第4話 白き聖鎧

 悲鳴をあげながら走り去る人の波に逆らって、俺は走っていた。

 何度も肩をぶつけた末にようやく視界が開ける。

 そこには――。

「ゲハハハっ!! 人間、人間の女だぜえっ!! 二十年ぶりだあ!!」

 牛頭人身の怪物がいた。

 三メートル以上はあるだろう巨躯で、戦利品のようにコンビニ店員の女性を天に掲げている。

「い、いやーっ!! はなしてーっ!!」

 泣き叫んでいるのは横山さん。

 ポニーテールが可愛らしい、俺のバイト先の同僚だ。

 怪物の後ろを見ると、無残に破壊された俺の職場と転がるパトカー。周りには警察官が数人倒れている。

「アレが悪魔か……俺のバイト先をよくも」

「あ、あああああの悪魔は……!!」

 頭上から震える声がした。

 ラブラはいつの間にか取り出した分厚い本をめくりつつ、俺の隣に降りてくる。

「や、やっぱり……」

 青ざめた表情のラブラが一つの頁に視線を落とす。

 気になって横から覗くと、見覚えのある牛頭が目に入ってきた。

「目の前のこいつに似てるな」

「似てるんじゃなくて本物ですよっ!! 魔将イーレイ、すっごくやばい悪魔です!!」

 頁を突っつきながらラブラが怒鳴る。

「二十年前の戦いでは、何人もの天使と人間を強姦した末に殺したド外道です……ぶるぶる……」

「あーん? 懐かしい匂いがすると思えば……天使までいるじゃねえか」

 ようやく俺たちに気づいた牛頭――魔将イーレイが、血走った目でこちらを見下ろす。

「ぴゃっ!!」

 面白い鳴き声を発してラブラが俺の背中に隠れた。

 シャツを掴む両手が激しく震えている。

「こ、怖い怖い怖い怖い……!!」

「ゲハハハっ!! 何だてめえ、ビビってんのか? こんなに弱そうな天使は初めて見たぜ」

 空に向かって下品に笑うイーレイ。

 横山さんの頬に長い舌を這わせながら、ねっとりとした視線をラブラに絡みつかせる。

「決めたぜ、この人間を犯り終わったら次はてめえだ!! 魔界へ送る公開レイプショーの演目が一つ増えるぜ」

「ひ、ひいいいい!! やだ、やだ!!」

 不穏な言葉を聞いた横山さんが身をよじる。

 だが筋骨隆々としたイーレイの巨躯はそれを許さない。

 少し力を込めるだけで嫌な音が鳴り、彼女の抵抗がなくなった。

「あ、が、う……」

「ゲハハハっ!! いいねえ、絶望の影に曇ったその瞳……これを眺めながら腰を振るとなあ、もう気が狂うほど気持ちいいんだよ!!」

 あまりにも不快な言動に俺は眉をひそめた。

 足元に落ちていた石ころを拾い投げつける。

 それは、横山さんを押し倒して服を引き千切ろうとしていたイーレイの目玉に直撃した。

「……なんだぁ、てめえ?」

 殺意に見開かれた双眸、その照準が俺を捉える。

「ふん。やっぱり、かわいそうなのは抜けないな……」

「あぁ!? てめえこのクソ人間、俺のレイプを邪魔した罪は重いぞゴラァ!!」

 地面に突き刺していた巨大な戦斧を抜き取り立ち上がる。

 アレで俺の頭をかち割るつもりだろう。その結果を想像してしまい寒気が走った。

「おい!! しっかりしろラブラ、やつが来るぞ」

「な、何で怒らせるような真似したんですかぁ!! わーん怖いですーっ!!」

「泣いてる場合じゃねーだろ!! いいからさっさと聖鎧の使い方を教えろ!!」

