第2話 天使と使命
それから一時間後。
目玉焼きトーストを頬張りながらニュースを見ていると、
「はれぇ~……? わ、私は一体……」
ようやく目覚めた少女が上半身を持ち上げてキョロキョロしている。
先程弾け飛んだ天使の輪っかっぽいアレも復活していた。実に奇妙だ。
「やっと起きたか……」
テレビを消しながらため息まじりに言う。
「あっ、あれ? なんで私縛られてるんですか!?」
「怪しいからに決まってるだろ。ひとのオナニーを覗き見する変態め……」
「だ、だから違うって言ってるじゃないですか!! 私は変態じゃありません!!」
縛られたままの少女がぴょんぴょん跳ねる。
「ってなんですかこの縛り方!?」
「知らんのか。亀甲縛りだ」
亀の甲を連想させる全体図。顎に手をやり俺は頷いた。
「我ながら上出来だ。マーベラス」
「な、なんか恥ずかしいです……うぅ」
頬を赤らめる少女。もじもじと腰をくねらせる様が俺の興奮を高める。
苦労した甲斐があった。喜色満面の笑みを浮かべてスマホを取り出す。
「さあて、それじゃあ撮影会を始めようか」
「えっ……」
少女の顔色が一気に青ざめた。
「あの、その、撮るんですか? 今の私の姿を……?」
「もちろん」
「撮ってどうするんですか……?」
「ネット上にばらまく」
「ぎゃー!!」
嗜虐心を煽る可愛らしい鳴き声が耳に心地良い。
俺は静止の声を無視してあらゆるアングルから彼女を撮影した。
「おにー!! あくまー!! きちくー!! ひとでなしー!!」
「はははは」
「罵倒されてるのに爽やかに笑うのやめてー!! 怖いよー!!」
涙目で頭をぶんぶん振り回す少女。
いじめるのがちょっと楽しくなってきたが、この辺にしておこう。
「さて。我が神聖なる日課を覗いた罰はこれくらいにしといてやろう」
ロープを切って縛めから解放してやる。
「ネット上にばらまくってのも嘘だ。安心しろ」
「ほ、本当ですか……?」
「俺の目を見ろ」
ぐいっと顔を近づける。
「この曇りなき瞳が嘘をついているように見えるか?」
「うっ……た、確かに、不気味なほどキラキラしてますね」
しばし見つめ合う。
それから、ぷいっと顔を背ける女。その頬は赤い。
「いいでしょう。私にも落ち度がありましたし……これでチャラということで」
「おう。いいぞ」
まあネット上にばらまかないだけで、画像は削除しないがな……。
「で、お前誰なの」
聞いてから椅子に座り直し、朝食の続きをいただく。
テレビの電源を入れるとお気に入りのお天気お姉さんが映った。
「申し遅れました。私の名はラブラ、ある重大な使命を担って地上に舞い降り……」
「悪い、少し黙ってくれないか」
「……は?」
手を突き出して会話を遮る。
画面の向こうでは黒髪ロングの清楚なお姉さんが指示棒片手にニコニコしていた。
「ミコちゃんでーす。4月5日、今日の天気は一日晴れ~。こんなぽかぽか陽気な日はお昼寝したいよね~」
巨乳を揺らしながら指示棒を動かす。
素晴らしい。これを見ないと一日が始まらないって感じだ。
「あの……もう喋っていいですか」
「おう。目の保養はバッチリ済ませたぜ、えっと……ブラジャーだっけ?」
「ラ、ブ、ラ!! です!!」
テーブルを叩いた少女ブラジャー、いやラブラが俺に詰め寄る。
「ひとの大事な名前を最低な間違え方で呼ばないでください!!」
「うるさいやつだな……似たようなもんだろ」
「むきー!! この人間、生意気です!!」
地団駄を踏むラブラ。まるで駄々っ子のようである。
「不埒者めえ~……この威光に平伏しなさい、むんっ」
言って、ラブラは両手を握り締めた。そのまま全身をぷるぷると震わせる。
すると頭上の輪っかがその輝きを増しはじめた。
「うお、眩しっ」
「どうです、人間には出来ないこの芸当!! さあ崇め奉りなさい、ふはははは!!」
腕組して高笑いしているがこれの何が凄いんだ……。
懐中電灯の代わりにはなるだろうけど。
「あー、はいはい。天使すごい天使すごい」
言いつつ、適当に柏手でも打っておく。
「なんですかその棒読みはーっ!! ぷんぷん!!」
頬を膨らませ、翼と腕を上下に激しく動かす。
ぷんぷんって口に出してるやつ初めて見たぞ。可愛いなこいつ。
「というか少しは驚いてください!! 天使ですよ私!!」
「ん? 天使のコスプレをして人の家に不法侵入しているただの犯罪者だろ」
「もー、ほら浮いてるじゃないですか。ばさ、ばさばさばさっ」
また擬音を口に出しながら、その場で飛んでみせるラブラ。
「壁抜けもできちゃうんですよ。ほらー」
天井を突き抜けて俺の視界から消える。天使というより幽霊っぽい。
なるほどこうやって入ってきたのか。
「マジか……凄いなお前」
正直、今の今まで完全には信じていなかったんだが……。
ここまでされてはもう現実から目をそらせない。
天使って本当にいるのか。亀甲縛りしちゃったよ俺。
戻ってきたラブラは得意げに何度も頷く。
「そうでしょうそうでしょう。もーっと褒めてもいいんですよ、えっと……」
俺を見て口ごもるラブラ。
そういえばまだ名乗っていなかったか。
「俺は貫田翔太郎だ。よろしくな」
「翔太郎ですか。では改めまして……」
こほんと一つ咳払いしてから。
「私はラブラ。聖鎧エクスタシオンの着装者を探すため、この地上に舞い降りました」
そんな、何一つ意味のわからないことを言った。
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