第15話 テストが終わり……

「修哉、帰ろー」


 中間テストの最終日、全てのテストが終わって、半日で帰れる、と思い帰宅の準備をしていた修哉は、声を掛けられた方向に目を向けた。

 すると、美華が既に近くまで寄ってきていて、修哉のクラスと同じようにホームルームは終わったのか荷物も持って帰る準備は完璧、といった様子でそこにいた。


「あー、ちょっと待っててくれる? テスト終わったら一回部室に来てくれって弓道部の先輩に呼ばれてるんだ。多分、そんなに時間はかかんないと思うから、教室で待ってて」


 修哉がそう言うと、美華はクラスの友人と話をしに行ったのか、一度自分の教室に戻っていった。

 そして、修哉も少し急ぎ目に準備をして早足で弓道場へと向かった。


「こんにちは、ってあれ、部長だけですか?」


 修哉が部室に到着すると、そこには部長の今井先輩しかいなかった。


「ああ、永井か、お疲れ。そのうち他も来るから、ゆっくりしてるといいよ」


 そう声を掛けられたので、修哉も部長と対面するように正座した。

 その姿を見て少しおかしくなったのか、部長が、


「ゆっくりしていいって言ったんだから正座じゃなくていいのに」


 と、少し笑いながら声を掛けてきた。

 ちょっと恥ずかしく思いながら、修哉も


「いや、部活でいつも正座だからか、ここに来ると自然と正座になっちゃうんですよ」


 と答えた。

 それから、他愛もない話をしばらくしていると、ガラッと部室の扉が開いて、横井先輩と木下先輩が話しながら部室に入ってきた。


「あれ、部長はいつも通りとして、永井君も早いね、もう少し急げば良かったか」


「まあ、そう言っても副部長はいつも通りまだだし、遅れてないって、ですよね、部長?」


「まあ、そうだね……全く、加藤は何をしてるんだか……」


 そう言って先輩たちが話していると、ちょうどまた扉が開いて、


「すまん、遅くなった!」


 と、副部長の加藤雅史かとうまさしが入ってきた。

 それを見た部長が早速、といったように声を上げた。


「よし、じゃあ早速だけどいつも通り始めようか。永井は初めてだから知らなかっただろうけど、弓道部では、テスト毎に数人で集まってるんだ」


 それから部長の話を聞いて、テスト後に各学年数人ずつ、今回は弓道部の一年生で一番成績のいい修哉と、三年生の文系理系、二年生の文系理系のそれぞれから、部活内で一番成績の良い人間で集まって、再試を受ける部員用に模範解答を作ることになっているらしい。

 とはいっても、テストが一度返ってきてからやるらしいのだが、今回はこういう集まりがある、という事を修哉に教えるために呼んだらしい。


「まあ、今回はとりあえず一年の分のテストは、二年の横井と木下がやるから、問題だけ見せてくれるかな。次からは永井にもやってもらうことになると思うけど、やることは返ってきたテストの間違えてた部分を復習して、赤点を取ったやつに見せることだから、そこまで労力はないと思うけど」


「分かりました。とりあえず、今回のテストはこれです」


 そう言って、修哉は自分が受けたテストの問題を先輩たちに見せた。

 そして、その問題の写真を撮っている先輩たちに、


「にしても、こんなことまでしてるなんて先輩たち優しいんですね」


 そう声を掛けた。


「優しいだけだったら良かったんだけどね、実はこれは自分たちのためにやってることなんだよ。実は以前、再試から抜け出せなくてずっと部活に来れなかった奴がいるんだけど、そいつに教えてる時間が勿体ないから、解答だけ渡して、これで勉強してこい、それで終わるまで邪魔するな、ってことでこの慣習が出来てるんだよ……」


「……なるほど、先輩たちも苦労してきてるんですね……」


 そう語る先輩たちはとても嫌なものを思い出した、と表情に出ていたので、つい修哉もそんな言葉をかけていた。



 それから、写真を撮り終わった問題を回収して解散して、美華の待つ教室に行くと、やけに賑わっていた。

 不思議に思い、教室を覗いてみると、美華のクラスメイトはかなり残っていて、楽しそうに談笑していた。

 その中にはもちろん女子だけではなく、男子も混じっており、女子とたくさん話せるのが嬉しいのか、テストが終わった解放感からかかなりテンションが高くなっていた。

 美華も楽しそうに話しているのを見て修哉は少しもやっとしたものを感じたが、とりあえず美華が楽しそうに話しているのだから、少し待つことにして、教室の前でスマホをいじって時間を潰そうとしていた。





 クラスメイトで談笑している時に、少し尿意を感じてトイレに行き、用を済ませて教室に戻ろうとしていた愛莉の目に入ってきたのは、自分たちの教室の前で立ち尽くしている修哉の姿だった。

 声を掛けようと近付いていた時、少しだけ、修哉の表情が一瞬硬くなったのを見て、愛莉は少し足が止まってしまった。


(どうしたんだろう……? それに何で私たちの教室に……?)


