第3話 変化の術

 葉月さんが身支度を整えている間、私は宮川みやがわさんに電話をかけることにした。

 宮川さんはお母さんの遠い親戚で、小学校卒業までお世話になった人だ。

 まさに都会のキャリアウーマンといった感じで、私が引き取られたときはまだ独身の女性だった。

 しかし、私が中学に上がる前に見合い婚を果たした。

 新婚の夫婦間に居座るのは気が引けたので、私の方から断って、別の家に引き取られることになったのだ。


「あ、もしもし。宮川さんのお宅でしょうか? 」

『お? その声、もしかして結奈ちゃん? 』

 最後に会ったときと寸分変わらない、明るい声が聞こえる。

 私は久しぶりのその声に、じんと胸を熱くさせた。

「はい、結奈です! ご無沙汰しております。急に連絡してしまい、すみません」

『 いいのいいの。それより、さんに何の用かな? 』


 笑いを堪えるような声に、私ははっとして口元を抑えた。

「あっ……そっか。ご結婚されたから名字変わっていますよね。すみません」

 そうだ。もう宮川さんではないのだ。

 慌てて謝る私に、宮川さんはクスリと笑いをこぼした。

『まあ、呼びやすいのなら、宮川さんでもいいよ。急に変えるのも変だしね。それで? どうしたの? 』

「えっと、それで……一つお聞きしたいのですが、あの家の鍵って、まだありますか? 」


 あの家とは言うまでもなく、私がお父さん達と住んでいた家の事だ。

 少しの空白の後、宮川さんは「あぁ、あれね! 」と思い当たったらしく、ガチャガチャと何かを漁る音が聞こえてきた。

『あるよ。大丈夫、無くしていないし、壊してもいない』


(鍵って壊れるの!? なにそれ、怖い!! )

 というツッコミは飲み込んで、私はとりあえずお礼を述べておく。

 急ぎなので今日中に取りにいきたいことも伝えれば、快くOKしてくれた。

「では、お昼すぎにお伺いします。急な願いを了承してくださりありがとうございます」

『 いいって。結奈ちゃんの頼みならいつでも聞くからね。気をつけておいで』

 軽い調子でそう言われ、私は相手に見えているはずもないのに、深々と頭を下げた。


(よかった。これで葉月さんと私が安心して眠れるようになるね)

 電話を切って一息ついたところで、風の吹く音が聞こえた。

 バスルームからだ。

(これって、術の音だよね! )

 私はドキドキと高鳴る胸に手を当てて、じっとドアを凝視する。

 そのドアがゆっくりと開かれて──

 私は静かに目を見張った。


 出てきたのは、勿論葉月さんである。

 白銀の髪と、優しげな金の瞳。

 そしてスラリと高い身長も、彼そのものだ。

 しかし、狐耳と尻尾は消え、髪の長さも短くなっている。

「どう、でしょうか? 」

 少しはにかみながら尋ねられ、私は思わず息を呑んだ。

(葉月さんってやっぱり──)


「襲われないか心配になるほど綺麗ですね! 」

「えぇ!? それは一体どういう……」

 私の感想とも褒め言葉ともとれない言葉に、目を白黒させる葉月さん。

 だが、これは由々しき事態なのだ。


 端正な顔立ちと細身な体は、中性的で美しい。

 ふわりと微笑めば、枯れた花でさえも咲かせてしまいそうだ。

 陶器のように白い肌と、艷めく銀の髪は、この世のものとは思えない何かを感じる。

 はっきり言って、神聖なオーラを隠しきれていない。

 常世では紛れることが出来ても、現世ではかなり目立ちそうな容姿。

 髪は染めることが出来る時代なので、何とか言い訳できるが、こればかりは隠せないだろう。


(これは……外出たら別の意味で危険かも。はっ! 私が守らねば!! )

 カッと目を見開き、私は一つ頷く。

 こうなったら徹底的に葉月さんを守ろう。

 何からって?

 当然、これから寄り集まってくる害虫からだ。


「葉月さん、私頑張りますね! 」

「何を!? 」

 ぐっと拳を握って意気込む私に、葉月さんの貴重なツッコミが入れられた。

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