第13話 難解な手紙
リビングに戻った私達は、早速手紙を読み進めた。
文章は形式ばった書き方で成り立ち、婉曲的な言葉がズラズラと並んでいる。
(読解問題とかに出てきそう……。葉月さんは理解出来るんだろうなぁ)
文字を追う葉月さんの目には、何の戸惑いも見られない。
そんな金の瞳から目を離して、私は再び手紙へと視線を落とした。
【拝啓
そちらは酷暑の
そんな感じの文があと四、五行連なっている。
大地が揺れるほどの歓喜が──などと書かれており、相当大袈裟に表現が施されていることが見て取れた。
(うん、全く情景が伝わってこないね。これって私の読解力の問題なのかな? )
国語はそこまで苦手じゃないのに、と少し悔しく思う。
季節の挨拶が終われば、段落が一段下げられている。
ついに本題に入るようだ。
ゴクリと喉を鳴らして、私は目線を下げた。
【ここからは、まどろっこしい文体を使わずに話そうと思う。
そこで一緒に見ているであろう結奈にも、すれ違うことなく事情を伝えたいからだ。】
(なにぃ!? 私が日本語を読めないとでも? ……いやまあ、実際理解できなかったし、ありがたいけど!! )
最初の挨拶文は、どうやら読み飛ばしても良かったらしい。
一気に労力が"浪力"へと変わる。
溜息をつきかけた私は、とりあえず続きを読むことにした。
【問題が生じたため、
敬具】
「……何かあったんでしょうか? 」
一般人の言う【問題】と一国の王の言う【問題】は、重みが違う。
ざわりと胸騒ぎを覚えて、私はぎゅっと拳を握った。
しかし、そんな私の不安を、葉月さんは柔らかい微笑みで払拭する。
「大丈夫ですよ。大事だとしたら、このように手紙を送る余裕などありませんから」
その言葉には、ビール云々を書く余裕など無いよ、という意味が込められているのだろう。
(なるほど、確かに)
私は素直に納得し、胸を撫で下ろした。
葉月さんは笑顔のまま眉を下げた。
「お世話になる期間が伸びてしまい、とても心苦しいのですが、もうしばらくお部屋をお借りしてもよろしいですか? 」
ひどく申し訳なさそう声色に、私はブンブンと思い切り首を縦に振った。
「もちろんです! むしろ、葉月さんと長く一緒に居られて嬉しいですから! 」
笑顔でそう答えれば、葉月さんは僅かに目を見開いたあと、破顔した。
「私もです」
その短い言葉に深い意味は無いのだろう。
ただ単に、私の言葉に返答しただけ。
けれど、私の心拍数を暴走させるには十分な威力だった。
バクバクと音を立てる心臓と、頭が沸騰するように熱くなる感覚。
恐らく顔は真っ赤に染まっている。
そんな赤面した顔を見せるのが恥ずかしくて、私は勢いよく俯いた。
思い返せば、自分はなんと厚かましいことを言ってしまったのだろう。
一緒に居られて嬉しいだなんて、捉えようによっては破廉恥な言葉ではないか。
(で、でも! 葉月さんは同意してくれたし! 別に私も他意はないし! それに……葉月さんはあまり恋愛に興味無さそうだし)
自分で言っておいて落ち込んだ。
俯いたまま、私は心の内で百面相を繰り広げる。
──だから、私は気づかなかった。
手紙に目を向けた葉月さんが、険しい表情をしていることに。
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