第13話 難解な手紙

 リビングに戻った私達は、早速手紙を読み進めた。

 文章は形式ばった書き方で成り立ち、婉曲的な言葉がズラズラと並んでいる。

(読解問題とかに出てきそう……。葉月さんは理解出来るんだろうなぁ)

 文字を追う葉月さんの目には、何の戸惑いも見られない。

 そんな金の瞳から目を離して、私は再び手紙へと視線を落とした。


【拝啓


 雲翳うんえいの候、日差しが恋しく感じられるこの頃ですが、葉月殿はいかがお過ごしでしょうか。

 そちらは酷暑の最中さなかだと拝聴し、常世と現世が如何いかに対称的な存在であるかを、改めて認識致しました。】


 そんな感じの文があと四、五行連なっている。

 大地が揺れるほどの歓喜が──などと書かれており、相当大袈裟に表現が施されていることが見て取れた。

(うん、全く情景が伝わってこないね。これって私の読解力の問題なのかな? )

 国語はそこまで苦手じゃないのに、と少し悔しく思う。


 季節の挨拶が終われば、段落が一段下げられている。

 ついに本題に入るようだ。

 ゴクリと喉を鳴らして、私は目線を下げた。


【ここからは、まどろっこしい文体を使わずに話そうと思う。

 そこで一緒に見ているであろう結奈にも、すれ違うことなく事情を伝えたいからだ。】

(なにぃ!? 私が日本語を読めないとでも? ……いやまあ、実際理解できなかったし、ありがたいけど!! )


 最初の挨拶文は、どうやら読み飛ばしても良かったらしい。

 一気に労力が"浪力"へと変わる。

 溜息をつきかけた私は、とりあえず続きを読むことにした。


【問題が生じたため、其方そなたらの常世への転送は一月ほど先送りになった。しばし待たれよ。

 なお、その期間に美味しいビールを用意すると良い。送り主は大層喜ぶと思うので、是非頼む。


 敬具】


「……何かあったんでしょうか? 」

 一般人の言う【問題】と一国の王の言う【問題】は、重みが違う。

 ざわりと胸騒ぎを覚えて、私はぎゅっと拳を握った。

 しかし、そんな私の不安を、葉月さんは柔らかい微笑みで払拭する。

「大丈夫ですよ。大事だとしたら、このように手紙を送る余裕などありませんから」


 その言葉には、ビール云々を書く余裕など無いよ、という意味が込められているのだろう。

(なるほど、確かに)

 私は素直に納得し、胸を撫で下ろした。


 葉月さんは笑顔のまま眉を下げた。

「お世話になる期間が伸びてしまい、とても心苦しいのですが、もうしばらくお部屋をお借りしてもよろしいですか? 」

 ひどく申し訳なさそう声色に、私はブンブンと思い切り首を縦に振った。


「もちろんです! むしろ、葉月さんと長く一緒に居られて嬉しいですから! 」

 笑顔でそう答えれば、葉月さんは僅かに目を見開いたあと、破顔した。

「私もです」


 その短い言葉に深い意味は無いのだろう。

 ただ単に、私の言葉に返答しただけ。

 けれど、私の心拍数を暴走させるには十分な威力だった。

 バクバクと音を立てる心臓と、頭が沸騰するように熱くなる感覚。

 恐らく顔は真っ赤に染まっている。

 そんな赤面した顔を見せるのが恥ずかしくて、私は勢いよく俯いた。


 思い返せば、自分はなんと厚かましいことを言ってしまったのだろう。

 一緒に居られて嬉しいだなんて、捉えようによっては破廉恥な言葉ではないか。


(で、でも! 葉月さんは同意してくれたし! 別に私も他意はないし! それに……葉月さんはあまり恋愛に興味無さそうだし)

 自分で言っておいて落ち込んだ。

 俯いたまま、私は心の内で百面相を繰り広げる。


 ──だから、私は気づかなかった。

 手紙に目を向けた葉月さんが、険しい表情をしていることに。

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