第7話 夏休みの予定
溢れ出る汗を拭きながら、私は目の前で繰り広げられている会話を聞いていた。
話題となっているのは、もうすぐ迎える夏休みの事だ。
大学の夏休みは長い。
しかし、思い切り遊べる学年は限られているわけで。
とある先輩によると、低学年のうちにやりたいことを全てやるのも、一つの手だという。
(私はレオドール様の連絡を待たないといけないから、夏休みは殆ど遊べないだろうな。まぁ、葉月さんと一緒に過ごせるから良いんだけど! あぁ、でも少しでいいから、二人でお出かけとかしてみたいなぁ)
「──ってことでどう? 結奈」
「ふぁい!? 」
ぼんやりとしていた私は、突然話を振られて奇声を上げた。
どうやら浮き足立ちすぎたようだ。
「今年の夏はかなり暑くなるらしいから、避暑地に旅行でも行こうって話していたのよ。もう! 結奈は直ぐに思考を飛ばすんだから」
麗が呆れたようにそう言った。
「ごめんって」
そう謝りつつ、魅力的なお誘いにグラつく心を律する。
葉月さんを一人にしてはおけないし、何より旅行はお金がかかるのだ。
家庭事情もあり、学費は奨学金でなんとかなるものの、生活費は両親が残してくれたお金を使っている。
つまり、旅行に充てるお金など無い。
さて、どうやって断ろうか。
麗は、そんな私の心を読み取ったのか、それはもう目にも止まらぬ早さでスマホを弄り、とあるページを提示してきた。
【
その文字と共に載っている、動物達の写真。
中でも、実際に触れ合えるコーナー【小動物ふれあい広場】が目を引く。
ホームページ画面に、私の瞳孔は全開だ。
もふもふ不足の指先が勝手に動き出す。
溢れかえるほどのもふもふの画像に、私は手を伸ばした。
しかし、所詮それらはスクリーン上のものであり、触れてもつるんとしていてもどかしい。
(悔しい! 目の前にもふもふがあるって言うのに、触れないだなんて!! )
ぐっと歯を噛み締める私を見て、麗は勝ち誇った笑みをうかべた。
「結奈が一緒に行くのなら、ここも行く場所リストに追加してあげるわよ? 」
「くっ……! そう来たか」
麗と明日香は、私のもふもふ好きを知っている。
(これは手強いぞ……)
鼻先に突きつけられている画像から目が離せなくて、私は頭を抱えた。
そんな私に追い打ちをかけるように、麗は続ける。
「私のサークル仲間にね、旅館の跡取りがいるのよ。知り合い割引で安くしてもらえるわよ」
「そ、そんな……」
そんなうまい話があるのだろうか。
友人からの旅行のお誘い。
動物園でもふもふ三昧。
そして、極めつけは宿代の割引。
それらが天秤の重りとなってのしかかる。
だが、もう片方の重りも中々ずっしりしているのだ。
何しろ、好きな人との同居ライフである。
(葉月さんと一緒に居たい……。それにいつ、レオドール様から連絡が来るか分からないもん)
レオドール様の見立てによると、葉月さんが常世に戻れるのは2週間後らしい。
とはいえ、見立ては見立てだ。
数日の誤差があってもおかしくは無い。
もしも予定より早く連絡が来てしまったら、葉月さんと過ごす時間が減ってしまうのだ。
葉月さんが常世に戻ること。
それは、葉月さんとのお別れを意味する。
そう思うと心がズキリと痛んだ。
(明日香達との時間は勿論大事だけど、でも今は……葉月さんとの時間を大切にしたい)
ぐっと拳を握って、私は頭を下げた。
「ごめん、それでも金銭的にキツいんだよ。私のことは気にせず、二人で楽しんできて」
私の固い意思が伝わったのだろう。
二人は残念そうな表情を浮かべつつ、了承してくれた。
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