 涙でベチョベチョになったラブラの顔に怒鳴りつける。

「ち、父が言うには……まず、命の力を受け取る器を顕現させて、そこにエネルギーを浴びせて……」

「長いし意味がわからん!!」

「と、とにかく力の継承はちゃんと済んでるんです。あとは自分の頭に聞いてください!!」

 この土壇場でとんでもない丸投げをしてきたな、このクソ天使……。

 まずいぞ。イーレイが戦斧を振り上げた。

 俺の頭が潰れたトマトのようになるまで、もうあまり時間は残されていない。

 冷たい死の予感に、背筋が痺れる。

 その時だった。



『人の子よ、人の子よ……』

 頭の中で知らない声が木霊する。

 優しい――まるで、全てを包み込む聖母のような声。

 頭上から迫ってくる戦斧の刃、その軌跡がゆっくりとしたものになる。

 この声が時間の流れを遅くしているのだろうか。

『貴方の器が決まりました。これより顕現させます』

 何か言い返そうとしたが、口が動かない。

『初代と比べると、その……あまりに面妖な器ですが……貴方の魂がこの形を選んだのですから、詮無きこと』

 神々しいその声音に戸惑いの色が混じった。

 器の形とやらに問題でもあったのだろうか。

『さあ、器に命を注いで聖鎧を纏いなさい。あの娘をよろしくお願いします』

 あの娘? 誰のことだ……。

 そんな疑問も口に出せなければ意味はない。

 やがて気配は遠のいていき、緩慢な時の流れも正常に戻っていく。



「ドタマかち割ってやるぜぇ、このカッコつけがあ!!」

 イーレイが振り下ろす死が目前に迫る。

 戦斧の刃と俺の顔――そこに割り込む、光があった。

 俺の掌から飛び出した光球、聖鎧エクスタシオンの力だ。

 それが、必殺の一撃を防いだ。

「な――何だぁ!?」

 驚愕に目を見開くイーレイ。

 光球はその輝きを増すと、イーレイの巨体を吹き飛ばした。

「ま、まさか、これが……ぐはっ」

 コンビニ跡地に頭から突っ込む。

 距離が離れた。今が好機と、俺は倒れ伏した横山さんに駆け寄る。

「もう大丈夫だ、横山さん」

「ぬ、貫田さん……」

 恐怖に泣きはらした顔が痛々しい。途端に怒りがドバっと湧いてきて、俺は奥歯を噛み締めた。

 あの牛頭、絶対許さん。

「おいラブラ。彼女を連れて下がってろ」

 呆けている天使に檄を飛ばす。

「は、はい。それくらいなら、大丈夫です。任せてください」

「頼むぞ。それともう一つ……」

 まだ震えているラブラの肩に手を置く。

「俺の天罰を解いてくれ」

「は、え? ちょっと、今はそれどころじゃ……」

 反論してくる口を黙らせるために、至近距離まで顔を近づける。

「俺の目を見ろ。これがふざけているように見えるか? いいか、聖鎧を纏うのに必要なことなんだ」

「うっ……相変わらず不気味なほどキラキラしてる……」

 観念したようにため息を吐くと、ラブラの頭上にある輪っかが光を放つ。

 すると、自分の体に活力が漲るのを感じた。股間を中心に四肢を巡る命の力を。

 はっきりと理解する。俺は勃起を取り戻した。

「これに何の意味があるのかさっぱりですけど……た、頼みますよ本当に!!」

「ふっ……任せろ」

 横山さんを抱えて後ろに下がるラブラ。それを不敵な笑みで見送る。

