【最終章 始まりを迎える為の反抗 】03

                   ◇

「おいマジかよ、ここって!」

 坂の上に辿り着き一旦停止する。

 生姫が案内したその場所は正面に柵で囲われた川があり、その向こうの少し下にある神社への最短かつ最も危険な路だった。

「馬鹿か!こんなの死ぬわ!」

「時間が無いんだよ!これしかないんだよ!」

「嫌でも・・・・・・」

 自転車で飛ぶにはここは不向きすぎる上にミスしたら致命傷もんだ。

「このままじゃできない、もっと沿った坂がないと・・・・・・」

「・・・・・・ちょっと待ってて!」

「え、おい!」

 ロードバイクを降りてどこかへ行ってしまった生姫だったがすぐさま頭の可笑しな物を持ってその物を柵に斜めにして掛けてから戻ってきた。

「これでいけるか?」

「マジで言ってんのかよ・・・・・・」

 生姫が置いたその物は横幅五センチ程の長い角材だった。

「中国雑技団じゃねえんだぞ・・・・・・」

「でも、今はやるしかないんだよ!」

 逡巡するこの間にも霧縫は危険な目にあっているんだ。

「う~~」

【助けて!大城君!せきちゃん!】

 前方から微かに聞こえてきたそのギリギリ届く大きくも絶望に打ちひしがれそうになる声に覚悟を決めた。

「行くぞ生姫!」

「おうよ!」

 ペダルを漕ぎ始めると同時に下り坂で急速にロードバイクが加速しながらくだっていく。

 運よく車に鉢合わせることなく道を突き進んでその勢いのまま幅五センチの角材に乗り上げて前方高々に飛んでいった。

「掴まってろ生姫!」

「ちょ!大城!」

 宙を舞い、神社の敷地内に落ちていく。

 このままじゃ二人とも大怪我間違いなしだと直感した僕は後方の生姫に覆い被さる様にしてロードバイクから降りて地面に叩きつけられた。

「グヘッ!」

 ある程度受け身に似た態勢をとっていたので痛みはそんなに酷くは無かった。

「大丈夫か大城?!」

 お腹の上に乗っている生姫が不安げに聞いてきたので軽くあしらうように「あ、大丈夫」と口にしてからお腹からどいてもらって立ち上がる。

「一応決め台詞言っとくか」

「なんだよそれ?」

 馬鹿みたいにド派手な登場だ。ならここは

「待たせたな霧縫!」

「えぇ、ミステリー研究部のお出ましだ!」

 二人してボロボロの姿になりながらも大切な部活仲間であり友人の霧縫と犯人の君嶋に指を指して堂々とそう口にした。

「痛っ!」

「大丈夫か大城?!」

 せ、背骨が・・・

「お、お前らあああ!」

 驚きも束の間。次の瞬間には顔を赤くしながら激昂し、何故かボロボロの顔をしていた君嶋らしき男が怒鳴る様にして悪役っぽい言葉を口にした。

「さて、何も考えずにここまできてしまったがどうするか・・・・・・」

 着いて早々霧縫さんの声に神社に駆けたのだがその先の事を全く考えていなかった僕ではある。

「生姫は何か策あるか?」

 何となく振ってみるが――

「あるわけないだろ、僕を誰だと思っているんだ?」

「自称神様だろ?」

「馬鹿野郎!」

「なんだよ彼奴ら、なんなんだよ!どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって!」

「んんん!」

「霧縫!」

 次の瞬間、霧縫の首に縄を通し終えた君嶋は脚立を取っ払って霧縫を宙吊りにした。

「十秒だ!それでかたを点けろ!」

「え?」

「僕が十秒、以前に言った能力で稼いでやるから大城は自分のやれることをやりやがれ!」

「やれる事ねえ、オッケー!」

 ここから本殿までは五十メートルちょい、行けるか?いや、行くんだ!

「二秒後に思いっ切り走れ」

「おう」

【2】

 全てが僕に掛かったこの状況。プレッシャー半端ないが

【1】

 プレッシャーにはバスケで慣れっこなんだ。待ってろ霧縫!

