第2話 現世生活のはじまり


 私は雀の鳴き声によって目を開けた。

 視界に入ってくるのは、一人暮らしを始めてから何度も見てきた天井。

(昨日から何度も言っているけど……本当に帰ってきたんだなぁ。……って、あれ!?)

 ぼんやりと微睡んでいた私は、ある事に気づいて起き上がった。


 昨日の真夜中に現世へ帰ってきた私と葉月さんは、すぐさま人目のつかない場所に移動した。

 何故なら、葉月さんの神力が色付いていたからだ。

 現世では若干力が抑えられるらしく、月光に当たらない限りは目立たない。

 それでも、この現象は少々厄介だ。

 葉月さんは夜に外出できなくなってしまったのだから。


 話し合った結果、とりあえず私のアパートに行くこととなった。

 いつまでも外にいては、いずれ誰かに見られてしまうからだ。

 真夜中に出歩く男女。

 しかも、方やネグリジェを着ていて、方や狐耳と尻尾を持った和装の男である。

 目立たないわけが無い。


 しかし、部屋に入った途端、葉月さんは玄関へとUターンした。

 どうしたのかと尋ねれば、物凄くキリッとした表情で、

「私は外で寝ます。紙と筆さえあれば、変幻の術で狐になれますし。とにかく……同じ部屋で寝るのは絶対に駄目です!」

 と言われてしまった。


 たしかに、1DKの部屋は狭すぎる。

 本棚で区切ってはいるものの、実質一部屋しかない。

 そして何より、ベッド以外に眠れそうな家具がない。

 つまり、私達は同じベッドで寝なくてはいけなくなるのだ。

 色恋には疎い葉月さんでも、流石にこれは許容できない範囲らしい。

 だが葉月さんを外で寝かせるわけにはいかない。

 私はしばらく考えた後、ポンと手を打った。


「だったら、私も寝なければ良いんですよ!二人でお話していれば、夜明けなんてすぐです」

 我ながら名案だ。

 どうせ私も緊張して眠れないだろうし。

 そういうことで、私達は明日の予定を確認したり、他愛のない会話をしたりして過ごしていた。

 過ごしていたはずなのだが──


「私……何でベッドに寝ているの?」

「ふふっ」

 唖然とする私の耳に、小さな笑い声が届く。

 見れば、葉月さんがベッドにもたれるようにして、すぐ近くに座っていた。

「おはようございます、結奈さん」

 ニコニコと微笑みながらそう言われ、私は直ぐに理解する。

(寝落ちしたのか……)


 話をしている最中に、何度か目を擦った記憶がある。

 そのときは二人でローテーブルを囲んで座っていたはずなので、恐らく、寝落ちした私を葉月さんがベッドまで運んでくれたのだろう。


「す、すみません!」

 真っ赤になって謝る私に、葉月さんは静かに首を振った。

「寧ろ、私の方が謝らなければなりません。結奈さんに無理をさせてしまったのですから」

「そんなこと……。それに、一緒に住もうと言い出したのは私ですから」


 それより、と私はベッドから起き出した。

「昨日も言いましたが、今日は私が以前住んでいた家に行きましょう。掃除をする必要はあると思いますけど、ここより断然広いですから。そこなら二人で住むことも出来ます!」

 そう言えば、葉月さんは小さく頷いた。

「結奈さんがそう仰ってくださるのなら」


 こうして、私達は外に出るための身支度を始めた。

 シャワーを浴びて、私は久しぶりの私服に袖を通す。

(うわー、懐かしい!着物も良かったけど、やっぱり洋服の方が着慣れているんだよね)

 ジーンズにTシャツという、とてもシンプルな組み合わせだが、それが逆にホッとする。


「葉月さん、お次どうぞ!あ、使い方も説明しましょうか?」

 バスルームから戻って声をかければ、葉月さんは変幻の術符を書いていた。

「ありがとうございます。お願いします」

「はい!……っていうか、葉月さんは現世でも術を使えるんですか?」

 しかも、和紙と筆ではなく、洋紙とネームペンで書かれた札で。

 常世でも時代背景のズレはあったのだが、まさか現世でもそれを感じるとは、と私は思わず苦笑した。


 そんな私の気持ちを知ってか知らでか、葉月さんは少し得意げに頷いた。

「勿論です。術は神力によって作動するのですから。これで私も外に行けます!私、1度人間に化けてみたかったのですよ」

 どういう仕組みなのかはわからないが、とりあえず葉月さんが嬉しそうで何よりだ。


 お風呂に入った後に術をかけるというので、使い方の説明を終えた私はわくわくしながら待つことにする。

(葉月さんの人間姿かぁ。楽しみだなぁ。耳と尻尾が無くなるだけで、結構雰囲気変わるだろうし。まあ、もふもふが無くなるのは少し残念だけど!)


 因みに、バスルームから聞こえた「熱っ!」という声は聞かなかったことにした。


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