魔法とか獣人とか
この世界には二種類の人が存在する。
魔力を生成し、魔法を使える人間は、人類の基準となる種族であり、人類の頂点に位置する。
その基準を下回る種族。それは獣の様な耳や尻尾を持つ獣人だ。
獣人は、自身で魔力を生成できず、魔力を摂取しなければ魔法が使えない。
故に他を頼らず魔法を使える人間より獣人は劣っている。
人間と似通った姿と知能を持ちながら、魔力を生成できぬ獣と同等な獣人を、人間と同列に語る事は人間社会で禁忌である。
魔法で繁栄した人間社会。そこで魔法を軽んじたなら、それは非常識と言われ、嘲笑われるだろう。
――
利き腕に大怪我を負い、白魔導士の回復魔法で傷口は塞がったが、剣を握りしめる力すら入れられない後遺症を負った俺は、騎士団から退団し、町を転々としながら酒に溺れる日々を送っていた。
そんなある日、俺は幼馴染みと再会した。
彼から向けられた感情は怒りや呆れだ。それに到る経緯は彼から告げられ、父が死んだ事を始めて知った。
騎士を辞めた後、故郷に帰らず父に連絡すらせず町々を転々としていた俺の下に葬儀の連絡は届かなかった。
急ぎ、故郷へ帰った俺は父の葬儀に間に合わなかった。
親不孝な自分に嫌悪しながら実家へ帰った俺を出迎えたのは父の奴隷と名乗る小さな獣人の少女だった。
犬の様な耳にフワフワな尻尾と床に付きそうな長い髪は色が抜けたように白い。
その愛玩奴隷は俺の瞳を見上げながら言った「おかえりなさい」と。
俺が現れた事で奴隷や家など父の資産は一人息子の俺に継承された。
もし、俺が帰らなかったら、父の資産は領主の物になっていたかも知れないと、奴隷の
酒に溺れて父の葬儀に参列しなかった愚行を反省した俺は父が残した資産を守ろうと決意した。
生活費の殆どは酒に消えてしまい、父が残した資産にお金が少ない事から、金策が必要に成った。
不出来な手でも可能な仕事を探したが、剣を握る事に熱中していた俺は、仕事を見つけられなかった。
父の残したお金で食いつなぐ生活から自分の不出来さを実感した俺は「出来る事を」と考えて倉庫の整理を始めた。
倉庫で懐かしい物を幾つも見つけたが、見覚えのない物の方が多かった。
整理を手伝う奴隷に聞いた情報から、その殆どは奴隷の為に買われた物らしい。
騎士になると家を出た穴を、愛玩奴隷が埋めていた事に気付いた俺は、その大切さに気付いた。
そして、そんな物を失いかけた事実に自分の不甲斐なさを再確認する事になった。
奴隷と共に暮らし初めて一週間後、剣を入念に手入れする姿を見られた俺は「なんで騎士を辞めたんですか?」と聞かれた。
その問いに答えられない俺を気遣ったのか「ごめんなさい」と謝られた。
乗り越えられていない情けなさを隠すように俺は「謝られる程の事じゃない」と言ったが声までは誤魔化せなかった。
今更もう戻れない。だから口に出す意味がないと我慢していた苦悩。解決しない事を連想したら苦しむだけだから、と見ないようにしていた事実に向き合う機会だと自分へ言い聞かせた俺は騎士を辞めた経緯を話し始めた。
「悪魔に支配された人間と戦う最中、俺は右腕を失った。すぐに回復魔法を受けたて、傷一つない腕を取り戻したが満足に動かない指は剣を握れなかった。仲間たちは俺の手を治そうと必死に治療師を探してくれたが中々見つからなかった。騎士の務めを果たせず部屋に籠る生活に耐えかねた俺は騎士を辞めた」
敵を倒せない騎士を俺は許せない。
だから引き留める雇用主を振り切ってでも騎士を辞めた。
その選択は間違いじゃないと思う。
そんな事を考えてしまうのは善意を無下にした罪悪か……。
告白を終えたら「再び剣を持ちたいですか?」と聞かれた。
俺は「叶うなら」と即答した。
その言葉を聞いた奴隷は戸棚から取り出した瓶の蓋を外し、中で波打つ魔水を飲み干した。
その意図を理解できず混乱する俺の心境を無視し、目前へ迫る奴隷に利き腕を掴まれた。
何やら物静かに口を動かす様子から、それが魔法だと察した俺は、利き腕に感じる熱から魔法だと確信した。
数秒後、腕から熱が引いた時、目前の奴隷は崩れるように倒れかけた。
咄嗟に奴隷を抱きとめた俺の両腕には力がこもっていた。
……。
小型獣人。その区分は大人に成っても小さな獣人を表す言葉だ。
体格が人間の六歳から十二歳程度で成長が止まる事から愛玩的な需要がある。
中型は人間と同等の体格で身体能力も大差ない事から使用人など強い筋力を必要としない労働力として需要がある。
大型は人間を凌駕する体格で身体能力も体格に比例して人間より優れている事から建築や輸送など筋力を活かした労働力として需要がある。
人間を越える身体能力を持つ大型獣人が人間に奴隷化されているのは、獣人が魔力を生みだせないからだ。
魔力は魔法の源。それを生み出せない体質な獣人は、魔力を直接的に摂取しなければ魔法が使えない。
魔力を含有する水や魔力の結晶を飲み食いして魔力を得ていた獣人は人間の計略でそれらが枯渇した末、敗戦した。
現代では、人間がそれらを管理している事から獣人が奴隷から脱する事は難しい。
人間と遜色ない獣人を奴隷化している人間たちの言い分は「魔力を生成できない獣人は獣に等しい」だ。
