第8話 常世の異常事態

 夏休みを目前に控え、結奈が現世で浮き足立っている、ちょうどその頃。

 常世ではレオドールが頭を抱えていた。

 けして、ビールが待ちきれないからではない。

 国の情勢が悪いからでもない。

 では何か。

 それ答えは、窓の外を見れば一目瞭然だった。


「どうなっているのだ、この状況は」

 そう呟いて、見上げたその先にあるのは、厚い雲に覆われた空。

 所々ひびが入った、沢山の建物。

 瓦礫に埋もれる馬車道。

 世界崩壊を連想させるような、そんな光景に一国の王は頭を抱えていたのだ。


(これのせいで、交渉はお預けを食らってしまった。桃源郷はもっと酷いからな。流石の神も話し合う余裕はないのだろう)

 ──かくいう私も、これは少々手こずりそうだ。

 苦々しく呟かれたそれは、部屋の沈黙に溶けて静かに消える。

 閑散とした街にもう一度目をやって、レオドールは何度目かのため息をついた。


 まるで、葉月の不在によってこの世界の何かが欠陥したと、そう暗に伝えられたような、そんなタイミングだった。

 ──というのも、この惨事が起こり始めたのが、丁度葉月が現世に行ってすぐのことだったからだ。


 事は僅かな違和感から始まる。


 最初は、本当に微弱な揺れ。

 やがてそれは、未だかつて起こったことのない程の巨大な【地揺れ】に変わった。

 次々に建物は倒壊。

 死者も出た。

 葉月が下界に行って早3日。

 そんな短期間で、あれだけ綺麗に整えられていた街は、もはや瓦礫の山となってしまった。


 それだけではない。

 地揺れが起き始めたときからずっと、空が曇ったままなのだ。

 黄泉は天気という概念がある分、そんなこともあるかと割り切れるのだが、桃源郷はそうもいかなかった。

 何しろ、桃源郷は常に晴れているのだから。

 雨が降るときですら晴れている。


 前提として四季というものが存在しないのだ。

 そんな桃源郷も、今は空から太陽の光が消え、辺りは夜だと勘違いしそうになるほど闇に包まれている。

 これは明らかな異常事態だ。

 正直、葉月の呪印について話し合っている場合ではない。


「本当に、これは一体何が起こっているのだ? すぐに確認しなければ」

 重々しく呟いて、レオドールは腰を上げた。

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