第14話 ショッピングモールにて

 駆け回る子供と、それを注意する両親。

 楽しそうに手を繋ぐカップル達。

 タイムセールを告げるスタッフの声が、賑やかな声の渦に負けることなく聞こえてきた。

 場所はショッピングモール。

 バスと電車を乗り継ぎして、1時間ほどかけて到着したそこは、夏休み故に混雑していた。


 十年とは、ものを劣化させるのに十分な月日であった。

 食器は酷く汚れていて使える物がほとんどないし、葉月さんの服となるはずだった父の服は、虫に食われて穴だらけ。

 早急に買う必要があると判断した私達は、焼け付く太陽に焦がされながら、外へと繰り出したのだ。


「凄いですね。沢山のお店がひとつの建物に集約されているなんて、初めて見ました」


 常世は個人経営主体なので、こういう商業施設の概念はなかったのだろう。

 物珍しそうに辺りを見回して、葉月さんが言った。

 私はそんな葉月さんを横目に、メンズ服をチェックしていく。


(うーん、男性のファッションはよく分からないんだよね。でも、洋服初心者の葉月さんに放り投げるわけにもいかないし……困ったなぁ)

「そちらのニットは5分袖なので、これからの時期にぴったりなんですよ」

 店頭に並ぶ服を見ていると、不意に誰かが声をかけてきた。

 女性の店員さんだ。

 葉月さんの方を見ては、顔を赤らめている。


 そんな店員さんに苦笑しつつ、私は紺のニットを手に取った。

 同じ種類で白もあったのだが、何しろ葉月さんは髪も肌も白いのだ。

 濃い色のほうが映える。

「このニットに合わせるとしたら、下は何が良いでしょうか」

 そう尋ねれば、女性店員の眼光が鋭く光った。

 よくぞ聞いたと、そう心の声が聞こえた気がする。


 私の問いを境に、葉月さんは着せ替え人形と化した。

 ──というのも、見目麗しいお客さんに楽しくなってしまった店員さんが、どんどんオススメの服を持ってくるからだ。

 そのお店だけでなく、行った先々でファッションショーを開くこととなった葉月さんは、粗方買い終えた頃には、げっそりとしていた。


「……少し早いですけど、お昼にしましょう。時間をずらさないと混みそうですし」

 休憩も兼ねての提案に、葉月さんは二つ返事で了承した。

(男子って、女子より先に休憩を申し出したりしないんだよね。プライドが邪魔をするのかな? まあ、葉月さんは私に遠慮しているんだと思うけど)


 生前の父が言っていたことだ。

 デートの際、一番やっては行けないことは、女の子より先に「疲れた」と口にすること。

 言ってしまえば最後、【頼りない男】のレッテルを貼られるらしい。

 勿論これは父の持論なので、必ずしも皆がそう思うとは限らないが。

 かく言う私も、彼氏が休憩を願い出たところで頼りないとは思わない。

 ──つまらなかったかな? と不安には思うけれど。


 さて、と私は案内掲示板を見上げた。

「葉月さんは何が食べたいとかありますか? 」

「そうですねぇ。私は現世の洋食が気になります」

 ……やはり葉月さんはブレない。

 洋食好きはどこへ行っても変わらないらしい。

「でしたら、ここはどうですか? 」

 私が指さしたのは評判の高い洋食店。

 値段がお手頃で、尚且つ味も良い。

 葉月さんの賛同を得て、私たちはお店へと足を向けた。


「洋食だったら何が好きですか? 」

「私はやっぱりお肉料理が好きですね。結奈さんは? 」

 なんて会話をしているとき。

 人混みの中から二本の腕がにゅっと伸び、私の腕を捕まえた。


 こちらへ手を伸ばす葉月さんと側を通り過ぎる人々が、やけにゆっくりとして見えた。

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