第12話 レオドールからの手紙
狐VS犬。
両者一歩も引かず、睨み合う。
一方はお札を、もう一方は牙を武器に対峙する。
そして、一人と一匹は己のプライドをかけて、熱い戦いを繰り広げる──
なんてエキサイティングな展開にはならず、本当にあっけなく豆柴は消散した。
葉月さんのお札によって。
私が小さく安堵の息を吐く隣で、葉月さんがまた別の札を数枚取りだした。
「結奈さん。念の為、この家に結界を張ってもよろしいですか? 」
「はい。お願いします」
結界って何!? と驚かなかった私は、大分ファンタジーに慣れてきたと思う。
警戒を解いていない葉月さんに私は頷いた。
葉月さんが術を使うのは、それが最適解だと判断した時のみ。
呪印のこともあってか、今まで葉月さんは無闇に術を使ってこなかった。
そんな彼が必要だと判断したのなら、私はそれに従うまでだ。
神力が込められ、お札が薄い松葉色に包まれる。
柔らかな風が巻き起こったかと思うと、それは札を乗せて四方に飛んだ。
(なんか……家の空気が綺麗になった気がする! )
何が変わったのかを上手く言い表すことは出来ないが、確かにそう感じる。
そんな神聖な空気を深く吸い込み、私はザワつく胸を宥めた。
結界を張り終えて、私達は二人揃ってソファーに座る。
「……大丈夫ですか? 」
隣に座った葉月さんの目が、あまりにもボンヤリとしていて、私は堪らず声をかけた。
ソファーに座ると距離がとても近くなるなぁ、なんて考えている場合ではない。
落ち着け、私の心臓よ。
葉月さんは、私の問いに緩く頷いた。
微笑みを浮かべてはいるが、細められた目は揺れている。
「姉のもののはずがないのに、あまりにも似ていたので、少し驚いてしまいました」
「そんなに似ていたんですか? 」
神力の気配など分からない私は、思わず首を傾げる。
「ええ、とても。少しトゲのあるところまで、そっくりでした」
えらく抽象的な言い方だ。
だが、葉月さんの姉、小春さんがどんな人柄なのかは大体想像がついた。
(性格に難アリ、ね。前に見せてもらった記憶でも、小春さんは葉月さんに冷たく接していた。そういうのは、もしかすると神力まで影響を受けちゃうのかな)
そこまで考えて、「でも」と眉を
(一体誰が術玉を送ったんだろう? )
常世で敵と呼べる人は、私の中では一人しかいない。
セドリック・アッシャー。
黄泉の妖からすれば食料の販売という認識でも、人間視点で考えれば
(でも、それはただの価値観の違いだよね。あのひと達にとっては、私たち人間は甘味と一緒なんだから。……一ミリも理解は出来ないけど! )
嫌なことを思い出してしまった。
私は頭を振ってから、ちらりと隣に視線をやった。
そうすれば、深く何かを考え込んでいる葉月さんの姿が目に入る。
知り合いの多い葉月さんのことだ。
あまり良い関係ではない妖の一人や二人くらい居るだろう。
そこでふと、私の中で疑問が生まれた。
それは、常世から現世に術を送ることは出来るのかという質問となって私の口から流れ出る。
答えは肯。
「ただ、術を送ることが出来るのは転送機を持つ者に限りますが」
そう付け加えられた。
──つまり、術を送れるのは黄泉の貴族のみ。
「でも、さっきの術玉は黄泉の貴族のものではなかったんですよね? 」
「ええ。あれは間違いなく神力で作られていました」
「……現世に神力を持った妖がいるということは? 」
最後の希望とばかりに尋ねれば、首を横に振られてしまった。
「ないと思います。桃源郷の妖が常世と現世を行き来できないことは、もう随分と前から決まっていますから」
結局答えを出すことは叶わず、私達は途方に暮れた。
目に見えない敵ほど、精神的に疲れるものは無い。
(手詰まりか……)
再び思考の沼に沈もうとして、不意に小さな音を耳が捉えた。
「……なんの音でしょうか? 」
「わかりません。外から聞こえるようですけれど……」
恐る恐る玄関を開けると、一層音が大きくなった。
「あそこですね」
耳の良い葉月さんが、
見れば、ポストがカタカタと小刻みに揺れている。
(なになになに!? 怖いんだけど!! )
明らかな怪奇現象。
俗にいうポルターガイストのようなものか。
これまで散々常識を壊されてきた弊害なのか、幽霊の存在を否定できなくなってしまった私は、ひぃっと声を上げて、さりげなく葉月さんの後ろに隠れた。
そうしている間に、ポストは更に大きく揺れ始めた。
そして、次第にそれは虹色の光を帯びていく。
(ば、爆発する!? )
アワアワと狼狽える私だったが、反対に葉月さんは落ち着いている。
「これは……」
そう呟いて、ポストをじっと見つめていた。
隙間から虹色の光が溢れ出し、揺れが最高潮に達したとき。
カタンと何が落ちる音を最後に、ポストは静まった。
「収まった……? 」
葉月さんの背中から顔を出すようにすれば、何の変哲もないポストが見えた。
不自然に揺れてもいないし、虹色に輝いてもいない。
葉月さんは、慎重にポストの中に手を伸ばす。
すぐに引っ込めたその手には、一通の手紙が握られていた。
蝋封が付いた封筒を裏返せば、流れるような筆跡が浮かんでいる。
『レオドール・リー・グレイシス』
どうやら、ポルターガイストの正体はレオドール様だったらしい。
私と葉月さんは、顔を見合わせて苦笑した。
警戒しすぎたね、と。
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