奴隷を労働力として用いている現代の人間社会は、奴隷を失いたくない様子だ。
中には奴隷を人間と等しく扱う者が居ても、それは異常者として扱われる。
――
姿の見えぬそれは宿主の魔力を喰らう事から、悪魔、と呼ばれている。
魔力を喰らい強くなった悪魔が宿主の意識を奪い、更なる魔力を求めて魔力を含有する物を喰らい始める。
悪魔が宿る事を魔病と呼び、宿主の自我が確認できなくなった場合、治療は不可能だと考えられている。
悪魔に侵されているから必ず魔病が発祥するとは限らない。
予防法は発見されておらず、治療法は獣人など魔力を生成できない生物なら魔法で魔力を使い切り、魔力を得なければ、魔力不足で悪魔が退治できる。
生成してしまう人間の場合は、魔法を使い続けて可能な限り魔力が無い状況を維持する。
悪魔は魔力が不足すると外から魔力を直接的に得ようと宿主の精神に働きかけ、魔力を得たいという衝動を宿主に抱かせる事から、悪魔を退治する際、魔力をする衝動に打ち勝たねばならない。
魔病で甚大な被害が発生した例は幾つかあり、その中には大量の犠牲者を出している事もあり、その意識は低くない。
悪魔は魔力が高い(多い)存在に宿りやすいと考えられている。
魔法は個人の意思で行う事であり、他者が代行する事が出来ない事から、意識を失っている間に魔力が溜まる事や、大がかりな魔法を使う為に魔力を溜めている場合など、魔病に感染する可能性が高まると考えられている。
魔病は人間に限らず魔力を有する生物なら須らく発症し得る事から、魔病を発症した野生動物が魔力を求め、人里を襲うなんて事が度々起こっている。
強くなった悪魔は、宿主より格上の魔法を使う場合があり、修練を積んだ人間でも敵わない事がある。
騎士は魔病に侵された生物から人々を守る事が意義の一つであり、騎士の対応で不足する場合、冒険者に依頼が来る事があるほど、魔病の脅威であると人間社会は見なしている。
――
生活魔法。そう呼ばれる魔法は、衣服の汚れを落としたり、鍋を熱したり、お風呂を沸かしたり、といった生活に根ざした技術だ。
傷みや味など、感覚的な要素が重要な魔法は、使えば使う程、成熟し、その程度が高まる事から、基本的に年長者ほど魔法が優れている。
最も長く生きていても魔法を使わなければ成熟しないし、色々な魔法を少しずつ使っていたら、器用貧乏になってしまう。
だから、魔法はこれと決めた何かに絞り、魔力を無駄なく使い切る事が魔法の上達法だと現代では考えられている。
俺が剣を振り回す以外の仕事が見つからなかったのは、戦う魔法しか使っていなかった俺に、それ以外の魔法がまともに使えなかったからだ。
魔法を使わない労働は、その殆どが奴隷である獣人の役割であり、人間が行う事じゃない。
だから、剣を振らない俺に出来る仕事は無かった訳だ。
――
国家や領主へ仕える騎士は、民の願いを直接聞いて、行動する事は無く、雇用主の命に従うのに対して、冒険者は報酬を用意し、依頼して契約を結べば平民でも願いを叶えてもらえる。
だから、冒険者に対する依頼の殆どは、平民、商人、貴族や王族などの個人的な内容、など、政務とは異なる形で行われる。
冒険者が個人で依頼を受けていては、多くの依頼を行えない事から、仲介する組織、冒険者組合が作られ、それらの組織を通して多くの依頼は冒険者の下へ届けられる。
依頼の受注方法は、誰もが見られる掲示板に張られた依頼や、特定の個人を指名した依頼など、依頼内容に応じて異なっている。
特定個人を指定する場合、仲介料が高額に成る傾向あり。
冒険者組合を通さずに取引したら、仲介料が無くなり報酬を安くしたり、利益の増加を見込めるが、手間暇を考えたら、手続きを冒険者組合に任せて、安全や安心を得ながら依頼を行う方が楽な事から組合に頼る人が殆ど。秘密裏な依頼を除けば、だが。
冒険者になった俺が冒険者組合へ行くと「此処は喫茶じゃねーんだぞ」と揶揄われる事が多い。
その原因は、俺が連れている奴隷だ。
愛玩奴隷として人気のありそうなそれを冒険者組合という不釣り合いな場所に連れていたら、誰だって異常に思うだろう。
それでも、それは俺の相棒なんだから、それが此処に居るのは正常な事だ。
――
反抗的な獣人は俺の愛玩奴隷に言った「俺たちの仲間になれ」と。
それは、その誘いを断った。
その理由を尋ねられ、答えた内容は「無謀な反抗だから」だった。
「獣人と人間の戦争で、獣人は湧き水から魔力を得ていた。その湧き水は尽きることなく流れ続けていたから、獣人は負けないって思っていた。でも、人間は湧き出る泉に毒を垂らした。そこから流れる水を飲んだ獣人たちは病に苦しみ始めた。そして、獣人は生き残る道を選んで降伏した。獣人と人間の戦いで勝敗を分けるのは、何時だって魔力。今の人間界でそれを支配しているのは人間だから、獣人に勝ち目無い。『勇敢』っていう誇りから勝ち目のない戦いに挑むのは、降伏せず最後まで戦い死んでいった人たちと同じ。それは何の解決にもならない事。
それは昔を知っているかのように語った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます