉だ。俺が居た世界には存在しない力か?


 「それは病気、災害、人を食らう怪物などの元凶だ。この世界は、百年単位で魔が濃くなる時期が訪れる。魔を滅する力を持たぬ我らは、異世界の力に頼らねば、その危機を越えられない」


 召喚は生存の為に必要な技術という事か。


 「故に、魔を滅する聖なる力を持つ、聖人、を召喚する為に、その技術を破棄する事は出来ない。それを破棄すれば、次の厄災を我々は越えられない」と語り終えた王は頭を下げ、「頼む。如何か、それだけは――」と懇願する。


 無理な要求は受け入れられない。


 その先に待つのは、戦争だ。


 現状、力量を計れない状況で、戦争は避けるべき方策。


 ならば、妥協が妥当か。


 「聖人を召喚する技術と俺を召喚した技術は同じか?」と問うた俺に「基礎は同じだが、違う世界からの召喚となれば、術式が異なる」と王は答える。


 世界が違えば、術が異なる――か。


 次は「聖人と俺の故郷は違う世界か?」と問うた俺ではなく、王の後ろに控えていた三角帽子を見ながら「違う――よな?」と確認する。


 三角帽子は「おそらく、違う世界かと……」と答えた。


 絶対とは言えないが、異なる可能性は高いらしい。


 それなら、「要求を変更する。一つは、これ以降、俺が居た世界から召喚を行わない。二つは、聖人の召喚を阻害しない範囲で、俺が居た世界から召喚する技術や知恵の忘却に助力する事。以上だ」と要求を改めた。


 その内容を聞かされた三角帽子の表情は不満を表していたが、国を守る王は三角帽子に「可能か?」と問う。


 問われた三角帽子は「確認したい事がございます」と俺を見ながら問う。


 「なんだ?」と問い返した俺に三角帽子は「他の世界から召喚する技術は対象外でしょうか?」と問う。


 他の世界とは、俺の故郷を除いた異世界の事か?


 故郷や同胞を守りたい――という気持ちはあっても、他人を守りたいと思えるほど、出来た心は俺の中に無い。


 更に、守り義務や義理が無ければ、「対象は俺が居た世界に限定して良い」と答える。


 道徳的な判断をするなら、全ての世界を対象にするべきかも知れないが、彼らの正義を守る為に、可能な範囲の妥協は必要だ。


 「でしたら、可能です。貴方の世界から召喚した数は少なく、研究段階ですから」と余計な情報まで、三角帽子は口にする。


 もし、召喚されたモノが俺の知る二匹なら――そう思うと「要求を追加しても良いか?」という事は避けられなかった。


 王は「まだなにか?」と聞く姿勢は崩さない。


 後付けを拒絶しない事にありがたいと思いながら「俺の世界から召喚したモノの解放。既に生きていないなら、弔わせて欲しい」と言った。


 再び、王は三角帽子に「可能か」と問う。


 「加工後でもよろしければ、全て城内にあるので、可能です」という三角帽子の答えを聞いた王は「他に、あるか?」と俺に確認する。


 故郷を守る為に、誘拐や略奪を防ぐ召喚の禁止と技術の忘却。


 犠牲になったモノたちの弔い。


 帰れるなら、帰りたいとも思うが、故郷を守る為なら、監視できる此処に移住すべきだ。


 今だせる事は全て出した。


 だから「ない」と答えた。


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