第4話 渡邉家の宮川さん
マンション暮らしだった宮川さんは、結婚して一軒家に住んでいるらしい。
私はスマホの地図アプリを開き、ルートを確認していく。
その隣で、興味津々にその様子を見ている葉月さん。
「それはどのような仕組みで動いているのですか? 」
と、目をキラキラさせて尋ねられ、私はそっと目を逸らした。
──わからないです。
恐らく、スマホを使用しているほとんどの人が、正確な答えなど出せないだろう。
皆【そういうもの】として使っているのだから。
私は正直に
「私も詳しくは分からないですけど、電気で動いていることだけは確かですね」
と答えた。
それから私達は駅へと向かった。
教えられた場所は、私のアパートから電車で二駅の所にある。
(駅かぁ。うーん、お昼時は混むからなぁ。どうやって、敵から葉月さんを守ろうか)
むむっと眉を寄せつつ、私は周囲を警戒する。
既にすれ違った人達が、こちらを見てはこぞって顔を赤らめていた。
しかも、男女問わず。
「結奈さん、結奈さん。そこら中で走っている、金属の箱は何ですか? もしかして、乗り物でしょうか」
──そして、そんな視線に気づかない葉月さん。
私は番犬のように「グルルル」と威嚇しつつ、駅へ電車へと歩みを進める。
この分では電車についても聞かれるかもしれない。
そう思って、あらかじめスマホの検索画面を開いていた私だが、意外にも電車は簡単に受け入れたらしい。
よく考えてみれば、黄泉にも汽車が存在していた。
(電車と汽車って、動くエネルギー源が違うだけで、形は割と似ているもんね)
とはいえ、現世には常世に無いものが沢山ある。
葉月さんは人の多さに驚き、電子掲示板に驚き、アナウンスに驚き。
終始落ち着かなそうにしていた。
「葉月さん、大丈夫ですか? 」
駅を降りて、長く息をついた葉月さんを見上げれば、困ったような笑みを返してくれた。
「現世は凄いですね。人の多さも、電子機器の多さも。いかに桃源郷が栄えていなかったのか、よくわかりました」
「まあ、たしかに桃源郷は原始的なところもありましたけど、別段に不自由は感じませんでしたよ? 」
そうフォローしつつ、私は心で訴えた。
これ以上、桃源郷は発展しないでくれと。
あの素敵な世界に電車が通ってしまったら、間違いなく雰囲気が台無しになってしまう。
時代背景を壊さないよう、私には阻止する義務があるのだ。
駅から徒歩五分ほどで、私達は住宅街に着いた。
お昼を過ぎて間もない頃なので、まだ辺りは美味しそうな匂いが立ち込めている。
「えぇっと……あ、ここですね! 」
私は【渡邉】と書かれた表札に足を止めた。
住所も確認し、インターホンを鳴らす。
またも葉月さんが不思議そうな顔をしていた。
(あっちではノックするのが普通だったもんね)
「はいはーい! 」
直ぐにドアは開けられ、変わらない笑顔で迎え入れられた。
「久しぶりね、結奈ちゃん! あらまあ、綺麗になっちゃって! それに隣の子、彼氏さん? イケメンねぇ」
「そんな、綺麗だなんて! 宮川さんこそ変わらずお綺麗ですよ! あと、彼はその……友達? です」
キャッキャとはしゃぐ宮川さんに、私は慌てて首を振った。
だが、友達はなんか違う。
恋人など、もはや恐れ多い。
そう。私の中で葉月さんは、尊敬する師匠であり、片想いの相手なのだ。
そこでふと、私は思った。
葉月さんの中で私とは、一体何なのだろう? と。
(やっぱり、ただの弟子? それとも……)
ちらりと見上げれば、人当たりの良い笑みを浮かべる葉月さん。
恐らく、【彼氏】という言葉を知らないのだろう。
僅かに首を傾げている。
「2人ともお昼はもう食べた? 」
ワタワタする私と頭にハテナを浮かべる葉月さんに、宮川さんが尋ねた。
「いえ、まだなんです。これからどこかで食べようかなって思っていて」
「そうなの? じゃあ、うちで食べていきなよ! 丁度私達もお昼なのよ。少し多めに作っちゃってね。ほら、余っても仕方ないでしょ? 」
私は葉月さんを振り返った。
せっかくのお誘いを断るのは悪いし、何より久しぶりの宮川さんの手料理だ。
正直、とても食べたい。
けれど、葉月さんはどうだろうか。
見知らぬ人の家でご飯を食べるのは、もしかしたら負担になるかもしれない。
とりあえず何か返事をしないと、と口を開いたとき。
「お母さん、この人たちだれー? 」
「母さん、おなか空いた! 」
リビングのドアが開いて、二人の子供が顔を出した。
4、5歳くらいだろうか。
ふたつまげの女の子と、その子と同い年くらいの男の子。
どこか宮川さんの面影がある。
もしかして──
「もしかして、お子さんですか? 」
呆気に取られる私の代わりに、葉月さんが聞いた。
「ええ。
「双子……」
ぼんやりと呟けば、宮川さんは愉快そうに笑った。
「そっか、結奈ちゃんに言っていなかったもんね。驚かせちゃったかな? 」
「あっ、いえ、少しビックリはしましたけど。可愛いですね、2人とも」
そう微笑めば、舞花ちゃんと風舞くんがニコリと笑い返してくれた。
「お姉ちゃん達もたべようよ! お母さんのごはん、とても美味しいんだよ! 」
「はやくー! 」
可愛らしい声で招待され、私達は一も二もなく頷いた。
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