 とりあえず、修哉の少し硬い表情が気になりはしたが、いつまでも立ち尽くしているわけにもいかないと思い、修哉に近付いて声を掛けた。


「修哉君、どうしたの?」


 愛莉が声を掛けてようやくこちらの存在に気付いたのか、愛莉の方を向いて手にしかけていたスマホをポケットに戻して返事をしてきた。


「ん、ああ、愛莉さん。いや、美華を迎えに来たんだけど、楽しく話してるっぽかったからちょっとここで待ってるとこ」


「あ、そうなんだ、美華ちゃん呼んでこようか?」


「いや、いいよ。楽しそうに話してるし、急いでる訳でもないから待ってる」


 そう言って美華の方を向く修哉の表情は、少しまだ硬そうな雰囲気はあったが、慈しむような、優しい表情をしていた。

 その修哉の表情を見て、愛莉は少し美華のことを羨ましいな、と思った。

 自分も修哉にあんな風に思われたいな、と。


 そこで二人の会話は止まってしまったが、愛莉はどうせならもう少し会話したいな、と思った。

 そこで何か話題は無いかと少し考えていたところで、修哉から声を掛けられた。


「そう言えば、テスト終わったけどどうだった? 手ごたえはあった?」


 そう声を掛けられて、話しかけられたのは嬉しかったものの、少し顔が歪んでしまったのは仕方のないことだろう。


「たぶん赤点は取ってないと思うんだけど……平均点は取れてる自信はないかなあ……でも、勉強教えてもらえてなかったらもっと酷かったと思うから、凄く感謝してます、ありがとね」


「いや、いいよ、俺の復習にもなったから」


 そうしてテストの話をしていると、修哉と愛莉の声が聞こえたのか、美華がこちらに来ていた。


「あ、愛莉ちゃん戻ってきてる! それに修哉もいるし! 来たなら教えてくれれば良かったのに~」


 美華はそう言って修哉と愛莉の間に割り込んできた。


「いや、楽しそうに話してたし、少し待とうかなって思ってたんだよ。そしたら愛莉さんがいたから話してたし」


「あ、そうだったんだ、じゃあ、待たせちゃったみたいだし、もう帰ろっか!」


 美華はそう言うと、さっさと修哉を引っ張って帰ろうとしていた。


「って、ちょ、引っ張るなって、転ぶ! あ、愛莉さんお疲れ! また部活で!」


「愛莉ちゃんまた明日ね! バイバイ!」


「あ、うん、美華ちゃんも修哉君もまた明日」


 そのまま修哉と美華は帰っていった。


(どうしたんだろ? 少し急いでた感じだったけど……)


 少し急ぐような美華に少し怪訝に思いつつ、愛莉も帰る準備をして帰り道についた。




「……、……華? 美華!」


 何度か修哉に呼ばれてから、美華は修哉に呼ばれていたことに気付いた。


「んー? 修哉、どうしたの?」


「どうした、はこっちのセリフだって……なんかあったのか?」


 修哉にそう問われて、美華は少しドキッとした。

 少し感情がぐちゃぐちゃになっていたのは自覚していたからだった。

 修哉と愛莉が話しているのを見て、なんだか少しもやもやしていたのだ。

 愛莉のことも好きだが、好きな二人が話しているのを見て、焦ってしまったのだ。

 愛莉が修哉のことを気になっている、もしかしたらそう遠くないうちに好きになってしまうかもしれない、修哉も愛莉のことを好きになって付き合い始めたら、と思うとまだそんなことにはなって欲しくない、修哉には離れないでいて欲しい、という気持ちが出てきてしまい、修哉と愛莉が話しているのを邪魔するようなことをしてしまったからだ。

 そして、自分の友達の恋を自分が邪魔してしまったのかも知れないと、少し自己嫌悪に陥っていた。


「別に……何にもないよ?」


 とにかく、こんな汚い感情は見られたくないと、精一杯の作り笑顔をして修哉にそう言った。

 すると、修哉はとりあえず納得したのか、それ以上追及してくることは無かった。

 そのまま二人は家までの道を、今日あったことやテストのことなどを話しながら帰っていった。

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