【最終章 始まりを迎える為の反抗 】02.5 【side kirinui】

                     ◇

「え?」

 ここは・・・どこ?

 私のおかれた状況について把握しようと周囲を見回す。

 視線の先にあるのは柵?出口は・・・鳥居?てことはここは神社?

 いつの間にここに来たのだろうか?頭が痛い、そう言えば後ろにいたタクシーが私たちの乗っていたタクシーにぶつかってそれで・・・・・・私は猫マスク・・・君嶋に・・・・・・

「やあ、やっと起きたのかい?」

「んんんん!」

 口に猿ぐつわをされているのか声が出ない。なんで、なんで私がこんな目に・・・・・・

「おぉ、そんなに怖がられると困るよ、早く君の事を殺したくなっちゃうじゃないか、私の計画を踏みにじってくれて胸糞悪い気分だったが中々どうして、君のその恐怖に満ちた顔を見ているとそんなこともどうでもよくなっちゃうな~」

 猫マスクを被っている君嶋はそう言いながら私を舐めまわすように見てくる。

「んんんんん!」

【誰か・・・誰か助けて!】

 言葉にならず。ただ悲鳴の声だけが私の口から漏れ出てくる。

 手足もタオルできつく縛られていてこの場から逃げ出す事もできない。

「流石に五月蠅いな!起きて早々不快な思いをさせないでもらえるかな?喜んでくれるのは嬉しいけど近隣住民の迷惑になるから黙っていてくれないか?あとちょっとで完成するんだからそこで大人しく待っていてくれよ。なあ!」

「んんんんんんん!」

 君嶋が怒りに身を任せて私の腹部を思いっきり蹴ってきた。

 つま先がみぞに入って過呼吸気味になる。

 何で私なの・・・どうして・・・

 ただその思いだけが頭の中を駆け巡る。

 ただ私は一人が嫌だから、もう独りぼっちになるのが嫌だからみんなと一緒に居ただけなのに・・・どうしてこんな・・・

「それじゃあ、いい子で待っててね」 

 うずくまってすすり泣く私を見て君嶋は離れて行った。

「ん・・・・・・んんんん!」

【嫌・・・・・・嫌嫌嫌嫌!】

 君嶋の向かう先を見て思わず絶句し叫んでしまう。

 脚立が置かれ、神社の本殿の上部の柱に縄が縛られており、その縄には虎のマスクを被った神主らしき男性が吊るされていた。

 狂ってる、何で・・・・・・何で!

 偶然居合わせたのであろう神主さんらしき服装した人物がピクリとも動かず失禁していた。

「んんんんんん」

【ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!】

 私は心の中で謝る事しかできなかった。

 許されるなんて思ってない、これは紛れもなく私のせいだ。私がここに連れてこられたからあの人は・・・・・・本当にごめんなさい!

 ただ己を自傷するしか今は手段が無かった。

 あの人を助ける為に何かをする事も出来なければあの君嶋を捕まえる事も出来ない。

 思いあがるだけのただの凡人でしかなかった。

 大城君の言った通り私は探偵でもなければ警察でもない、ただの学生でしかなかったんだ。

 今になって私はどれだけ自分が能天気な事を口にしていたのか、どれだけ妄想のぬるま湯に浸って犯人を捕まえようと意気込んでいたのかを痛感した。

「もうちょっとで君の分も用意できるからね~でもマスクはもう使っちゃったし、君のマスクはどうしようかな?」

 脚立をずらして隣の柱に同じ様に縄を縛り始める猫マスク。

 何も無かったかのようにお気楽に君嶋はさも平然と作業を進めながら言葉を口にする。

「まあいっかな!何となくやってみたいと思っただけだし!・・・よし出来た!」

 命を落とす為だけに作られた円を描いたわっかがついた縄が不気味に姿を現した。

 私の首を通すわっか・・・嫌。

「んんんんんんん!」

 心ではどんなに死んだ人に謝罪しても同じ様に自身が首を吊って命を落とすのは嫌だと心が叫ぶ。

 最低だろう、滑稽だろう、人を殺した殺人鬼を捕まえると意気込み、その過程で死者を出させた私がこうして自身に死の宣告を言い渡された瞬間に生にすがりつこうとするなんて身勝手が過ぎるとつくづく思う。

 だけど・・・・・・それでも私はまだ生きたいんだ!