「行け!」

 神野の言葉と同時に前傾姿勢で本殿へ思いっ切り駆けだす。

【君嶋、お前の欲望を引き出させた奴はいったいどんな容姿をしていた!】

 後ろから生姫が怒鳴る様にそう口にする。

 するとまるでゴルゴーンの目を見て石になったかの様に君嶋は固まり、口を開いて答えた。

「少女だ。高校生くらいの少女・・・・・・」

 次の瞬間君嶋はハッと自身の行動の不可解さに唖然としていた。

 まるで自身の意思とは別に強制的に答えさせられたと言った感じの様子。

「十秒もたねえじゃねえか!」

 その間七秒。

 僕と本殿にいる二人との距離は数歩の位置。

「なんだよ!お前ら本当になんなんだよ!ぶほっ!」

「んんんん!」

 霧縫は縄を回転させながら後方に居る君嶋の顔面にキックをお見舞いした。

 ありがとう霧縫!ここしかない!

「僕たちは通りすがりのミステリー研究部だよ!」

 後ろポケットに隠し持っていた過保護グッズを取り出して本殿へ続く階段を駆け上がってよろけた君嶋の首元に向かって過保護グッズを当てる。

「自分の欲望も抑制できないなら大人しく寝てろ!」

 スイッチに触れると勢い良くバチバチと高電圧の電流が君嶋の首元に放たれる。

 電流は君嶋の体内を巡って一瞬にして君嶋は白目を向いて気絶してしまった。

 過保護な母さんからの十歳の誕生日に貰ったくだらないものがここで使えるとは・・・・・・

 急激な運動と蓄積していた疲労がピークを迎えてスタンガンを手放してその場に崩れ落ちてしまう。

「だっせえな、やっぱ」

「夜靄!」

 後から駆け付けた生姫が脚立を直して霧縫の足がつくようにしてあげた後に縛られていた足と腕をほどいて最後に首にかかった縄を外した。

「せぎぢゃあああん!ごわがっだよおお!」

「ちょ夜靄!」

 脚立を降りた霧縫はそのまま生姫に抱き着いて子供の様に泣きじゃくっていた。

「一応は何とかなったか・・・・・・でも・・・」

 僕らは此処に来るのが遅すぎたんだ。

 霧縫さんは助けられたがたったそれだけだった。

 吊るされる神主らしき人を見て悔しさが滲み出てくる。

「もっと早ければ・・・」

 そんなどうする事もできない罪悪感が心の中で靄となって湧きあがってきた。

 それでも今はここで僕らが助け生きている霧縫の安全を守ろう。

 崩れ落ちた身体を起こして君嶋の手と足を霧縫を縛っていた縄で縛って本殿に寄りかからせた。

「これでよし。後は警察の仕事だ」

 神主さんには悪いが現場証拠をずらすわけにもいかず、一礼した後に生姫達に言う。

「そうだね、今は一旦場所を変えよう。夜靄立てるか?」

「・・・うん」

 僕らは一旦本殿を出て鳥居の階段に座ることにした。

 まるで先程まで起きた事から意識を背ける様に僕らは神社から背を向けている。

「なんか・・・すっごい疲れたな」

 気を紛らわす為に吐いた言葉だったがうまい事は言えなかった。

「ごめんなさい・・・・・・私のせいで・・・・・・ごめんなさい」

 俯き自傷の言葉を吐きながらすすり泣く霧縫の姿を見て昔を思い出した。

 最初の数件は自傷に狩られて塞ぎがちになって生きていることすら罪悪感に満ちて気持ち悪かった昔の自分の姿を霧縫を見ていて思い出した。

 今の霧縫を見ているとそんな昔の自分を見ているようでどうも気持ちが悪い。

「なあ霧縫、どれだけ泣いたら気が晴れるんだろうか?どこまで自傷したら死人は許してくれるんだろうか?」

「大城!そんな言い方は無いんじゃないか?!」

 神野の注意を聞きながらも僕は続けて言葉を口にする。

 ヒリヒリと痛む身体。ギリギリとまるで鑢に掛けられている様に削られていく人間としての心を全て包み込んで友人として接してくれている霧縫達を思って続ける。

「昔な、一人の警官に言われたことがあるんだ。自傷に浸る時間があるなら死んだ人の分まで人を助けろって、それが無理なら忘れちまえって、無茶でも無理でもこの二択しか死者を目の前にした奴には出来ないんだからってな。本当に無茶苦茶で自分勝手な言い分だろ?だけど最後にその警官が言ったんだよ。下には地獄。上には天国。そして今生きるここはその両方を担う天秤だ。天秤に居る限りはどちらに転ぶ事もないんだから精々転んでいきたい方向を向いてお前は自分らしく転がり続けろって」

