第6話 奇妙なカフェテリアと共に

 長い間学校を休んでいると、どうしても避けては通れない道がある。

 それは、同級生や講義との疎外感に打ちのめされること。

 現在進行形で、私はその道を歩いている。


 席に着けば、まるで幽霊でも見たかのように周囲から反応され、講義が始まれば、内容がちんぷんかんぷん。

 極めつけは、落とした単位の量。

 進級には問題ないが、皆勤を目指していたが故にショックは大きい。

 全ての講義が終わる頃には、私の心は紙のように薄っぺらくなってしまった。


 そんな私を、友人のれいが肩を叩いて慰めてくれる。

「元気だしなって。急な入院だったんでしょ? 仕方ないわよ」

 関谷せきや れい

 ストレートロングの黒髪に、豊かな胸と整った顔立ち。

 スラリと長い手足を持つ彼女は、隠しきれない色気を放っている。


 そしてその隣で人懐っこい笑みを浮かべているのが、勝又かつまた 明日香あすか

 サバサバした性格の麗とは対称的な子で、ふんわりおっとりしている。

 体つきもふくよかで、笑うと出来るえくぼが可愛い。


「でも無事に帰ってきてくれて良かったぁ。結奈、急に1ヶ月も休むんだもん。心配したんだよ? 電話しても留守だし」

「うぅっ……ごめん」

 ぷくっと頬を膨らませる明日香に、私は苦笑を返すことしかできなかった。

 攫われる瞬間まで確かに懐にしまってあったスマホは、何故か家のテーブルに置いてあったのだ。

 まるで最初からそこにあったかのように。

 怪談話なみにゾクッとした。


 勿論、私の体験したファンタジーな出来事を2人に聞かせる訳にもいかず。

 私は罪悪感を抱きつつ、今までの1ヶ月について嘘をついた。

 大雑把に言えば、交通事故によって入院していたという設定だ。

 他にも、スマホを家に置き忘れて連絡ができなかっただの、リハビリに手間取っただの、怪しい嘘を並べていく。

 心の中で何度も土下座をしながら。


「まあ、無事に戻ってきてくれたから良いけど。……ってことで、結奈の快気祝いを兼ねて、今日はカフェに行こうか。新作が出たらしいし」

 そう提案した麗に、明日香が目を輝かせる。

「レタスチョコラテでしょ? 私、気になっていたの! 」

「……それ、エトランジェのやつだよね」


 カフェ・エトランジェは、斬新なドリンクの組み合わせを売りにしているカフェだ。

 ゲテモノや新しい物好きに人気で、そんな人たちからすれば、エトランジェは隠れた名店とも言える。


 レタスとチョコ。

 どう考えても相反する二つを、ついにあの店はコラボさせてしまったらしい。

 まさにエトランジェ奇妙なメニューである。

 味を想像することすら恐ろしい。


 そんなカフェに快気祝いとして連れていってくれることは、ゲテモノ好きな麗と甘党の明日香からしたら最大限の好意なのだろう。

 故に、断りずらい。

(私としては、普通のカフェラテが飲みたいんだけどなぁ)

 などと思いつつ、私は頷くことしか出来なかった。


 大学から電車で一駅。

 お洒落な外観のそこは、傍から見れば立派なカフェテリアである。

 メニューのウェルカムボードに目を通さなければ、だが。


 レタスチョコラテを頼む二人の横で、私はなんとか飲めそうなものを探す。

(キュウリいちごラテ……チーズ柚ティー……あっ! ホットトマトジュースだって! )

 ズラリと並ぶ恐ろしい名前の中、唯一馴染みのある品だ。

 かつてトマトジュースの名がこれ程存在感を放ったことがあるだろうか。

 そう思うほど、その名は光って見えた。


 注文を終えて、私たちは空いている席に向かう。

 空席を探すほど混雑はしていないが、割と客はいるようだ。

(……とりあえず普通の飲み物があって良かった)

 手元のトマトジュースと、前を歩く二人のコップを見て、私はそっと息をついた。

 葉月さんの料理で舌が肥えてしまった今の私には、正直耐える自信が無い。


「よし。じゃあ先ずは乾杯かな? 」

 席に着いて、麗がラテを軽く持ち上げる。

 それに習って私達もコップを突き出せば、カチンと子気味良い音が鳴った。

 そして、グラスをゆっくり傾け──

「ごふっ!! 」

 私は文字通り吹き出した。


「か、辛い! え? あれ? トマトジュースって辛いんだっけ!? 」

 ジリジリと熱い舌に涙ぐみながら、私は二人に尋ねた。

 胃の中が焼けている気がする。

「えー? ホットって書いてあったし、何か香辛料でも入っているんじゃない? 」

「まあ、普通はそうよね」

(普通とは一体……)

 さも当然のように答える明日香と麗に、私は恨みがましい目を向けた。


 ホットトマトジュース。

 それは、トマトジュースをデスソースで割った飲み物。

 ただの温かいトマトジュースでは芸が無いので、辛味を加えてみたらしい。

 ──そう。このカフェに【一般的】という言葉は存在しないのだ。


 飲み終わる頃には、私は汗だくになっていた。

 夏の涼しい店内で。

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