第24話 過去編その②(永井姉弟)

 異変は徐々に、しかし確実に進んでいった。

 始めは、朱里だけが、少しぎこちなさそうになっただけだったが、美華も修哉から告白の話を聞いていて、気まずいのだろうとあまり気にしていなかった。

 しかし、いつまでも朱里の態度は変わらず、それどころか美華と修哉に対していい顔をしない人間が増えていった。

 この時は、まだ二人とも深くは気にしておらず、なんだか以前よりも話してくれる相手が減ったかな、という程度にしか思っていなかった。


 しかし、日に日に話しかけてくれる相手も、反応してくれる相手も減っていき、学校でほとんど話し相手がいなくなってしまった。

 幸いにも、二人にはお互いがいたので全く話さないという事は無かったが、それでも不思議に思い、急に話してくれなくなった理由だけでも教えてくれないかと何度も何度も、以前まで仲良くしていた友人たちへと話しかけに行った。

 だが、誰も二人を相手にせず、それどころか話しかけられて迷惑しているかのような顔をして二人に対して邪険に対応してきた。


 始めはめげずに何度も話しかけに行った二人だったが、それでもそれまで仲良くしていると思っていた相手から邪険に扱われるのは流石に相当堪えたのか、二人は誰にも話しかけに行かなくなってしまった。


 すると、次は二人が姉弟なのにデキている、と噂が流れ始めてしまった。

 だから、二人とも誰に告白されても断るばかりで、いつもお高く留まっていると勝手に思われるようになってしまった。

 まだ成熟していない彼らにも、姉弟でデキているのはあまりにも異端で、歪であることだと認識し、それまで以上に当たりが辛くなっていった。


 二人は周囲から隔絶されており、その噂に早い段階で否定することが出来ず、噂に気が付いた時にはもう手遅れな段階まで来てしまっていた。


 修哉も美華も、まだ中学二年生で精神がそれほど成熟していないこともあり、どうしたらいいのか分からずにより孤立していくことになってしまった。


 そして、そろそろ二人も限界になりそうだという時に、美華の下足箱に一通の手紙が入っていた。

 その手紙には、〈お話があります。今日の放課後、体育館裏の倉庫の前で待っています〉と書いてあった。


「……一緒に来てくれる?」


 美華もかなり参っているのか、普段ならば修哉にそんなことを頼まないのだが、この日に限っては違って、修哉に付き添いを頼んできた。

 修哉も、美華を一人で行かせるのに何か不安を感じて、悩むことなく承諾した。



 そして、一日の授業が終わり放課後。

 修哉と美華は二人、呼び出された場所へと一言も喋らずに向かっていた。


「……やっぱりか」


 そして、目的地に着いた修哉はそう呟いていた。

 そこには、数人の男子がニヤニヤとしながらこちらを見ていた。

 そして、その後ろにもう一人、朱里がこちらへと顔を向けていた。


「二人で来てくれるなんて、手間が省けて良かった」


 そう言いながら口角を上げる朱里を見て、修哉はすぐに美華に振り返り、叫んだ。


「美華、行け!」


 予想外のことで固まっていた美華だったが、修哉の声で我に返るとすぐに今来た道を走り出した。

 男たちは、逃げられてはいけないと思ったのか追いかけようとしたが、修哉がその道筋を塞ぐように立つと、意識をこちらに向けて来た。


「おい、痛い目見たくなかったら邪魔すんじゃねえぞっ!」


 そう言いながら既に目の前の男は修哉の腹めがけて思い切り腕を振りぬいていた。

 突然の腹部への強打に苦しくなりながらも修哉は何とか倒れずに堪えると、お返しとばかりに足を相手に向かって突き出そうとした。

 しかし、痛む腹部を抑えながら反撃をしようとしたことで、思い通りの高さまで足が上がり切らず、修哉の足はそのまま目の前の男の股間へと吸い込まれて行ってしまった。


「おごっ!? ……ふぐおぉぉ……!」


 言葉になっていない悲鳴を上げながら倒れるその男に、周囲はその痛みに共感できてしまい自分の股間を抑えながら顔を歪めてしまった。

 痛みのままに声も出せずに男が倒れ伏せている中、取り巻きのようにいた一人がようやく動き出した。


「てめえ、やりやがったな! ぶっ殺す!」


 そして叫んだ男が修哉に飛びかかってくると、周りの男たちも倒れている男を気にしつつも修哉に向かってきた。

 流石に、複数人を同時に相手どったらすぐに捕まって倒されるのが分かり切っていたので修哉は何とか逃げようとしたが、倒れていた男が修哉の足を掴んでいたことで、動き出しが遅れてしまい、その隙に取り囲まれて修哉は反撃することも出来ずに一方的に殴られ蹴られ続けるのだった。




 修哉に逃がされた美華は、全速力で走りながらも頭は冷静にどうしたらいいのか考えていた。

 今の自分たちの状況は、最悪の部類になるだろう。

 友人に助けを呼ぼうにももはや友人と思えるような相手はおらず、教師に助けを呼びに行こうにもこれまで散々静観してきた教師たちがすぐに動いてくれるような気もしなかった。

 そこまで考えた美華は、近くに交番があることを思いだして、すぐにそちらへと走り出した。



「お巡りさん! 助けて下さい!」


 学校を出てすぐ近くの交番へと来た美華は、息が切れながらも声を張り上げて助けを求めた。

 運が良いのか、交番にはちょうど二人の警官が居て、血相を変えた美華に何事かとすぐに話を聞いてくれた。

 美華は手短に警察に話をすると、すぐについて来て欲しいと懇願した。

 警察も、尋常ではない美華の様子にゆっくりしてはいられないと思ってくれたのか、急ぎで美華の後を追ってきてくれた。



 美華が修哉の元へと戻ってきたときには、既に修哉は男たちに囲まれて姿が見えなくなっていたが、美華は何とか声を振り絞って、


「お巡りさん、あそこです! 助けて下さい!」


 そう叫んだ。

 美華の声に男たちが振り返り、その視界に警察の姿を認めて慌ただしく逃げ始めたので、美華は修哉の元へと急いで駆け寄った。


「修哉、大丈夫!? 聞こえる!?」


 何とか耐え忍ぼうとしていたのだろう、頭と首を腕で守りながら小さくなっていた修哉は、少しの間反応を返さなかったが、衝撃が来ずに美華の声が聞こえてようやく顔を上げた。

 そして、美華の顔を見つけると、安心したかのように力を抜いた。


「良かった、美華は無事だったみたいで……」


「バカバカバカ! それで修哉がこんなに怪我してちゃ意味ないでしょ!」


 そう言いながら、美華は傷だらけの修哉を泣きながら抱きかかえた。


 その後、男たちと朱里は警察に連れられて事情聴取、教師たちにも何故未然に防ぐことが出来なかったのかと話を聞かれることとなり、ようやく全校集会などが開かれて、何があったのかを明らかにされるのだった。

 修哉に暴行を振るっていた男たちは転校していくことになり、朱里もその後肩身が狭くなったのか気が付いたら学校からいなくなっていた。

 他の、元友人たちからは謝られたりもしたが、修哉と美華は受け入れることは無かった。


 その頃には、もう二人とも、家族以外、信じられなくなっていたのだった。

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