 誰かを必死になって助ける事が一つの償いの仕方で、忘れる事で自分の人生を謳歌し、何事もなかった様に死を迎えることがもう一つの償い方だとその警官は言い。

 次にどうありたいかを決めろと言ってきた。転がり方は自由だ。上を向いても良いし下を向いても良い、だけど止まる事はするな、こんな人生の分岐点で突っ立ってないで潔く自分なりの答えと共にずっと遥か果てまで転がり続けろと。

「どうせ死んだ者を生き返らせるなんて出来ないんだからこれでしか僕らは自己満足は満たせないんだよ」

 今までの僕は下を向いて事件の事を忘れて生きる選択をしていた。

 だけどどうやらこいつらと会って考えが変わった。

 僕は見てみたいんだ。上を向いて今まで見てきた死者以上の人数を助けながら進む道を。

「なあ、お前はどうするんだ?霧縫?」

 青く光る月が僕らを照らし、虫の鳴き声と少女の泣き声だけが耳に届く夜。

「私は・・・・・・助けたいの、どれだけ時間が掛かってでもいいから・・・・・・助けたい」

 途切れ途切れだが自分の意志で導き出した答え。

「無茶だって実感した。無謀だって痛感した。だけど・・・・・・だけどそれでも私は助けたいの・・・・・・」

 小枝の様にすぐに折れそうな声ながら僕よりも固い決意のもったその言葉。

「なら頑張らないとな、僕はもう返せる域を超えてる不可能な道のりになっちまってるけどお前はまだ間に合うんだから」

 足元にしがみついてくる死者の亡霊を見ていつの間にか動けなくなり心を閉ざして何もかも忘れようとしていた僕とは違って霧縫は強い人だから大丈夫だろう。

「なあにしみったれた事言ってんだ!このちびっ子!」

「痛っ!怪我人に何すんじゃ!って、人がカッコつけてるのにそりゃないだろ!後ちび言うな、平均よりちょっと下なだけだ!」

「ばあか!どっちにしろちびっ子じゃねえか!僕と三センチしか違わねえくせに!お前は少しは気の利いた一発芸でもして場を沸かせる努力でもしろや!」

「沸くどころか炎上するわ!今の立場分かる?!」

 なんていつも通りにその場にそぐわない馬鹿みたいな口論を生姫としていると横からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「二人ともありがとう」

「「お、おう・・・・・・・」」

 なんだろうか、今の言葉に表せないこの感情は・・・・・・

 まあ霧縫が前を向く決心ができたならこれはこれで良いかな。

「それとね大城君」

「ん?」

 赤く腫らした目をこちらに向けたと思えば霧縫は立ち上がって僕と生姫の間に入って抱き着きながら

「別に一人で返そうと思わないでよ。私達は友達でミステリー研究部なんだから、皆で返していこうよ、ね?」

 意外な言葉に拍子抜けしながらも生姫も肩を組んできて

「そうだぜ!元はと言えばクソジジイがお前に授けた能力なんだ。一人で返す義理なんてないんだ。ゆっくりでも着実に僕ら三人で返していこうぜ!生憎と時間はたっぷりあるんだからな!」

「・・・・・・」

 一人の時だったら絶対に感じられなかっただろうな・・・・・・本当に頭が上がらないよ

「そうだな。これからもよろしく・・・二人とも」

「おう」

「はい」

 何も終わってない今から僕は、僕達は歩きはじめるんだ。 

「ならまずはちゃっちゃと欲望さんを捕まえねえとな」

 最初に終わらせる事は全ての始まりのこいつからだ。

「そうだな。情報も一応は手に入ったしこいつから始めるか」

「ですね」

 それから僕らは警察が来るまで何をしゃべる事もなく、各々心の中で今回の一件について思い、これからについて考えていた。

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