真夜中の少女

於菟

真夜中の少女

 ふと視線を移すとおぼろげに見えるアナログ時計の針。

長い針と短い針の違いが曖昧ないつもと同じ時間、虫の鳴き声すら聞こえない世界が眠りにつく時間帯。

近頃決まってこの時間に目が覚める。何かの病気だろうか、ストレスだろうか、薄っすらとした思考の中に思いを巡らすも、不安は眠気に呑まれ消え去っていく。

そんな少し不安定な夜がよく訪れていた。


 しかし、今日やって来たのはそんな優しい眠気ではなかった。下腹部に鈍い感覚が走る。

寝る前にちゃんと行ったはずなのに……。再び睡眠に入ろうとしていた身体を起こし、少し湿気ったように重い布団を脱いだ。


……大丈夫。


 隣で寝ている母に助けを求めようとしている弱い自分に気が付いたが起こすわけにはいかない。私はもう子供じゃない。わざわざ起きていくのが面倒くさいだけ。そう言い聞かせながらかすかに肌寒くなってくるのを感じた。


……大丈夫。


 いつも迷惑をかけている分慎重に母を起こさないように部屋を出て廊下の突き当たりのトイレへ向かう。

トイレの電気をつけドアを開け、ほっと一息ついた時には腹痛もすっかり薄れていた。一体何のためにここまで来たんだと自分の身体の不条理さにいらつきを覚える。


 ただ来てしまった以上は出ていくものには出て行ってもらおう、そして早く寝てしまおう。学校があるため朝には元気に起きなくてはいけない。

色々な感情をぶつけるように便座に座るとひやりとした感覚が身体を突き抜ける。それは未だに眠っていた思考を完全に覚ますには十分だった。

 次第に自分が置かれている環境を理解していく。外はもう丑三つ時で鳥も虫も鳴いていない、トイレの電球は切れかけて薄いぼやけた光を放つのみ、今何かに襲われても誰も助けに来てはくれないのではないかという孤独感。そんな不愉快な環境は寒気を覚えるには十分だった。でも、


……いや、大丈夫だ。


 頼りないが電気もついている。別に怖くはないんだ。とりあえず早くしよう。そう考えれば考えるほどに何故か痛みがひいていく。それでいて、もう寝ようと腰を上げようとするとまた溢れ出してきて呑み込もうとしてくる。


……大丈夫。大丈夫だから。


 挫けそうになりながらもそう思った瞬間、涙目になっていた私を嘲笑うかのように電球がチカチカと点灯し始める。

頼りない光でも私を照らしてくれていた灯、それも今まさに終わりを告げようとしている。


……やめて。もうやだ。怖いよ。


 こんなことならお母さんについてきて貰えば良かった。変に大人ぶって強がらなきゃよかった。


……助けて。


 後悔してももう遅い、恐怖に冷たくなっている身体とは裏腹に熱い涙が頬を伝って床に落ちる。

ふと微かに聞こえる足音。


ミシり、ミシり…。


ミシり、ミシり、ミシり…。


 自分の足が震えているのがわかる。


しかし、徐々に近づくその足音がはっきりと聞こえるようになる頃にはその足音からは怖さではなく優しさを感じていた。


「大丈夫?お腹痛いの?」


 やっぱりだ。優しいその声はお母さんのものだ。

起こさないように部屋から出たのにと不思議に思いながらも安心感で胸がいっぱいになる。


「ちゃんとそこに居てね」


なんて言ってしまう私はまだまだ子供だな。


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真夜中の少女 於菟 @airuu55

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