 先程頭の中に響いてきた声。

 それを聞いたときから、俺には一つの確信があった。

 振り返ると、ちょうどイーレイが立ち上がったところだった。

「その力……聖鎧だな。つーことはよぉ、てめえが勇者か」

「ああ。ついさっき、半ば脅されるような形で任命されたんだが……」

 見上げるほどの巨体から降り注ぐ殺意に負けじと、指を突きつける。

「お前みたいなクソ野郎を去勢できるってんなら喜んでやってやるぜ。覚悟しろ」

「ク……ククク。ゲハ、ゲハハハっ!!」

 何が面白いのか、腹を抱えて笑い出した。

「先代ならいざ知らず、ついさっき力を手に入れたばかりの小僧が? 俺を? どうするって!?」

「ちんこをちょん切る」

「ゲハハハっ!!」

 ひとしきり大笑いした後、血走った目で今度は怒り出した。

「俺を誰だと思っていやがる!? この魔将イーレイ様に舐めた口叩きやがって!!」

「笑ったり怒ったり忙しいやつだな……」

「黙れ!! あのキチガイ女が相手じゃないのは物足りねえが仕方ねえ、今回はすぐに終わらせてやる。さっさと聖鎧を纏いな、小僧!!」

 言われなくてもそのつもりだった。

 空中に漂う光球を右手で掴む。

 輝きを増し始めた聖鎧の力が、その形を変えていく。

 曰く――俺の魂が選んだ、器の形。

 心当たりが俺には一つあった。

 その予感を実現させるかのごとく、光球は筒状になっていく。

 眩しさが収まっていき――俺の手には、鎧とはかけ離れた柔らかさを保つ物体が握られていた。

「な……なんだぁ、そりゃ」

 戸惑いの声を出したのはイーレイだった。そのでかい指先を俺の持っている物体に向ける。

 魔界にはないのか? だったら教えてやろう、これは――。

「オナホールだ」

 天高く掲げて――人類が生み出したその叡智の名を、俺は告げた。

 そう、俺の抱いていた確信は正解だった。

 これこそが――俺の命の力を受け止める器の形。

 我が魂が導き出した答えである。



 固唾をのんで見守っていた私はギャグ漫画のようにずっこけた。

 緊張と恐怖が一瞬で吹き飛び、翔太郎のもとまで駆け寄る。

「ちょ、ちょちょちょ!! え、何で!?」

「おわっ。何だラブラ、危ないから下がってろ」

「危ないのは翔太郎の頭の中ですよ!!」

 容赦なく翔太郎の頭部を叩きながら、悲壮に叫ぶ。

「し、ししし神聖な聖鎧の力をこんな卑猥な形に変化させて!! どういうつもりですか!?」

「これが俺のスタイルだ。文句を言うな」

 悪びれる様子もなくそう言い放つ翔太郎。

 私はあまりの目眩に倒れそうになるも、何とか踏ん張る。

「却下です却下!! もっと健全なモノに変えてください!!」

「それは無理だ。この形こそが、俺の魂が選んだ答えだからな……簡単に変えられることじゃない」

「なーにをちょっとカッコつけた言い回ししてんですか、このドスケベ!!」

 今まで見てきた人間で、ダントツで凄い生命エネルギーを持っていたから頼んでみたけど……。

 私の選択は間違っていたかもしれない。

 イーレイにも恐れず立ち向かう背中は――ちょこっと、ほんのちょこっとだけ、かっこいいと思ったけど。

 あの不気味なほどキラキラした両目に見つめられると少しドキドキしたけど。

 それでも、やっぱり、これはない!!

