向き不向き
三条ツバメ
向き不向き
私はこの仕事に向いている。私を見れば誰もが同情と憐憫の表情を浮かべる。
どちらの感情も油断と同義だ。
私はこの仕事に向いている。消音器をねじ込んだ拳銃――この仕事の必需品だ――というのはかなりかさばるものだ。
だが、私はこの手の物を隠し持つのには困らない。
私はこの仕事に向いている。近頃はどこに行っても金属探知機がある。同業者にとってはやっかいな代物だが私にとっては取るに足らない存在だ。
もっとも、取るに足らない存在なのは私の方なのかもしれないが。
私はこの仕事に向いている。今日も銃を隠し持ったままゲート式の金属探知機をくぐり抜けた。
警備員は笑顔で私を招き入れてくれた。私が標的の居場所を聞けば誰もが快く教えてくれる。
今は九階にいるそうだ。
エレベーターに乗り合わせた青年は私の代わりにボタンを押してくれた。親切な青年は案内しましょうとまで言ってくれた。
流石にそれは遠慮しておいた。
今日の標的もいつもと同じだった。密室で二人きりになった後、私が銃を取り出すと標的は皆、呆然と立ち尽くす。冗談ではないことがわかったときにはもう遅い。
大抵の場合は標的が冗談でないと気づくよりも先に私が引き金を引いてしまうのだが、今回の標的はかなり素早く私が本気であると見抜いたと思う。
今となっては確かめようもないが。
仕事を終えた後はいつもの場所に銃をしまった。
脱出だって簡単なものだ。誰もが私をじろじろと見るが、誰も私を怪しんだりはしない。
私は悠然とエレベーターのボタンを押して、下りのエレベーターが到着するのを待っていた。
いつも通りだった。
ここまでは。
突如として警報が鳴り響いた。人々が何事かと足を止める。
火災だ。
館内放送が非常階段からの避難を促す。
焦げ臭いにおいがしはじめた。人々は我先にと階段に向かう。
においは耐えがたいほどになり、どこからか黒い煙が漂い始めた。
火の回りはかなり速いようだ。
熱気と焦りのせいで私の身体も熱くなっていく。
私は必死でエレベーターのボタンを連打した。しかし、反応はない。
エレベーターは火災のときには停止する。
頭ではわかっているのだ。
それでも私は非常階段には向かわずにボタンを押し続けた。
動かない自分の両足と、銃を隠してある忌々しい電動車椅子を呪いながら。
向き不向き 三条ツバメ @sanjotsubame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます