転生系



 田舎を統治する男爵に仕え十年、男爵の御息女――お嬢様が十歳の頃、命の危険を有する程、深刻な悪魔の呪に侵された。

 男爵お抱えの魔法使いだった俺は、お嬢様を救う為に肉体を捨て、お嬢様を侵す悪魔と対峙する方策に出た。

 俺を魔法の師と呼び慕うお嬢様は、その行為に反抗的だったが、愛着を抱く者を救わぬ後悔に耐えられる程、俺の心は強くない。

 己が後悔から逃れる為、お嬢様に犠牲の上に生きる人生を強いる程度に俺の心は弱い。

 「『悪魔は滅するべき』それが今の世の常識です。共存を見出す俺の正しさは、お嬢様が生き続ける事で、証明されます。」と論じて己が利を説いた後「肉体が死のうと俺は貴女の中で有り続けます」と言ってお嬢様を丸め込んだ俺は、自身の肉体から己が魂を解離し、お嬢様の肉体に宿った。




 それから幾何の時が経ち、俺は再び物質ものを知覚した。

 肉体なき魂に物質を知覚する機会はなく、世界を知れぬ俺が、知り得たのは魂だけ。

 お嬢様の魂を見守りながら、悪魔と呼ばれた魂と対峙する俺の時は、お嬢様の息子として転生した事で、終わりを迎えた。




 お嬢様の肉体に宿る魂が、子の魂となり生まれる事は有り得る現象だ。

 その現象を用いて転生を果たした王の逸話が語り継がれる程度には。

 不可能とは言えない現象だが、近代や現代で確認された例は公表されている記録の中で存在しない。

 俺が記憶を保持して転生した事を告白したら、お嬢様は何を思うんだろうか?

 『信じられません』と疑うか『師匠なら出来るかも』と信じてくれるか。

 後者を期待するも、前者の可能性も捨てきれず、不安が生じる。

 幼い身体に不相応な知識を持つ事を隠し続ける方策は、想定外の連発で失敗しそうだ。

 騙した事が発覚し、信用を失うより、信頼し打ち明ける方が、信用を得られる誠実さだ――と思う。

 俺とお嬢様の仲は、見知らぬ他人や敵対者ではない。

 信頼し合う師弟の関係だったんだから、分かり合える時が来ると思いたい。






 何度も躊躇した告白は、拍子抜けな結果で終わった。

 お嬢様――否、お母様は、俺と再会した事を喜んでくれた。

 危惧していた「気味が悪くありませんか?」と言う問いに「珍しい事ですが、あり得るのでしょう? なら、そのような感情は抱きません。それに師匠が私の子として産まれる事を、私は期待していましたから」と言われ、覚えられていた嬉しさが沸きあがる。

 「期待していたのですか?」と問うたら「ええ。師匠と死別してから、私は霊魂を独学で調べていました。そして、天に召されていない魂が、宿主の子として転生する可能性に至りました」と答えられた。

 俺もその理論は知っていたが、逸話に留まる情報は証拠に成り得ず、実現するまで『ある』と言えない程度に確信は持てなかった。

 お嬢様は、歪な形で有っても、俺との再会を望まれた――それを思うと嬉し涙が零れそうだった。







 次の課題。それは、お嬢様――否、お母様の夫、今の俺のお父様に告白するか否か――だ。

 お母様は、前世の俺を知っていた。

 でもお父様と俺に面識はない。

 お母様は「師匠の事は何度も話しているから大丈夫」と言っていたが、不安は消えない。

 それでも、隠し続ける利は少ない。

 『意図せず発覚するより自分から告白する方が心象は良くなる。それはお母様に告白した事で分かった事だ』と一致しない前例を根拠に虚勢を張りながら、お母様立会いの下、お父様に「俺の前世はお母様の師匠です」と告白した。


 唖然とするお父様がお母様を見る。事前に知っていたお母様は平常心で頷いた。

 その姿を見て「本当なのか……」と呟き混乱するお父様に、「本当よ」と追い打ちをかけたお母様は愉快な表情で「言ったでしょう。師匠が私たちの子供に成るかもしれないって」と口にした。

 それを聞かされた時のお父様は、きっと複雑な思いをしていたと思う。

 今も、複雑な心境だと思うけど。


 俺の方を向いて、しゃがみ込んだお父様は、俺の瞳を見つめながら「本当なのか? 僕を揶揄っている訳じゃなくて」と言う。


 俺は「本当です」と即答した。


 「そうか。本当に転生したのか……」と言った後、お父様は俺に「ありがとう。妻を救ってくれて」と頭を下げられた。

 貸しのない相手から唐突に感謝された状況に戸惑う俺に「僕が妻と出会えたのは、貴方が犠牲になって悪魔から妻を守ってくれたからだと聞いている。本当にありがとう」とお父様は言う。

 想定外の感謝に困惑していた影響で「どういたしまして?」と納得感の薄い返答に成ってしまった。

 お嬢様は想像以上に俺の事を美化してのか、お父様から過大な評価を受けている気がするけど、転生した俺を気味が悪いって拒絶されなかった事は素直に嬉しかった。

 その幸せに浸っていると「これから、なんて呼べば良いのかな? 妻の師匠だから……」とお父様から言われ、歪に家庭になりそうだ――と危惧した俺は「あの! 今の俺は二人の子供ですから、名前で呼んでいただければ……」と提案したた、「えー、昔みたいに師匠って呼んじゃ駄目なの?」と拗ねられた。

 「駄目じゃないですけど、子供を師匠と呼ぶ親は居ませんから」と反論した俺に「でも、師匠だったんだろ」とお嬢様を援護するお父様は愉快な表情をしている。

 お嬢様の『多数決で勝った!』と言わんばかりの勝ち誇った顔に負けた俺は「他人の目は気にしてください」と妥協した。

 嬉しそうなお嬢様から「またよろしくね、師匠!」と言われた俺は「はい、よろしくお願いします」と懐かしみながら答えた。

 その様子をお父様は嬉しそうに見守っていた。

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