 翔太郎が持つ白い筒状のそれを見ると、今朝の一件を思い出す。

 あの最低最悪のファーストコンタクト。

 透明な液体で濡れたくっていた、翔太郎の硬そうなおちんちん。

 なぜだかわからないけど、それを見た瞬間心臓が爆発しそうなほど暴れ回って、それでも目は離せずに――やがて、私は気絶した。

 あんな恥ずかしくていやらしいことと、聖鎧の力を結びつけることはしてほしくなかった。

「ええい、つべこべうるさい奴め……そうだ。せっかく寄ってきたんだ、手伝ってくれ」

「は? 手伝うって、何を……」

「何をって、そりゃ決まってるだろお前」

 真面目な顔をした翔太郎が、続けて言い放ったのは――。

「俺のオナニーを、だ」

 という、信じられない要求だった。

 口をぽかんと開けたまま、その言葉の意味するところを数秒かけて理解する。

 ぼっと音がするほど私の顔が一瞬で熱くなった。

「あ、あああ頭おかしいです!! 公衆の面前で何てことをしようとしてるんですか!?」

「みんな逃げ出してるし問題ないだろ。そりゃ、ぺろーん」

 私の正論もなんのその、翔太郎が私のローブをめくりあげた。

「ぎゃーっ!! ち、痴漢!! 変態!! はなしてーっ!!」

「うおっ……お前ちょっと濡れてるじゃねえか」

 翔太郎の指摘に、頬の温度がさらに上昇する。

 それは事実だった。イーレイと対峙したとき、あまりの恐怖に失禁してしまったのだ。

「ち、ちがっ……これは、その……」

「さっきまでの純白パンツが一転、お漏らしパンツに早変わり……くっ、一粒で二度おいしくするとか流石だぜ……」

 わけのわからないことを言いながら翔太郎が股間のジッパーを上げた。

 ぼろんと、おちんちんが溢れる。

「い、いやーっ!! ほ、ほほ本当に出しましたよこいつ!! 気が狂ってます!!」

 私は両手で視界を塞いだ。

 ――でも、指の隙間からチラチラと覗き見てしまうことが、何故かやめられない。

 私の汚れた下着に興奮した翔太郎のおちんちんは、瞬く間に先端を膨らませて硬くなり、天を貫いていた。

 とても恥ずかしい事のはずなのに――威風堂々としたそれから、目が、離せない。

「これならイケる……往くぞ、ラブラ!! ヌッ」

 私の名前を叫びながら、翔太郎は右手に持った聖鎧の力――白いオナホールをおちんちんの先端に挿し込んだ。

 じゅぽっと、いやらしい水音が耳朶に響く。

「わ、ちょ、すごっ……あ、あんな激しく……」

 容赦なくオナホールでおちんちんを扱いている。

 あんなに激しく上下に動かして、痛くないのだろうか……ちょっと心配になる。

「ぐあっ、このホーリーオナホ気持ち良すぎる……こ、この俺がもうイキそうだと!? 馬鹿な……」

 急に翔太郎の息遣いが荒くなった。

 右手の動きをさらに加速させる。

「よし、イクぞイクぞ……ラブラ!! お前をオカズにしてイクからな、見てろよ!!」

「ひっ……う、嘘ですよね。この人頭おかしい……」

「本当はお前のパンツにぶっかけてやりたいが、それじゃあ意味がないからな……ここは中出しで妥協してやる!!」

 とんでもない言葉が聞こえた気がするが、私にはもう何も言い返す気力がなかった。

 黙って、指の隙間から事の顛末を見届けるしかない。

「ハァ、ハァ……さっきからいやらしく絡みつきやがってこのクソ聖鎧が!! 性鎧に改名しろ、孕めオラァ!!」

 翔太郎が裂帛の気合を轟かせると同時に――。

 白いオナホール――聖鎧の器が、輝きを放ち始めた。



 イーレイは一歩も動けずにいた。

 何故なら、自分の眼前で全く予想だにしない出来事が起こったからだ。

(こ……こいつ、何だ!? 何をしている!?)

