第16話 命
森の奥へ行くにつれて、足元が徐々に悪くなる。
地面には盛り上がった大きな木の根、絡まりそうなほど伸びた長い草。
見通しが悪くなり、生い茂った葉や垂れ下がった木の
それらを越えて、少しづつ、だが着実に臭いの元に近づいていく。
段々臭いがキツくなる。
独特な不潔な体臭と獣臭が混じった臭い、さらに血生臭さも混じって異臭というより悪臭だ。
「いたぞ」
後から追いかけてきた2人を静止する。
「俺が先に行って様子を見てくる。2人は合図したら追いかけてこい」
「えー?待ってるだけなんてやだよ! 俺も戦うよ!」
「馬鹿か。わざわざ戦闘に参加して危険を負うリスク必要なんかないだろ。」
「たかがゴブリンだろ? 2人なら余裕じゃん」
「最初の約束を忘れたのか? お前の役目はなんだ?」
「……、わかったよ」
不満そうな顔をするウィル。
こいつは戦闘狂なのか? もしくは早く冒険者になりたいと焦っているのか?
どちらにしても
「ウィル、ヨナを頼んだぞ」
「! お、おう! 任せとけ!」
急に張り切り出すウィル。
そんなに嬉しかったのか? 今までパーティーを組んだことがないと言ってたな。役割を頼まれたことが余程嬉しかったのだろう。ヨナもウィルが一緒にいると分かり安堵の表情を見せる。ただ、声のボリュームは落とせ。
細心の注意を払い、臭いの発生源との距離を詰めていく。
そしてついに、ヤツはいた。
クチャクチャと音を立てながら何かを貪る影がそこにあった。
「あれは……」
犬じゃねーか!
4本足に長い尻尾の見慣れたシルエット。泥や血で汚れた毛並み。野犬か、それとも狼か? どっちにしろハズレのようだ。
「どうする……?」
無駄な体力は使いたくない。倒しても一銭の得にもならない。できれば関わりたくない……が、ウィルもヨナも近くにいる。
と少し考えていたその時、目の前の犬が何かを感じたようだ。耳をピクピク動かし、鼻をヒクつかせ周囲の臭いを探す。
そして簡単に見つかってしまった。
「しまった!」
「ガルァ!!」
新たな獲物を視界に捉えた狼は、威嚇の咆哮とともに真っ直ぐこっちに突っ込んできた。地面を蹴る強靭な四肢は一瞬でトップスピードに達し、勢いよく飛び掛かってくる。
その跳躍は180センチ近くある俺の身長を遥かに超え、重力の勢いそのままに一撃必殺の噛みつきを食らわせようとしていた。
「ぐっ……!」
噛みつきをギリギリのところで槍の柄で受け止める。が50キロ近い肉の塊の勢いにそのまま吹っ飛ばされる。とんでもない力だ。
狼に馬乗りにされ、牙と槍の鍔迫り合い状態。目の前には血で染まった大きな口と鋭い牙。充血したような真っ赤で瞳孔が開いているような眼は普通の狼ではないことを示していた。噛みつかれでもしたら顔ごと持っていかれるだろう。
「こん……のやろぉ!!」
狼の腹に向かって思いっきり蹴りを入れる。
「キャイン!」
狼は勢いよく吹っ飛んだ。明確な殺意を持った相手に手加減する余裕はなく、思いっきり蹴りこんだ。肉にめり込む感触はあった。犬と同じ構造なら内臓にダメージはあるはずだが……、狼は何事もなかったかのように立ち上がる。
思わぬ反撃に少し様子を見る狼。
それに対し慌てて槍を構える。突然の戦闘に焦りつつも頭を冷静にと自分に言い聞かせる。
向こうの武器は鋭い牙と強力な顎を使った噛みつきと、大きな爪を使った引っかき攻撃。一方、俺のは槍。リーチではこちらに分があるが、早さは圧倒的に向こうが上。背中を見せたら即追い付かれる……。
背後からの強襲を避けるため、近くの大木に背中を預けるよう移動する。
正面からの勝負に持ち込んでのカウンター狙いだ。
狼は低い唸り声を上げながら、ウロウロしながら機を狙っているようだ。
――からの、緩急をつけての猛ダッシュ。三段跳びの要領で狙いを絞らせないようにしながら一気に距離を詰める。
俺の喉笛を食いちぎらんと飛び掛かってきた大きく開けた口、気付けば俺はそこに槍を突き立てていた。
槍越しに伝わる肉を突き破る感触、次に狼の全体重が槍に乗っかってくる。勢いよく血が噴き出し辺りを赤く染める。槍は狼の喉を貫き、頭蓋をも貫通していた。
無我夢中だった。
ここに来て初めて殺した。
生き物の命を奪ったのだ。
呼吸が荒くなり、肩で息をする。
気が抜けてその場にへたり込む。
――正当防衛だ、仕方なかった。――
自分を正当化しようとブツブツと何度も繰り返す。
「おーい、兄ちゃん! まだー? 何か大きい音がしたけど?」
後方からウィルとヨナが姿を現す。
狼と血と座り込むリッカを見て状況を察したようだ。
「おお! レッドウルフじゃん! 兄ちゃんやるじゃん! ん? でもまだ生きてるみたいだね。兄ちゃんも詰めが甘いねー!」
ウィルはその無邪気な表情のまま狼に近づき、持っていた短剣で狼の喉を切り裂いた。
ビクビクと痙攣していた狼はやがて完全に動かなくなり、その目からは光が完全に消えたようだった。
10歳そこらの子どもが顔色一つ変えず平然と殺し、躊躇なく完全に息の根を止める。最初はウィルがヤバい子どもだと思った。
しかし、違った。むしろこれがこの世界の常識なのだ。俺はようやく理解した。一歩間違えればそこに転がっていたのは俺かもしれない。
まだその手に肉を突き破る感触が生々しく残っており、手の震えが止まらなかった。
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