 まだやりたい事だってある、最近やっと手に入れたどうしようもない程にくだらないけど大切な居場所を仲間を、私は手放したくない。

 もう独りになりたくない・・・・・・

【助けて!お願い・・・誰か・・・】

 夜の静寂が狂気に満ちながら神社の周囲に人がいない事を残酷に告げる。

 叫べど叫べど誰も助けには来ない。

「そんなに楽しみにしてくれるなんて作り甲斐があったってものだよ!そうだ!僕のマスクを君に被せようか!」

 君嶋はそう楽しそうに言いながら猫マスクを脱ぐ。

「ん・・・」

 何故に貴方はそこまでに顔が傷だらけなの・・・・・・

 顔の皮膚は爪で引っ掻いたのかボロボロになって多数の傷が出来ており、髪の毛はストレスでなのか全て抜け落ちて見るに堪えない姿をしていた。

 飯塚さんという人が言っていた冤罪事件のせいなのだろうか?でもどうしてこんなにも醜い姿に・・・・・・・

「何でそんな目で見る!お前らが!お前らがやった事だろ!人に罪を擦り付けておいて自分は高みの見物!何もやってはいないのに金を払えとまくし立ててきて味方である筈の警察は無理矢理檻の中に私をぶち込んではクソみたいな噓に対して首を振って嘘の自白をしろと言ってくる!この悔しさが分かるか!この憎さがお前には分かるか!」

「んんんんんん」

 私の顔を見て激昂した君嶋は怒りの言葉をぶつけながら何度も私を蹴り続ける。

「どれだけ否定しても結局は偽りの主張に飲み込まれていく!足掻けば足掻くほど自分の首が締まっていくこの現状がお前には分かるか!」

 自身の味方になってくれる人はその場には誰も居なかったのだろう。どれだけ足掻いてもどれだけ相手に正論の言葉をぶつけても全てまるめ込まれてすんなりと否定に変えられてしまう。

 彼の事を考えるとこんな痛みなど軽いものなんだろうと思わずにはいられない・・・・・ 

 だけど思うだけで私は絶対に肯定なんかしない。

 だってそれじゃあ貴方を慕ってくれた飯塚さんの気持ちはどうなるの?その場に居なくとも君嶋の無罪を信じて動き続けてきた飯塚さんの想いはどうなるの?だからこれは肯定しない。

 こんなのは子供の駄々こねと同じで自分の言い分を聞いてもらえないからと反抗してそっぽを向いてしまう子供達と同じだから。

 そんなものに私は絶対に肯定できない。

「なんだよその顔!私が悪いってのか!被害者である私が悪いって言うのか!あぁもういいよ!お前も彼奴らと同じで私を悪者に仕立て上げるつもりだろ!私は悪くないんだ。私は悪くないんだ!」

「んんんん!」

 私を抱えて縄の場所に持って行こうとするのを必死に抵抗する。

 自分の命の為に、飯塚さんの為に、過ちを繰り返す彼を捕まえなければいけないんだ。

「大人しくしろよ!」

 君嶋の蹴れ出した足がまたもみぞに入ってもだえる。

 泣いちゃ・・・・・・駄目なんだ。

 今は足掻かないと・・・誰かが君嶋を見つける時間を稼がなきゃ、ボロボロになってでも私は君嶋をどんな手段であっても捕まえないといけないんだ!

 彼も被害者なのだから、ここまで追い詰めた私たち他者がどうにかしないといけないんだ!

 足掻くことを止めずにただ必死に動き回る。

 だがそんな事をしても誰かがここに来ることは無かった。

 動き疲れて疲弊して抵抗もできなくなり君嶋の成すがまま縄の前に連れてこられてしまった。

「本当に世話をやくクソガキなこった。だがこれで終わりだよ」

 隣りから異臭がして鼻がツンとして今にも吐きそうになる。

 死に対する恐怖や誰も来てくれない現状への絶望感に打ちひしがれそうになる・・・・・・

 死にたくないよ・・・・・・誰か・・・・・・

 君嶋は本殿の端に置かれていたバックからホワイトボードを取り出して何かを書いてから私の首にかけてその上から先程まで君嶋が被っていた猫マスクを無理矢理私に被せた。

「それじゃあ準備も整った事だし。死のうか!」

 私を脚立に乗せてから無理矢理首に縄を通し始めた。

「んんんんんんん!」

 どうにもならないけど、ただ必死に足掻きながら願った。

【誰か助けて――】

 段々と紐が首に通る感覚が伝わって来る。

「んんんんんんんん!」

 恐怖と悲鳴で涙がとまらない。

 猿ぐつわが唾液と動き回った事によって若干外れた。

「助けて!大城君!せきちゃん!」

 居もしない二人の名前を叫んだ。

 両親でもなくただ彼らが今は何よりも手放したくないものだったから、何よりも掛け替えのない私の心の拠り所だったから。

 どうしようもない程に自分勝手なせきちゃんに最近仲良くなれそうだと思っていた大城君。

 私が人生ではじめて出来た二人の友達・・・・・・失いたくないよ・・・・・・

「死にたくないよ・・・・・・」

【ガシャン!】

「え・・・」

「なんだ?」

 どこからともなく聞こえてきた大きな衝突音。

 マスク越しでぼやけていながらも微かに見える木にぶつかってグシャグシャになったロードバイクと見覚えのある二人のボロボロの姿。

「待たせたな霧縫!」

「ミステリー研究部のお出ましだ!」

 それは最高におかしくて私の大好きなミステリー研究部の大城 白野おおしろ はくののと部長の神野 生姫かんの せきの姿だった。

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