 脳内に幾つもの疑問符が浮かんでは弾けて消える。

 今まで自分が対峙してきた敵が取る行動といえば、二つ。

 勇ましく武器を手に取り挑んでくるか、恐怖に顔を歪めて背中を向けるか。

 対して、目の前の人間が取った行動とは――。

「よし、イクぞイクぞ……ラブラ!! お前をオカズにしてイクからな、見てろよ!!」

 まさかの自慰行為である。

 死を目前にして気でも狂ったのか――とにかく翔太郎の取った一手は、イーレイにとって未知の選択肢。

 故に手が止まった。思考が停止した。僅かにだが、恐怖すらした。

 魔界でも極悪非道と恐れられたイーレイがドン引きしたのだ。

「ハァ、ハァ……さっきからいやらしく絡みつきやがってこのクソ聖鎧が!! 性鎧に改名しろ、孕めオラァ!!」

 イーレイが正気を取り戻したのは、翔太郎が射精した直後だった。

 翔太郎の股間から聖なる光が溢れ出す。

「ぐっ……こ、このエネルギーは……!!」

 肌が粟立つのを感じる。

 二十年前の勇者と同等――もしかしたら、それ以上の力が、展開している。

 溢れ出した光は翔太郎の全身を包み込んだ後、霧散した。

 眩しさに細めていた目を見開き、イーレイは改めて自分の敵を確認する。

 そこには――。

「白い、聖鎧……」

 初代の血を想起させる真紅の鎧とは違う。

 あまねく闇を打ち払うかのごとく――光り輝く白き聖鎧が、仁王立ちしていた。



 俺は余韻に浸っていた。

 天使のパンツを見ながらのオナホコキは、想像を遥かに上回る快感を俺に与えてくれた。

 新鮮な生のオカズに――明子(マイフェイバリットオナホールの名前)よりも優しく、時に厳しく我がイチモツを刺激してくれるホーリーオナホ。

 このコンビネーション、最強すぎるな。

 しかも射精直後の倦怠感がまるでない。ぐっすり八時間眠った後、すっと起きて気持ちよく朝日を浴びたかのような爽快感が体中に満ちていた。

 自分史上最高のオナニーだった。掛け値なしに。

 頷くと、金属同士が擦れ合うような音がした。

「ん? おわっ、何じゃこりゃ」

 腕を見ると、西洋っぽい籠手がいつの間にか装着されていた。白く輝いている。

 全身をくまなく触って確かめる。どこからも硬い感触が返ってきた。

「これが聖鎧か……」

 不思議なことに、全く重くない。

 むしろ、普通の服を着ていたさっきよりも体が軽い気がする。

「やったぜ、成功だ!! これもお前のおかげだぜ、ラブラ」

「……」

 ローブの裾をギュッと握り締めたラブラが、俺を睨んでいた。

 とても恨みがましい目だった。赤面して下唇を噛んでいる。

「おいおいどうした、待望の勇者誕生だぞ。イエーイ、ハイタッチ!!」

 掌を突き出すとラブラが一歩下がった。

「よ、寄らないでください汚らわしい!! 妊娠したらどうするんですか!!」

「ちょ……ひでえな、お前は俺を何だと思ってるんだ」

「全身に精子纏った変態勇者!! あーもう最悪!! 私の選んだ着装者がまさかこんなキチガイだったなんて!!」

 ものすごい悪口を言われた。

 しかし全身に精子纏った……は、言い得て妙だな。ちょっと笑える。

「はははは」

「だから罵倒されてるのに爽やかに笑うのやめてー!! 怖いよー!!」

 お前が笑かすこと言うからだろ、さっきから理不尽な天使様だな。

「ま、何はともあれよくやってくれたよ。サンキュー、後は任せとけ」

「私がここまで体張ったんですよ!! 負けたらダンゴムシに転生させて踏み潰しちゃる!!」

 ちゃるってなんだよ。ちょっと可愛かった。

 ひらひらと手を振ってラブラを下がらせると、俺は改めて牛頭と向かい合った。

「悪い、待たせたな。じゃあ始めるか」

「ゲハハハ――俺の前で、あんなふざけた真似したのはてめえが初めてだぜ、人間」

 戦斧を肩に担いだまま控えめに笑う。

「最後の自慰は気持ち良かったか? このイカレ野郎が……簡単に死ねると思うんじゃねえぞ」

「めっちゃ気持ち良かったし、俺は明日もオナニーをする」

 満足のいくオナニーが出来た後の無敵感が、俺を包んでいる。

 こいつの啖呵も全く心に響かない。まるで負ける気がしなかった。

「横山さんに酷いことをした罪はしっかり償ってもらうぜ――イーレイ、お前をオナニーすら出来ない体にしてやる」

「ほざけ!! それはこっちの台詞だぁ!!」

 必死の速度で振り下ろされる戦斧。

 死のイメージはもはや湧いてこない。半身を捻り、最小限の動きで躱した。

「なっ……」

