第11話 可愛らしい罠
同居生活がスタートして2日が経った。
新しく生まれ変わった家は、とても住み心地が良い。
冷蔵庫などの電化製品は勿論、テレビやインターネットが使えるし、何より葉月さんが居るのだ。
常世でも一緒に過ごしていたが、それとはまた別であると、そう感じる。
そう、これはまるで──
「新婚生活......」
朝食のベーコン焼きながら、私は忍び笑いを洩らした。
(こうして朝ごはんを作って、夫さんを起こしに行くの。勿論エプロン姿で! それで、足元にはワンちゃんがいて……犬種はポメラニアンとかどうかな? いや、でもゴールデンレトリバーもいいなぁ)
なんて妄想を撒き散らす姿は、傍から見れば単なる変態である。
因みに現在、朝の五時。
葉月さんはかなり早起きなので、こうして私が朝食を作るためには、更に早い時間帯に起きる必要があるのだ。
眠気が冷めていない頭は、まだすこしぼーっとしている。
だがその状況ですら、なぜだか楽しい。
恋をすると世界が色づいて見えると言うが、まさにその通りだと思う。
(いつもと変わらない朝なのに、最近は全然違って見えるんだよね。何か素敵なことが起きるような、そんな期待をしてしまう)
パチパチと油のはねる音を聞きながら、私は上機嫌で支度をしていく。
ふと、階段をおりる足音が耳に入った。
どうやら葉月さんが起きてきたらしい。
その音が近づく度に、自然と鼓動が早くなる。
そして、リビングのドアが開けられて──
「おや、結奈さん。お早いですね」
僅かに眉を上げて、葉月さんが言った。
小さなリアクションではあるが、常に沈着冷静な彼としては、意外と驚いている方だ。
そんな葉月さんに、私は満面の笑みで答える。
「おはようございます、葉月さん! 今日は少し早起きをしてみました! 」
そう言いつつ、私は目玉焼きとベーコン、そしてベビーリーフをお皿に盛った。
その隣で葉月さんがスープを作る。
(あぁ、葉月さんと結婚したらこんな感じなのかな? )
私の頬は、それはもうフニャンフニャンに緩みまくっていた。
朝食を終え、葉月さんがお皿を洗っている間、私は軽く部屋の掃除をする。
朝の労働は気分をスッキリとさせてくれるのだ。
本棚やテレビの上をハタキで撫で、鼻歌交じりに磨き具合を確認していたとき。
家の庭からとってもキュートな声が聞こえてきた。
「これは! 」
かっと目を見開き、私は庭先のカーテンを開け放つ。
──犬だった。
朝の幻覚でも、私の妄想でもない。
間違いなく犬だった。
柴犬の子犬だろうか。
まん丸の目がこちらを見上げていた。
縁側に前足を開けて、クーンクーンと鳴いている姿など、身悶えものである。
可愛い。非常に可愛い。
赤い首輪をしているので、恐らく飼い犬だ。
(うはぁっ! 豆柴ちゃんだ!! 飼い主を探す前に、ちょっとだけモフっても良いかな? いいよね!? だって、久しぶりのもふもふだよ!? これはやるしかない! ……よし、いざっもふもふへ──)
ずいっと腕を伸ばして、思い切り抱きつこうとしたときだった。
肩に手が置かれ、グイッと力強く引き戻されたのは。
「わっ! 葉月さん? 」
彼にもたれかかる格好のまま、私は驚いて見上げる。
しかし、葉月さんは私の方を見ること無く、鋭い目付きで犬を睨みつけていた。
「葉月さん……? 」
何が起こっているのか。
上手く回らない思考で、彼の名前をひとつ呟く。
そんな私を一瞥してから、葉月さんは懐からお札を1枚取り出した。
「あれは術玉です。それも、かなりの高等技術で作られたもの。触ったら最後、術者の元に転送させられてしまいます」
「術玉!? なんで現世に……」
素っ頓狂な声を上げた私に、葉月さんは険しい表情のまま
「わかりません。術者の気配ならわかりますけれど……いや、でもこれは……」
困惑する葉月さん。
彼にしては珍しく、歯切れの悪い言い方だ。
そして一呼吸置いてこう呟いた。
「これは、姉のものによく似ています」
「え!? 」
それはおかしい。
私はすぐにそう思った。
葉月さん自身、自分の言っていることがおかしいと感じているのだろう。
俯いた顔には、戸惑いが
「お姉さんって……でも、霊狐は葉月さん以外亡くなったと、以前言っていましたよね? 」
一応の確認として尋ねれば、葉月さんは苦い顔で頷く。
「はい。そのはずです。政府が直接確認を行ったようなので」
霊狐全滅事件の首謀者が自ら確認したのだ。
その情報に取り零しなどないだろう。
ならば──
「……神力に関してはよく分かりませんけど、この術玉の主が他人の空似ということは? 」
大前提として、この目の前のもふもふが葉月さんの姉のものでは無い可能性を指摘してみれば、葉月さんは困ったように頷いた。
「ええ、もちろんあります。神力の見分けは曖昧なところがありますから。ですので、深くは考えないでおきましょう。今確かなことは、誰かが術玉をここに送り付けたという事実です」
私は嫌な胸騒ぎを覚えて、目の前の子犬を見やった。
丸まった尻尾をパタパタと動かし、無垢な瞳で私たちを見上げている。
しかし、私の中に「もふもふだ! 可愛い、触りたい!! 」という感情は消え失せてしまった。
代わりに、誰かに見られているような居心地の悪さを覚える。
ぞわりと鳥肌のたつ腕を
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