 驚愕に声を漏らすイーレイの横っ面に――。

「ハァっ!!」

 飛び上がってからの蹴りを、ぶちかます。

 回避も防御も出来ずに直撃を受けたイーレイの顔面が歪んだ。

 威力を殺せずに、そのままビルの壁まで吹っ飛ぶ。

「ごはぁ!! な、なんだとぉ……」

 頭を振りながら即座に立ち上がった。

「あ、ありえん……聖鎧の力があるとはいえ、今日力を受け取ったばかりの人間ごときが、何故戦える……!?」

「ハン。俺がビビってまともに戦えないとでも思ってたんだろうが……運が悪かったな」

 地面に突き刺さった戦斧を奪い取り、ヤツへ指を突きつける。

「俺はここに来る前、お前なんかよりも遥かに恐ろしい呪いをこの身に受けてんだよ!!」

「ええ~……」

 ラブラの呆れ声が聞こえた気がする。

「そしてその呪いから解き放たれた、今!! 勃起を取り戻した俺に、もう怖いものなんてなーい!! はははは!!」

「な、何を言ってやがるこいつ……初代よりヤバいじゃねえか!!」

 そこで初めて、イーレイが一歩下がった。

 闘志が薄まり逃げの気配を感じる。

「魔界に帰って、このことを魔王様に伝えねえと……小僧!! この勝負、預け――」

 腰から何かを取り出そうとした瞬間に、俺は――。

 イーレイの戦斧を、投げ返した。

 空中で回転しながら速度を増した刃が、やつの股間に命中する。

「あ、ギャアアアア!!」

 股間から血の噴水が舞い上がった。

 その衝撃で、イーレイの腰から黒い水晶玉がこぼれ落ちる。

 俺はやつに歩み寄りながらそれを拾い上げた。

「ふーん。これを使えば帰れるのか……まあ逃さんが」

「ぐ、ギ、ィ、てめえぇええ!! なんて、何てことを……!!」

 鼻息を荒くして、何とか股間から戦斧を抜こうとするイーレイ。

「予告しただろ? お前を去勢してやるってな」

「ほ、本当にするやつがあるかぁ!! こんな、こんな酷いことをよくも、よくもぉお!! この悪魔がァア!!」

 悪魔に悪魔呼ばわりされてしまった。

「うるせーぞボケナス!! レイプ魔は死ね、オラっ!!」

 戦斧の柄を踏みつけて体重をかけてやる。

 さらに血飛沫が舞って鎧が汚れた。

「あ、ぎゃ、だめ、なくなる、俺のハイパー兵器がなくなっじまうぅうう!!」

「女の子を悲しませる兵器なんざいらねーんだよ!! オラっ、廃棄だ廃棄」

「ご、ぉ、のままでは、俺が、俺が女の子になっちゃう、あ、アアアアアアア!!」

「なるわけねーだろ、黙って閉店しろこのクソ悪魔!! そらフィニッシュだ」

 トドメの一撃、全体重を押し込む。

 刃が肉を貫通して壁にめり込む感触が伝わってきた。

「あ、イク!! イッてしまう、このままではイッてしまう!! 男にイかされてしまうぅううう!!」

 それが最期の雄叫びだった。

 イーレイは、最終的には何故か気持ち良さそうな声をあげて――その生命活動を停止した。

 血塗れの肉体は、その形を保てずに黒い霧と化して風に流れて消える。

「ふぅ……終わったか」

 額の汗を拭おうとして――鎧のままだと拭えないことに気づき、途中でやめる。

 終わったら途端に聖鎧が脱ぎたくなってきた。

「なあラブラ、これどうやって脱げば……」

 俺は振り返った。

 そこには――。

「あば、ばばば、ばば……」

 恐怖に震えた天使が、地面にへたり込んでいた。

 その足元には黄金の泉が出来上がっている。

 どうやら、ラブラにはあまりにもショッキングな映像だったらしい。

「お、おいおい。そんな漏らすほどビビらなくても……」

「ももも漏らしてません!! て、ててて天使はお漏らしなんてしないのです!!」

「じゃあなんだよそれは」

「これは緊張のあまり吹き出した多量の汗です!!」

 苦しい言い訳に呆れながら、俺は手を伸ばした。

「ほら、立てるか? 初陣も終わって職場も吹っ飛んだことだし、家に帰るぞ」

「……途中でスーパーに寄ってもいいですか?」

「替えの下着か、しょうがない。横山さんを病院に送った後でな」



 こうして――俺の戦いが始まった。

 弱っちいくせにクソ生意気な天使がもたらした力、聖鎧。

 これから俺は、何度もこの聖鎧で抜くことになる。

 今までの、気持ち良いから抜く――だけではなく。

 抜かなければ生き残れない。

 そんな、激動のオナニーライフが幕を開けたのだった。


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